華奢きゃしゃ)” の例文
無言でうなずきながらふところの中で君太郎の華奢きゃしゃな手を握りしめていたが、私もこの時ほど君太郎をいとおしく感じたことはなかった。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
吹けば飛ぶような、恐ろしく華奢きゃしゃな身体と、情熱的な表情的な大きな眼が、その多い髪と、小さい唇とともに、恐ろしく印象的です。
さんざん自問自答したあげく、バサッとお湯の飛沫を立てて、いきなり今松は白足袋の似合いそうな旦那の華奢きゃしゃな肩口をつかまえた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
女は普通の日本の女性にょしょうのように絹の手袋を穿めていなかった。きちりと合う山羊やぎの革製ので、華奢きゃしゃな指をつつましやかに包んでいた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫のように頑健がんけんで抵抗力の強い人は自分達のような華奢きゃしゃで病気に罹りやすい者の気持が分らないのだと云う考があり、貞之助の方には
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
はずかしめに怒っているふうでもない。そのクララは東京生れというのがうそじゃないらしい、ほっそりとした華奢きゃしゃな身体つきだった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
いじらしくも朝から晩まで……華奢きゃしゃな首筋がどうかなりはせぬかと、よそ目には案じられるほど、あの偉大な火球を追いつづける。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
袖口から出ているその手は、白く、華奢きゃしゃな手である。それは、巧みに鳥籠の中にはいる手のように思われた。その手は慣れている。
真下にも一輪の白い花があって——華奢きゃしゃで美男で色白の、小次郎の顔とて花ではないか——うつむいて来る雌花を受けようとしている。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
勝平が、そう答えおわらないうちに、瑠璃子の華奢きゃしゃな白い手の中に燐寸マッチは燃えて、ほとばしり始めた瓦斯ガスに、軽い爆音を立てゝ、移っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかもついにはその華奢きゃしゃな指を伸べて、一束四銭の札が立っている葱の山を指さすと、「さすらい」の歌でもうたうような声で
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
クリストフは、彼の華奢きゃしゃな長いよく手入れの届いた両手を認めた。それは彼の身体つきに似合わない、多少病的な貴族味をそなえていた。
またある家では二階の窓際に置いてある鉢植の草花に、水をやっている華奢きゃしゃな女の手首と、空色の着物の袖だけが見えていた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
そして微かな身震いが彼女の華奢きゃしゃな体の周りに震える。ナポリの穏やかな空気が草地のかおり高い銀の百合ゆりの周りに震えるように。
そして、すらりとした華奢きゃしゃな体を、揺り椅子いすに横たえて、足へはかかとの高い木沓きぐつをうがち、首から下を、深々とした黒てん外套がいとうが覆うていた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
婦人用かと思われる華奢きゃしゃな籐椅子の前に突立っている姿はさながらに魔法か何かを使って現われた西洋の妖怪のように見える。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
君は役者か音楽家にでもありそうな、やさしい華奢きゃしゃな指をしている。そして君の心もちも、根はやさしくて華奢なんだよ。……
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ぼくの乗せて頂いたのも、華奢きゃしゃ白塗しろぬりのリンカン・ジェフアで、車内に、ラジオも、シガレット・ライタアも装備そうびしてある豪勢ごうせいさでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
下袴つるまきはうすい紅で、右の腰のあたりで、大きく蝶結びに結ばれていた。安物らしくピカピカ光った上衣ちまの袖から、華奢きゃしゃな小さな手が出ていた。
プウルの傍で (新字新仮名) / 中島敦(著)
殊にこっちの伜が気嵩きがさのたくましい生まれつきならば格別、自体がおとなしい華奢きゃしゃたちであるだけに、母としての不安は又ひとしおであった。
半七捕物帳:11 朝顔屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は渡欧前の数日を加賀君の邸で送った。今ここに来ると、停車場の待合から、君の華奢きゃしゃな旅姿が、ひょっくりと表われそうでならなかった。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
馬は華奢きゃしゃな白馬で、女鞍が置いてあり、鞍にリボンなど着いて居るのを見ると、ひょっとしたらイベットの馬かも知れない。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
碧緑へきりょくとも紫紺しこんとも思われて、油を塗ったような光沢がある。胴体はいかにも華奢きゃしゃであるが、手足はよく均衡が取れていて、行動が敏捷びんしょうである。
がらにもない華奢きゃしゃ洋杖ステッキ蝙蝠傘などを買って来たのがそもそもの過りであった、私は苦笑して、その柄とさきとを両手に持った。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
生前曹操が最も可愛がっていたのは、三男の曹植そうしょくであったが、植は華奢きゃしゃでまた余りに文化人的な繊細せんさいさを持ち過ぎているので、愛しはしても
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
