“ようかん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
羊羹88.4%
腰間4.7%
羊羮2.3%
孕環1.2%
楊完1.2%
用間1.2%
要諫1.2%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
京都にいる娘から羊羹ようかんなど送って呉れると、同じ店の同じ種類の製品ても、友人に貰った物より娘の呉れた物の方を、私は遥にうまく食べる。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
この頃、文化納豆というのが出来たというから八百屋(東京の)に行って見せてもらうと、羊羹ようかん包の位なヘギの折りに這入っていて一個十銭である。
「少しこのへんを片附けて、お茶を入れて、馬関の羊羹ようかんのあったのを切って来い。おい。富田君の処の徳利は片附けてはいけない。」
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
数日の後、彼はふたたび、旅へ立った。腰間ようかんの一水は、伝家の銘刀来信国らいのぶくにの三尺二寸という大剣であったという。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
封建武士の心胆は、その腰間ようかんよこたう双刀の外に出でず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
小刀は日頃の物であったが、大刀は、仕官以後は遠慮して差さなかった例の無銘むめい——しかし肥前長光ひぜんながみつともいわれている——愛刀物干竿ものほしざおを、久しぶりに、その腰間ようかんに、長やかに横たえていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
机の抽斗ひきだしの中には、餅菓子とかビスケットとか羊羮ようかんとかいつもきっと入れられてあったが、このごろではただその名残りの赤い青いばかりが残っていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
豊世が貰い物だと言って、款待顔もてなしがお羊羮ようかんなぞを切って来たので、二人は他の話に移った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それから『綱目』に〈『主物簿』いう孕環ようかんの兎は左腋にいだく毛に文采あり、百五十年に至りて、環脳に転ず、能く形を隠すなり、王相の『雅述』にいわく兎は潦を以て鼈とり鼈は旱を以て兎と為る、熒惑けいわく明らかならざればすなわち兎を生む〉とあやしい説を引き居る。
その前年、張士誠ちょうしせい平江へいこうを陥れたので、江浙左丞相達織帖睦邇こうせつさじょうそうたつしきちょうぼくじ苗軍びょうぐんの軍師楊完ようかんという者に檄を伝えて、江浙の参政の職を授け、それを嘉興でふせがそうとしたところが、規律のない苗軍は掠奪をほしいままにした。
愛卿伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
跡部等が強硬に一戦を主張した裏には、信長の用間ようかんに陥り、佐久間信盛が戦い半ばにして裏切ることを盲信して居たからだとも伝えるが、この事は単なる伝説であろう。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一、要諫ようかん一条に付き、事遂げざるときは鯖江侯と刺違さしちがえて死し、警衛の者要蔽する時は打払うべきとの事、実に吾がいわざる所なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
これより先九月五日、十月五日両度の吟味に吟味役までつぶさに申立てたるに、死を決して要諫ようかんす、必ずしも刺違え、切払い等の策あるにあらず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)