羊羹ようかん)” の例文
このとき私たちは、彼女の発議で取ってみた缶詰の羊羹ようかんに「日本和歌山市名産」という紙が貼ってあるその愉快さにおどろいている。
下総屋は「おかめ」の甘酒から、舟和はいも羊羹ようかん製造から、わずかな月日に、いまのようなさまにまでおの/\仕上げたのである。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
かつて漱石先生は「草枕」の中で羊羹ようかんの色を讃美しておられたことがあったが、そう云えばあの色などはやはり瞑想的ではないか。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
山羊鬚やぎひげを撫で揃え、瘠せこけた身体からだに引っかけた羊羹ようかん色のフロックコートの襟をコスリ直した犬田博士は顔を真赤にして謙遜した。
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「少しこのへんを片附けて、お茶を入れて、馬関の羊羹ようかんのあったのを切って来い。おい。富田君の処の徳利は片附けてはいけない。」
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
頂戴した羊羹ようかんの一切れに舌鼓を打ち、二個のカールとカール状の窪地に四方からえぐり取られた細い国境の山稜を、なおも北東に沿うて進み
その頃の紅葉はまだ若かったからうれしそうな顔をして、「ありがたいネ、お礼に藤村ふじむら羊羹ようかんでも贈ろうか、」といって笑った。
「悉皆変りましたのよ。私にお土産だといって青柳あおやぎから羊羹ようかんを買って来てくれましたの、こんなことは初めてでございますわ」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
折目の全く見えぬ羊羹ようかん色の黒の背広、行儀悪く背広の襟をはみ出している鼠色のカラー、今にもほどけ落ちそうなネクタイ
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
京都にいる娘から羊羹ようかんなど送って呉れると、同じ店の同じ種類の製品ても、友人に貰った物より娘の呉れた物の方を、私は遥にうまく食べる。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
殊に私は、羊羹ようかんいろの斜子ななこ紋付もんつきを着ている上に、去年の霜月の末に、勤め先を出奔して以来というもの、一度も理髪屋へ行ったことがない。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
一しきり昼寝して起きて従妹に羊羹ようかんを切らせ、おやつにして居ると、障子の外で、ことん、ことん、廊下を踏む足音がする。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
すこし行くと、カステラや羊羹ようかん店頭みせさきに並べて売る菓子屋の夫婦が居る。千曲川の方から投網とあみをさげてよく帰って来る髪の長い売卜者えきしゃが居る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は首輪に私とメリーの名前をらせた。私は奮発して、首輪も鎖も上等のを買った。私にはむかしから羊羹ようかん沢庵たくあんをうすめに切るくせがある。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
第四十三 まぐろ飯 は西洋のカレー料理に似たものですがこれは羊羹ようかんのような鮪の上肉を使わなければなりません。それを五分四角位に切ります。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
固型寿司ずしや、水玉のように、ごむ袋の中に入った羊羹ようかんは、とても美味おいしかったので、舌鼓を打つと、将校の一人は
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
金「其んな堅い事を云わないでもよろしい、お茶をれて羊羹ようかんでも切んなさい、なに無く成ったえ、何か切んなよ」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ちょっと……ああ、番頭さん、お店の方もお聞きなさい。私ね、この頃人に聞いたんですがね。お店の仕来しきたりで、あの饅頭だの、羊羹ようかんだの、餅菓子だのを
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
粟餅の立見たちみなどをして遅くなったので、急いで帰ります。その途中藤村ふじむらで、父からの頼みの羊羹ようかんを買いました。藤村は大学の横手にあるよい菓子店です。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
古い羊羹ようかん色の縁の、ペロリと垂れた中折を阿弥陀あみだにかぶった下に、大きなロイド眼鏡——それも片方のつるが無くて、ひもがその代用をしている——を光らせ
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
草色の羊羹ようかんが好きであり、レストーランへいっしょに行くと、青豆のスープはあるかと聞くのが常であった。
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
羊羹ようかん色のフロックコート、軍人がするような赤短衣あかちょっき、ヴィクトリア王朝の初期の流行で、現代にはいかにも不調和な白ちゃけた、粗末なズボンといった形だ。
労働者の街だった。つぶれた羊羹ようかんのような長屋が、足場のすわらないジュク/\した湿地に、床を埋めている。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「そう。一杯もらいましょう。茶の間に到来物とうらいもの羊羹ようかんか何かあったと思うが、ついでにちょっと見て下さい。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは、まだ子供のこととて、羊羹ようかんの折を道具箱にしたもので、切り出し、丸刀、のみ物差ものさしなどが這入はいっていた。これが助かったので、あとに大変役に立ちました。
