紙片かみきれ)” の例文
余りに事の意外さに、蘭堂は暫くぼんやり立尽たちつくしていたが、やがて、テーブルの上の手紙の様な紙片かみきれを手に取って、むさぼり読んだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし、その製法を書いた紙片かみきれは大学の教室にかくしてあるのか、自宅にあるのか、博士の他に誰一人知るものはなかったのです。
髭の謎 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
空は高く晴れ、数限りもない星がチラチラとまたたき、ちょうど頭の上に十八九日ごろの月が、紙片かみきれでも懸けたように不愛相に照っていた。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
エイギュイユ城!クリューズ県!エイギュイユ・クリューズ!古い紙片かみきれの暗号はこれ!ああ今度こそきっと少年の勝利に違いない!
そのうちにどこかの茶目らしいクリクリ頭に詰襟服の小僧が、群集の背後うしろから一枚の紙片かみきれを拾って来て、吾輩の眼の前に突出した。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
けちけちした彼の眼差まなざし紙片かみきれだの鳥の羽毛はねだのといったものに向けられて、そんなものばかり自分の部屋に寄せあつめているのである。
お神さんは、何気なく赤児の帯をほどいて、厩の方へつれて行こうとすると、大きな振袖ふりそでの中から一枚の紙片かみきれが落ちて来ました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
袂へ手を入れてみると小さいなめらかな紙片かみきれが指さきにふれた。取り出してみると、この二三ヶ月見たこともない十円紙幣が二枚あった。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
おしおは渡された紙片かみきれをひろげて、行灯の灯影に透して見たが、なるほど四十七人の名はあっても、小平太の名は出ていない。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
赤い紙片かみきれや青い紙片の魔物や武者は、それ皆が、生ける夜叉か羅刹の軍のように見えて、寄手は完全に闘志を失ってしまった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
乞食が家鴨あひるのやうな口もとをして珈琲をすすつてしまふ頃には、立派な舞踏曲ミニユエトの一つが有り合せの紙片かみきれに書き綴られてゐた。
と慌てゝ太一郎が飛びのきながら示した紙片かみきれを見ると、表に滝本が徒らに大きく書いた百合子の宛名があつて、そして、もう封が切つてあつた。
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
与吉の不審には構わず、平次はなおも、帯の間、たもとの中、前も、後ろも念入りに見ましたが、紙片かみきれ一つ持ってはいません。
昨日きのう読んだ書物の中から備忘のため抄録して、そのままに捨てて置いた紙片かみきれである。甲野さんは罫紙を洋卓の上に伏せた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで、としちゃんと、まことくんは、紙片かみきれなかむし半分はんぶんずつけて、二人ふたりは、めいめいおうちってかえったのであります。
風船虫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
船長の手の近くのゆかの上に、片面を黒く塗った、小さな丸い紙片かみきれがあった。これがあの黒丸であることは疑えなかった。
ホームズはこう云って、テーブルに椅子を引き寄せ、変なおどけたような、舞踏人を書いた紙片かみきれを、その前に拡げた。
「伝票は二寸か三寸の紙片かみきれだから、無論重大問題じゃないが、精神の上から考えて見て、斯ういうことは面白くない」
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
紙片かみきれ、莨の吸殻などの落ち散った汚い地面はまだしっとりして、木立ちや建物に淡い濛靄もやがかかり、はとき声が湿気のある空気にポッポッと聞えた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
遠廻しに土地の事情を聞出そうと思った時、「安藤さん」と男の声で、何やら紙片かみきれを窓に差入れて行った者がある。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その上に首——妙見勝三郎の首、たった今玄関で呶鳴っていた妙見勝三郎の首……その首が、紙片かみきれをくわえている。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
みんな黙ってその後姿を見送っていたが、新田進はふと金森村医の掛けていた椅子いすの下に、見慣れぬ紙片かみきれが落ちているのをみつけて、かがみながら拾上ひろいあげた。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
赤、紫、黄、青、白、五色の花弁のやうな紙片かみきれをチヤブ台の上にのせた。毎日糊をこしらへてそれを作つた。
反逆の呂律 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
翌くる朝この立派な紳士は、金貨の入った大きな袋と一枚の紙片かみきれを持って広小路へ出て、こう演説しました。
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
「ああ、誰も……」と前後を見廻し、きっうなずき、帯の間に秘持かくしもてる紙片かみきれを取出だしつ、くるくると紙捻こよりにして、また左右に眼を配り、人のあらぬを見定めて。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は昼間階下したの暗いのにいて二階へあがつて来て居る子供等が、紙片かみきれ玩具おもちや欠片かけら一つを落してあつても
