蹴鞠けまり)” の例文
まあるい蹴鞠けまりの音を、彼方の空へ反響させる広場が、心持の悪くないほどの薄さで周囲の空気を濁らせながら、その一端を見せている。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
太政大臣は私の相手で勝負をよく争われたものだが、蹴鞠けまりの技術だけはとうてい自分が敵することのできぬ巧さがおありになった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
で、おのずから討幕などということも、蹴鞠けまりを試みる程度の気もちでやれますが、さて、大名の立場となると、そうはまいらぬ
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その昔、なにがしの君が大堰川のほとりで蹴鞠けまりの遊びを催されたときに、見物のうちに眼にとまるような嫋女たおやめがあった。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蹴鞠けまりの遊びの時にはく袴は必ずこの葛布くずふの袴で、その供給地として昔から有名だったのは、遠州の掛川かけがわ地方であった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
染八の肩から、こう蹴鞠けまりまりのような物体ものが、宙へ飛びあがり、それを追って、深紅の布が一筋、ノシ上がった。切り口から吹き上がった血であった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
丁度牛肉ぎゅうに葱、柳に蹴鞠けまり、ヤソにお太福、森川さんにお春さんというように、当局者と無責任を離しても離れないものと心得てるのだろう。無責任な奴だ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
是非ぜひともけてかなければならない緑門アーチがあるとふものだわ——わたし唯今たゞいま女王樣ぢよわうさま針鼠はりねずみ蹴鞠けまりをしやうとしたの、さうしたら、それがわたしるのをげてしまつてよ!
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
しまがツ。』とわたくし蹴鞠けまりのやうに跳起はねおきてると、此時このときてんまつたけて、朝霧あさぎりれたるうみおも端艇たんていこと三海里さんかいりばかりの、南方なんぽうあたつて、椰子やし橄欖かんらん青〻あほ/\しげつて
蹴鞠けまり・茶道・あるいは連歌れんが俳諧はいかい・碁・将棋しょうぎ等の遊び業これあるところ、今にては御旗本に似合わざる三味線さみせん浄瑠璃じょうるりをかたりこうじては川原ものの真似を致すやからも間々これある由
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
蹴鞠けまりというものはどういう時間にやるものか、またどの位の時間やっているものか、その辺の知識がないからよくわからぬが、無識のままにこの句を解すると、ひぐらしの聞える夕方になって
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
そのときまでは順徳天皇の近習きんじゅとして、『禁秘御抄きんぴみしょう』にも名を記されており、なかなか実務的でよく働いたらしく、また蹴鞠けまりには天分があって、後鳥羽院がその方へしばしば御召しになった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
しかしてこの目的に最も好都合なのは、すなわち蹴鞠けまりの伝授であった。
福井の城下へも京の公卿くげ蹴鞠けまりの戯れを伝えて、それが城中にもしばしば行われた時、最も巧みに蹴る者は彼であった。囲碁将棋双六すごろくというもてあそびものにおいても、彼は大抵の場合勝者であった。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
椿岳は諸芸に通じ、蹴鞠けまりの免状までも取った多芸者であった。
日本の昔でも手鞠てまり打毬だきゅう蹴鞠けまりはかなり古いものらしい。
ゴルフ随行記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「なるほどね。では、あの蹴鞠けまりは?」
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
どこかで蹴鞠けまりを蹴る音がしていた。公卿屋敷くげやしきだとよくその音を塀の外からも聞くが、町人の家にはめずらしいと武蔵は思った。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誘いの隙を見せた時、犬は虚空に五尺余りも蹴鞠けまりのように飛び上がったが、パッと咽喉もとへ飛びかかる。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
蹴鞠けまりの日の御簾みすの端の上がっていたことを思い出すことがおできになり、お顔が赤くなった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
つゞいてまた一發いつぱつ猛狒ゴリラおもひがけなき二發にはつ彈丸だんぐわんられて、蹴鞠けまりのやうに跳上をどりあがつた。
ひつじの刻(午後二時)をすこし過ぎた頃、比叡ひえの頂上に蹴鞠けまりほどの小さい黒雲が浮かび出した。と思う間もなしに、それが幔幕まんまくのようにだんだん大きく拡がって、白い大空が鼠色に濁ってきた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なにか蹴鞠けまりほどな黒い物がそこからほうられてきたので、外にいた面々は、急いで拾い上げてみると、唇を噛んだ蒼い何進の生首であった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥山にはかの驢馬ろばのほかに、菊川国丸の蹴鞠けまり、淀川富五郎の貝細工などが評判であるので、それらも話の種に見物する予定であったが、巾着切りの一件から何だか心が落ち着かなくなったので
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大将は東の町の庭で蹴鞠けまりをさせて見ているという報告をお聞きになって
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
けれど彼は、何をして遊んでもそれにおぼれない自己をいつも持っていた。相国寺そうこくじへ三条、烏丸からすまる飛鳥井あすかいの諸卿を招いて、蹴鞠けまりを催したときである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぽーんとすすきの中から蹴鞠けまりが空へとび上がって、あの軽快なお嬢様の姿が両手をあげて自分の名をよぶような気がする。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信雄が、城内の後庭で、婦女子や小姓をあいてに、蹴鞠けまりしているところへ、表の侍がこう告げて来た。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それのしるしには、高倉の馬場殿へお成りあって、競馬を見る日も、歌舞、蹴鞠けまりを上覧のさいにも、かならずといってよいほど、そばには東宮をつれておいでだった。
琴棋書画きんきしょがみやびは、もちろん、管絃の遊び、蹴鞠けまり、舞踊、さては儒仏じゅぶつの学問も、つまびらかなうえ、市井しせいの人情にもつうじている風流子ふうりゅうしであるとは、この開封かいほう東京とうけいの都で
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼が蹴鞠けまりもやり、能楽にも通じ、また、その書や画の半面から想像すると、ずいぶん貴顕の門にも出入りしたのではないかと察しられるのであるが、殆ど文字の上において
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のちには、公卿くげたちのあいだに、これを蹴鞠けまりでまねした遊戯ゆうぎさえのこったほどである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
細川殿は和歌の道に造詣ぞうけいが深かった。美術、文学、天文、兵学、そして時事を談じ、一転して、食味のはなしや、笛、蹴鞠けまりの事、流行の連歌の評やら——殆ど尽くるを知らなかった。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新古今和歌集のせんを御裁定あそばしたり、故実の講究にもおくわしく、武道に長じ、騎馬と蹴鞠けまりはことのほかすぐれておいで遊ばすそうで、わけても下々の驚いているのは、画なども
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飛鳥あすか、奈良朝あたりの仏教美術から近頃わけて流行の茶事ちゃじを評し、一転して、笛、蹴鞠けまりのこと、また食味や旅のはなしなどにまでくだけて、夜に入るも知らなかったが、やがてともしを見ると
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、たもとの中に抱いているかわ蹴鞠けまりを見せますと、月江はすぐにちんの外へ走り出して、いつの間にか見えなくなった次郎の姿を探しながら、荘園の広場へ向って蝶のような姿をひるがえして行く。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蹴鞠けまりをしておいでの様子ゆえ、わざとお呼びせずに控えておりました」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はいはい。めくら蹴鞠けまりと拝見いたしました」
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歌舞、蹴鞠けまりのひまには