「迷亭はあの時分から法螺吹ほらふきだったな」と主人は羊羹ようかんを食いおわって再び二人の話の中に割り込んで来る。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ここばかり食うのには、特別投資を必要とするわけである。婦人はというと、これは羊羹ようかん色の脂身の少ない部分、男が食べては美味くないというところをよろこぶ。
鮪を食う話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
お君が羊羹ようかんを切って菓子皿に盛って来た。それはけさ両国の小屋ぬしから見舞いによこしたのだと言った。羊羹をつまみながら林之助は枕もとの古い屏風をながめた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おかなは素人しろうとくさい風をして、山焦やまやけのした顔に白粉も塗らず、ぼくぼくした下駄をはいて遣って来たが、お島には土地の名物だといって固い羊羹ようかんなどを持って来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
生憎あいにく今夜は嘔吐ややはげしかりしために腹具合悪く、食慾なけれど、無下むげにことわるも如何にて、煎餅より外に何もないか、といへば、今日貰ふたる日光羊羹ようかんありといふ。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
必らずしも重箱の中へ羊羹ようかんをギチリと詰めるような、形式好き融通利かずの偏屈者では無かった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
人形町通りも半分焼けたので銀座に似た煉瓦建れんがだてになった。その幾軒かはテンコツさんの持家であった。住居も紳士風にした。石のような羊羹ようかんを紙に包んでくれなくなった。
その間にお辰は茶を入れて、厚切りの羊羹ようかんとこぼれるばかりの愛嬌とを一緒に持って来ました。
このイギスの味噌漬ときたら珍中の珍であった。まるで羊羹ようかんのような色に漬っているが、塩からくて、一切れあれば一度の茶漬が食えたほどで、私は羊羹などよりこれを好んだ。
九年母 (新字新仮名) / 青木正児(著)
富士山を見て居ると、きっと羊羹ようかんをたべたくなります。心にもない、こんなおどけを言わなければならないほど、私には苦しいことがございます。私も、もう二十六でございます。
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
菓仙の饅頭まんじゅうや笹餅のこともあるし、茶平の羊羹ようかんのこともあるが、たいていは黒い飴玉だ、彼は欲しいだけ皿に取って自分の部屋へ帰り、うまそうにしゃぶりながら古本いじりをやる。
ひやめし物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
喫煙室には煙草の煙の間に、談話湧き、人顔おぼろに見え、テーブルの上には錦手にしきての皿にまき羊羹ようかんの様なるものを積みたり。先刻より空腹に、好物のまき羊羹を見てのんどしきりに鳴る。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
露路を通りへ出たとたんに、羊羹ようかん色の黒紋附き、袴なしの着流し姿、編笠を深々とかぶっている、尾羽うち枯らした浪人の、典型であるといったような、そういう武士とぶつかった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
血の羊羹ようかん をこしらえて彼らは喰うのでございますが殊に殺した時のはうまいそうです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
あの漆黒のふっくらともりあがった硯筥が羊羹ようかんのように柔くへこむ、その触感をためしてみたかったのであるが、いまもそうであった。木彫のくすんだ色彩は生身の肉体を感じさせる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
前の晩、これを買う時に小野君が、口をきわめて、その効用を保証したかめの子だわしもある。味噌漉みそこしの代理が勤まるというなんとかざるもある。羊羹ようかんのミイラのような洗たくせっけんもある。
水の三日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
羊羹ようかん色した紋付もんつきを羽織って、ちょっと容体ようだいぶったのがチョコンと坐っている。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
とうの卓とかごの椅子と、ひやした麦茶のコップと鉢の緑の羊羹ようかんあゆの餅菓子。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
この夜、吉岡髯将軍ビール二杯呑んだところが早速酔っ払ってしまい、自分から注文した名物の羊羹ようかんが来たのも知らずに、鼾声かんせいらいのごとくグーグームニャムニャ。木川子と吾輩二人で一皿を平らぐ。
それからお角が、お茶をすすめたり、羊羹ようかんをすすめたりしていると
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「痛い、痛いよ、羊羹ようかんをおくれ」
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
かばんから色んなものが出る。山本山やまもとやまの玉露・栄太郎の甘納豆・藤村ふじむら羊羹ようかん玉木屋たまきや佃煮つくだに・薬種一式・遊び道具各種。到れりつくせりだ。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
尾張町おわりちょうで自分だけ下りてお伺い致しました、と、そう云って、これはお嬢ちゃんにと、日光羊羹ようかんを三さおと絵端書とを出した。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それから汗じみた教員の制帽をかぶり直して、古ぼけた詰襟つめえり上衣うわぎの上から羊羹ようかん色の釣鐘マントを引っかけ直しながら
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それを学生は外使そとづかいに使うことが出来た。白木綿の兵古帯へこおびに、小倉袴こくらばかま穿いた学生の買物は、大抵極まっている。所謂「羊羹ようかん」と「金米糖こんぺいとう」とである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)