うご)” の例文
牢屋のやうな恐ろしく嚴重な格子戸に、大一番の海老錠えびぢやうをおろして、薄暗い六疊ほどの部屋の中には、何やら黒いものがうごめきます。
無気味な粘土細工は蝋人形ろうにんぎょうのように色彩まである。そして、時々、無感動にうごめいている。あれはもう脅迫などではなさそうだ。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
女衒ぜげん、などなど、これらの生業なりわいと共に社会の裏側にうごめき続け、その時も尚パリの裏街、——貧しい詩人や絵描きや音楽家や
放浪作家の冒険 (新字新仮名) / 西尾正(著)
仏教にあっては、私たちの内部に「菩提(梵語 〔Bodhi〕 の漢音訳で「さとり」の義)心」がうごめくときがそれであるといたします。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ニヤ/\とりやうほゝくらくして、あの三日月形みかづきなり大口おほぐちを、食反くひそらしてむすんだまゝ、口元くちもとをひく/\としたあかかへるまで、うごめかせたわらかた
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
姑獲鳥うぶめ布柱ぬのばしらと盲人と、猩々との縦隊は声なく進み、その行く手の遥かのあなたには高くいかめしく聳えている、別櫓べつやぐらの方へうごめいて行った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼はその柔らかい感触に、得体の知れぬうごめきを受け、又ゆうべの夢が、生々しく甦って来るのを感じた。そして苦汁は軽く揮発きはつして行った。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
得意の鼻をうごめかしているのがしゃくに触ったばかりでなく、第一こんなで「偉い女」になれるかどうか、それを非常に心もとなく感じたのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
作物は何れもひどく威勢をがれた。殊にも夥しいのは桑の葉の被害だった。毎朝、くすんだ水の上を、蚕がぎくぎくうごめきながら流れて行った。
黒い地帯 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
しかし彼女はこの時既に自分の胎内にうごめき掛けていた生の脈搏みゃくはくを感じ始めたので、その微動を同情のある夫の指頭しとうに伝えようとしたのである。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
活東子くわつとうしはなうごめかして『いや、これは、埴輪はにわよりずツとふる時代じだい遺物ゐぶつです。石器時代せききじだい土器どき破片はへんです』と説明せつめいした。
人差指は、材木に巣喰すくって肥え太った鉄砲虫のように見える。そのとき彼の前では、自分の五本の指が全然別な生きものとしてうごめきあっている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
床の間はついてゐたが、細長い建方なので、居間は障子を閉めると薄暗く、隅の炬燵で蒔は蒲団にくるまり、ぜいぜい息の音を立て、時々うごめいた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
そうして彼の眼の底にうごめくものは結局、瘠せ衰えた彼の妻と、その周囲まわりを飛びまわったりいまわったりしている子供たちの姿ばかりになってしまった。
老巡査 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
老婦人を囲んで、あやしげなる服装をつけた頭のない生物が、蜥蜴とかげのようにうごめいているところを又見るのかと思うと、いやアな気持におそわれてまいりました。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
家の中には何も物のうごめく気配もなかった。さびついた肱金ひじがねの音はだれの眠りをもさまさなかったのである。
牛をかわして、スタスタ下りる、振りかえれば、牛は追って来ようともしないで、夕暮の沈んだ空気の中に眼鼻も何もない黒いものが、むくむくとうごめいている。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
しかし、どうにかしなくてはならないものが彼の根元にうごめき始めていた。彼はぐっすり夕暮まで寝た。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
武村兵曹たけむらへいそういささか得意とくゐいろうかべてはなうごめかしたが、軍艦ぐんかん」の甲板かんぱんには仲々なか/\豪傑がうけつる。
皆々黒衣が昨日の働きを聞て、口を極めて称賛ほめそやすに、黒衣はいと得意顔に、鼻うごめかしてゐたりける。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「いやアもう。」と、老僧は口癖になつてゐることを言つて、少しばかり鼻をうごめかした。
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
たそがれ、部屋の四隅のくらがりに何やらうごめき人の心も、死にたくなるころ、ぱっと灯がついて、もの皆がいきいきと、背戸せどの小川に放たれた金魚の如く、よみがえるから不思議です。
喝采 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すると小さいうじが一匹静かに肉の縁にうごめいていた。蛆は僕の頭の中に Worm と云う英語を呼び起した。それは又麒麟や鳳凰のように或伝説的動物を意味している言葉にも違いなかった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
檻の中では病人達のうごめく様が眺められた。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