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
灰も紙片かみきれも一緒こたに黒ずんだ泥のようにして了った。飛んだ人騒がせをしたと彼はきまり悪くも成った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
側には鉄灰色てっかいしょくの頭髪をした痩せぎすな男が、紙片かみきれを手にして立っていた。倫敦ロンドン警視庁のクレーヴン警部だ。玄関のは装飾の大部分が剥がれてガランとしていた。
彼女はおどろいて見直した。其処には何か紙片かみきれのやうなものが、軽く裏側から別に布を掩うて、縫ひ付けられてゐた。彼女はそれを見ようか見まいかと思ひまどつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
博士のからだは嵐の中の紙片かみきれのように吹きとばされ、はてはどすんと何物かに突きあたり、そのときに頭のうしろをうちつけ、うんと一声発して、気絶きぜつしてしまった。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今年十三の美しい少女は、真黒な手習草紙の紙片かみきれに眼をふさがれて、生れてから初めて自分のうちの敷居をまたいで出た。かれは大きい黒眼鏡をかけてゐるやうに見えた。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
中から小さな紙片かみきれが、なんでも十二、三枚出て来ましたよ……それでその紙片には「無罪 片岡八郎かたおかはちろう」だとか、「無罪 小田清一おだせいいち」だとか、「有罪 峰野義明みねのよしあき」だとか
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
その外に変ったものは例のゆかの板が上げられている事と、怪しい紙片かみきれが残されている事である。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
すると、万年屋の二階の雨戸が二、三枚、あけに染まった虚空こくうの中へ、紙片かみきれか何んぞのようにひらひらと舞い上がりました。と、雨戸のはずれた中から真黒のけむりがどっと出る。
そういいながら、ボクさんが詩を書きつけた紙片かみきれを、久世氏のほうへ押してやりました。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
仕方がないから舞台へ上って追う真似をしてみたがなんにもいやしない、そのうちに舞台の上を見ると紙片かみきれが落ちている、拾って見るとそれに『鼠小僧御能拝見』と書いてあった
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ある日の夕方、祖母の部屋を掃除していると、箪笥と壁との間に何か紙片かみきれのようなもののあるのを私は発見した。「何だろう」こういう好奇心も伴って、私はそれを骨を折って引きよせた。
木戸銭をとると、その代りに変な紙片かみきれを頭数によつて何枚か引かへに渡された。それを父が受取つた。水花火はしゆ、しゆ、と青や赤の火の玉を暗い夜空にあげて、美しく見事にばらりと散つた。
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
詳しく言えば、まず紙片かみきれを四枚ずつみんなに渡します。第一の紙片には、自分の名前を書きます。第二の紙片には、昨日とか、子供の時にとか、時を書きます。それから第三の紙片へは場所です。
先刻さっき、八時頃先方のうちを出て、矢張やっぱりこの隣の裏門から入ったが、何しろこんな月夜でもあるし、また平常ふだん皆が目表めじるしに竹の枝へ結付むすびつけた白い紙片かみきれ辿たどって、茶席の方へ来ようとすると、如何どうしたのか
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
ブリッグス氏からはその後數週かつてまた、相續者の行方ゆくへが知れぬ事を僕等に心當りはないかといふことをたづねて來ました。偶然、一枚の紙片かみきれに書いてあつた名前で私はそのひとを見附けたのです。
これを売つて金にしたまへ、紙片かみきれはいらないのだと私は言つた。私は彼のほつとした顔付や狡るさうに光る眼の玉や複雑に歪みかたまる醜悪な表情を見たくもないので、自分の部屋へさつさと戻つた。
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
信吾に限らず、男といふ男は、皆富江の敏捷すばしこい攻撃を蒙つた。富江は一人ではしやぎ切つて、遠慮もなく対手の札を抜く、其抜方が少し汚なくて、五回六回と続くうちに、指に紙片かみきれで繃帯する者も出来た。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そして、街で紙片かみきれを拾うように、彼の心臓をつかむ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
と、一人の薄汚い男が手早く艶子へ紙片かみきれを渡した。
五階の窓:05 合作の五 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だがわたしは机の上の紙片かみきれを目に付けた。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
紙片かみきれを出す)
疵だらけのお秋 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
何やら訳のわからない紙片かみきれを鉄棒の間から突出しながら、辻褄つじつまの合わない脅迫めいた文句を、私に向って浴びせかけるではありませんか。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
紙札というのは、例の暗闇のなかの骸骨と、くさむらを這い出して来た生腕なまうでとから受取った、化物屋敷通過証ともいうべき紙片かみきれである。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「旦那さま、本当にわたしゃ、旦那さまがコップの蓋になすった小さな紙片かみきれよりほかに、何も見たこともありましねえだよ。」