はじ)” の例文
自分の為にこんな騒ぎまで起ったかと思うと、口ではさかしく応対しても、さすがにはじらわないではいられなかったのだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
正直を言えば、嬉しく、心楽しい思いであった。この老人をなつかしみ、帰りを喜ぶはじらいと思ってもいいのだろうか。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
そうして、真に生活する限り、猿真似をはじることはないのである。それが真実の生活である限り、猿真似にも、独創と同一の優越があるのである。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
すると、さもうれしそうに莞爾にっこりしてその時だけは初々ういういしゅう年紀としも七ツ八ツ若やぐばかり、処女きむすめはじふくんで下を向いた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
直輝ははかまひもを、きゅっとしめながら云った。支度がすんで居間へもどると、茶をてて来た加代は、はじをふくみながら一枚の短冊をそっとさし出した。
日本婦道記:梅咲きぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どんなはじを忍んでもいとわないから、一度会ってこちらの悲しい真心を立ち割って話して見たならば、いかに冷淡無情を商売の信条と心得ている廓者くるわものでも
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
物事の径路がハッキリして来ると、今までは半信半疑であった事件が、マザマザと考えられて来、妻の露骨な仕打ちが、わが事のようにはじらわれて来た。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
四郎が去った後で閻ははじいきどおりにたえられないので自殺しようと思って、帯で環をこしらえて縊死いししようとしたが、帯がれて死ぬることができなかった。
五通 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
その新しさ、新しさをうけいれてゆく弾力、自分の未発展なものへの期待、その故にはじらいをもっている。
まだ世馴れざる里の子の貴人きにんの前に出でしようにはじを含みてくれないし、額の皺の幾条いくすじみぞには沁出にじみ熱汗あせたたえ、鼻のさきにもたまを湧かせばわきの下には雨なるべし。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と、ロッセ氏は、はじらいながらこたえた。金博士からメンタルテストをされたように感じたからであろう。
黒襲くろがさね白茶七糸しらちゃしゅちんの丸帯、碧玉へきぎょくを刻みし勿忘草フォルゲットミイノットえりどめ、(このたび武男が米国よりて来たりしなり)四はじえみを含みて、嫣然えんぜんとして燈光あかりのうちに立つ姿を
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
島田髷しまだまげ平打ひらうちをさして、こてこて白粉や紅を塗って、瘟気いきれのする人込みのなかを歩いているお庄のみだらなような顔が、明るいところへ出ると、はじらわしげにあからんだ。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ひたすら、留守中の世話になった礼やら詫びを、くり返すのみで、すぐはじらいにさしうつ向いた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中央なる机には美しきかもをかけて、上には書物一、二巻と写真帖しゃしんちょうとをならべ、陶瓶とうへいにはここに似合わしからぬあたい高き花束をけたり。そが傍らに少女ははじをおびて立てり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
日の光りに照らされて、鮮紅に、心臓のごとくおののくのを見ても、また微風に吹かれて、はじらうごとく揺らぐのを見ても、かぎりない、美しさがその中に見出されるであろう。
名もなき草 (新字新仮名) / 小川未明(著)
節子の苦しみと悩みとは、それを包もう包もうとしているらしい彼女のはじを帯びた容子ようすは、一つとして彼女の内部なかから押出して来る恐ろしい力を語っていないものはなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と叫んで弥生の声は、嬉しさとはじらいをごっちゃにして、今にも消え入りそうだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お勢との関繋かんけいがこのままになってしまッたとは情談らしくてそうは思えんのか? すべてこれ等の事は多少は文三のはじを忍んで尚お園田の家に居る原因となったに相違ないが、しかし
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
数々のはじを知らぬ放埒ほうらつな女を見て来続けている山口には、お杉の滑らかに光った淡黒い皮膚や、瞼毛まつげの影にうるみを湛えた黒い眼や、かっちりしまった足や腕などは、忘れられた岩陰で
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
桟橋の上で青年と娘とが、はじらいながらぼそぼそと、話しているのが見て取れた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ただし大昔も筑波山つくばやまのかがいを見て、旅の文人などが想像したように、この日に限ってはじや批判の煩わしい世間から、のがれて快楽すべしというだけの、浅はかな歓喜ばかりでもなかった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ずばずば応対して女の子らしいはじらいも、作為の態度もないので、一時女学校の教員の間で問題になったが、商売柄、自然、そういう女の子になったのだと判って、いつの間にか疑いは消えた。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そしてあどけないはじらいを帯びた微笑を口元に浮べて
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
はじらったような声で
一週一夜物語 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
はいと云ってはじらいながら、しかし悪びれたようすもなく、うっとりとした笑顔をこちらへ向けた。
明暗嫁問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その一つは彼女が、いつかはじらいをもって彼に告げたごとく、彼女がこのたび杜と同棲する以前に於ては、ミチミの身体が全く純潔を保たれていたという意外なる事実であった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
若い将校は、はじらいぎみに外国語をつかう伸子の顔にじっと笑いをふくんだ目を注ぎ、もう一度直立してその拍子に踵をうち合わせ、チャリンと拍車を鳴らして、去って行った。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
すると辰夫は此等私の無礼極まる言説にも寧ろ益々粛然として、深い自卑とはじらう色を表わして項垂れてしまうから、私は取りつく島もない自卑のあまり前後不覚に狼狽ろうばいする次第であった。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ふたりりで、この御堂の素莚すむしろに坐っておると、ふたりが祝言いたした清洲きよす時代の——あの弓之衆長屋が思い出されるではないか。そなたのはじらう容子ようす、また、良人を迎える心からな容子。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一番年長うえのは最早もう十四五になる。狭い帯を〆《しめ》て藁草履わらぞうりなぞを穿いた、しかし髪の毛の黒いだ。年少とししたの子供は私達の方を見て、何となくキマリの悪そうなはじを帯びた顔付をしていた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
俯向うつむいた顔を挙げてちょいと見て、はじを含んだような物の言いようをする。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
老人は少しはじらいながら、そのすばらしく大きな麦藁帽子をぬいでみせた。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼はいきどおるよりも前に、まずおどろき、はじらい、おそれ、転がるように会場からでた。そして自分の部屋に帰って来て、安楽椅子の上に身をげだした。そしてやっとすこし気を取り直したのだった。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
「わたしはよく覚えていない。」とお粂がはじを含みがちに言う。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二十歳はたちで嫁に来たお梶は、わたくしなにも存じませんと云うだけで、いつもひっそりと眼を伏せていた。寝屋にはいっても人形を抱くようで、なんの感動もあらわさず、はじらいさえもみせなかった。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)