狼狽まごまごしている私の前へ据えた手先を見ると、華奢きゃしゃな蒼白い手で、薬指にきらと光っていたのは本物のゴールド、リングと見た。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
岩城文子の華奢きゃしゃな細い奇麗な指には一つの指輪さえなかった、こんな指にこそダイヤも引立つだろうのに——、と思った。
鳩つかひ (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
音楽の間にドドドウとふなべりを打つ重い濤音とともに、ギギギと船全体を軋ませ、ぐうっと右にロールした。踊り手達は華奢きゃしゃな靴の踵の上で辷った。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その白い花々は三方から吹き寄せられると、芝生にひっかかりながら、小径の砂の上を華奢きゃしゃな小猫のように転げていった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
私の眼にも判る一大きさサイズ小さなゴブラン織りの宮廷靴が、蹴合けあいに勝って得意な時の鶏の足のような華奢きゃしゃな傲慢さで絨毯の毛波ケバを押しつけていた。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
「どうぞベルリンでお暇がございましたら、ちょっとでもお立ち寄りくださいまし。」紋章入りの華奢きゃしゃな名刺を渡して
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
前挿まえざし中挿なかざし鼈甲べっこうの照りの美しい、華奢きゃしゃな姿に重そうなその櫛笄くしこうがいに対しても、のん気に婀娜だなどと云ってはなるまい。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蒙古人など沍寒ごかん烈風断えざる冬中騎して三千マイルを行きていささかさわらぬに、一夜地上にさば華奢きゃしゃに育った檀那だんな衆ごとく極めて風引きやすく
としよりがその始末なので、若い者はなおの事、遊び馴れて華奢きゃしゃな身体をして居ます。毎日朝から、いろいろ大小の与太者が佐吉さんの家に集ります。
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
半面を繃帯ほうたいに包んだ美青年の顔が、恐ろしいほどまっ青になっていた。毛布の中から出ている華奢きゃしゃな手首が、熱病やみのようにブルブル震えていた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その植物たちは熱帯地方の産で、栄耀えような暮らしに慣れた華奢きゃしゃな生まれつきでしたから、故郷のことが忘れられず、南の空が恋しくてなりませんでした。
「御支配は健脚だ、いや身体の華奢きゃしゃなものはそれだけ足の負担が軽いからそれで疲れないので、我々は頑健肥満に生れた罰でかえって山路に難渋する」
露月の霊腕になった美麗華奢きゃしゃをきわめた画面に驚嘆した片里は、席をはなれて一そう絵枠に近づきまるで酔ったような目でいつまでも眺め入りました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ツクヅクボウシとカナカナとは女性的で、るとすぐ死ぬ。姿も華奢きゃしゃで、優美で、青々とした精霊の感じがある。
蝉の美と造型 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
それと一緒に、すらりとした姿に大変よく似合った服をつけ、カステーラ菓子みたいにふんわりした卵色のボンネットをかぶった、華奢きゃしゃな娘がやって来た。
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
十九でいながら十七にも十六にも見れば見られるような華奢きゃしゃ可憐かれんな姿をした葉子が、慎みの中にも才走った面影おもかげを見せて、二人ふたりの妹と共に給仕きゅうじに立った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
稚児ちごの行列の出るのを待とうと言うのだ。伯母は小さなキセルを出して煙草を吸うていた。この伯母は私の父に似て骨細で、華奢きゃしゃな、美しい才女であった。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
新しい奈良の都の住人は、まだそうした官吏としての、華奢きゃしゃな服装を趣向このむまでに到って居なかった頃、姫の若い父は、近代の時世装に思いを凝して居た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
頭痛でもするのか、白い華奢きゃしゃな指さきで、しきりにこめかみを押え、額に八の字を寄せてだまりこくっている。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
夫の腕にもたれると、その華奢きゃしゃな姿は、彼の男らしい、すらりとしたからだつきと見事な対照を描きだした。
(新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
衛府の太刀は装飾もかねるので、一体が華奢きゃしゃな作りだが、信連のは、かねてから事あるべきを期して入念に鍛えさせたもの、野戦の用にも耐える業物である。
すぐ傍に坐っている顔の蒼いほど色の白い、華奢きゃしゃ円味まるみを持った、おとがいのあたりがおとなしくて、可愛かわいらしい。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
けれどもガドルフは、その風の微光びこうの中で、一本の百合が、多分とうとう華奢きゃしゃなそのみきられて、花がするどく地面にまがってとどいてしまったことをさっしました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
うす汚ない拾い屋と、華奢きゃしゃな姿の町娘と、それを護るような三人の侍と。この奇妙な五人伴れは、伊達家の中屋敷をまわって、御成り道のほうへと歩いていった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「日比谷まで……今夜、音楽があるんだ」と言い放ったが、白い華奢きゃしゃな足を動かしてを追うている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)