カンテラの光に、兵士たちがうごめいていた。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
今はうごめく蛆虫は、親を離れてアカイアの
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
兵卒達の胸に生々しい予告がうごめく
動員令 (新字新仮名) / 波立一(著)
何か物のうごめく気配がする。
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ガラ八の鼻は少しばかりうごめきます。この鼻がまた錢形平次に取つては、千里眼順風耳で、この上もない調法な武器だつたのです。
何かいおうとするのでもあろう、これも痙攣をする唇を、二度も三度もうごめかしたが、それがポッカリとあいたかと思うと
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
膝をかけてうねる頃には、はじめまりほどなのが、段々小さく、豆位になって、足の甲をうごめいて、ふっと拇指おやゆびの爪から抜ける。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
坑夫達はそんな風に言って、そこを通りかかる度毎たびごとに、青の鼻先へさわってやるのだった。併し青は、黒い鼻先をほんのかすかにうごめかすだけであった。
狂馬 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
田螺たにしのようにうごめいていたほかの連中もどこにも出現せぬ様子だ。いよいよいけない。もう出るか知らん、五秒過ぎた。まだか知らん、十秒立った。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この倉庫の白い柱組みの一本々々も例外なしに染め分けられていた。下でうごめいている人間たちも、その一瞬は、同じ色どりの濃淡にまびれている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そして又次には腕だけ、腹だけ、或は耳だけ、乳だけの、ずたずたに切られた巨大な人間の各部分が、薄暗い空間に浮いて、音もなくうごめいているのだ。
魔像 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
右の睾丸はゆっくりとあわびうごめくように上り下りの運動をするが、左の睾丸はあまり運動する様子がなかった。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
泳いでる犬のような音を出してセーヌ河上に煙を吐きうごめいている一つの物が、チュイルリー宮殿の窓下をロアイヤル橋からルイ十五世橋まで往来していた。
お秀は、何だか身体のしんからむずがゆいものを感じたように自分の乳房がうごめくらしいのを掌で押えました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこいらの田にうごめいていた田植笠が、一つ二つ持ち上って、不思議そうにその女の姿に見惚みとれはじめた。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
どうして忘れるもんか、あの春ちゃんが殺される日、あたいは屋根裏の物置の中に鼠かなんかのようにうごめいているあんた達を見せつけられて、あたし……。オーさん。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
苔が厚く活物いきものの緑がうごめいている、水草の動くのは、髪の毛がピシピシと流電に逆立つようだ。
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
出來上できあがつたら立派りつぱなもんでせう。』と武村兵曹たけむらへいそうはなうごめかしつゝわたくしながめた。
最初の裡くねくねと体をうごめかして居た妻も、軈ては気力尽きてぐったり動かなくなったのを見済まして、私は悠然と落ちた帽子を拾い着崩れた着物の襟を合わせ、是でいいんだ、ふん
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
由良松は低い鼻をうごめかします。色白の、柔和な感じの男ですが、石原の子分衆のうちでは、一番よく智恵のまわる三十男です。
そのほとんど狼の食いちらした白骨のごとき仮橋の上に、陰気な暗い提灯の一つに、ぼやりぼやりと小按摩がうごめいた。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
水に沈み水に浮き、パッと飛び立ちさっと下りて来る、白い翼の水禽みずとり以外、湖面にうごめく何物もない。岸に近く咲いているのは黄色い水藻の花である。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あとには依然として黒い者が簇然そうぜんうごめいている。この蠢めいているもののうちに浩さんがいる。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは不気味にピクピクとうごめいていたが、だんだん膨れ上ってきて、みるみる豚ぐらいの大きさになった。だがその怪物はたしかに代志子坊やに相違なかったのだった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まどろむこと一瞬間、焚火も全く消えた、一個のたくましい木像と、一個の冷たい大理石像と、小舎の中に横わる、一は依然として動かないのに、一はうごめいて待つものあり。
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
人の怨み、わが身の罪業を思ひ知りて神仏の御手にすがらむと思はずや。天地の大を以て見れば、さしも強豪、無敵の鬼三郎も多寡たかの知れたる一匹の蛆虫うじむし何処いづこよりうごめき来り。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)