精悍せいかん)” の例文
かくのごとき文人と、その最も、思想的にも人間的にも精悍せいかんであったであろう時期に、深い交渉をもったのが遠藤清子なのであった。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
正座についている、精悍せいかんな顔つきをした役人ふうな瘠せた男は、もと長崎物産会所ながさきぶっさんかいしょの通訳で、いまは横浜交易所よこはまこうえきしょの検査役仁科伊吾にしないご
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一見、黒白混血児とわかる浅黒い肌、きりっとひき締った精悍せいかんそうなつらがまえ、ことに、肢体したい溌剌はつらつさは羚羊かもしかのような感じがする。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
まもなくそこへ見るからに精悍せいかんそうな若者が伴われて来たのを待たしておくと、さらさらと書き流したのは次のごとき一書でした。
「どうしたのだろう。いくら攻めても、馬超は動かん。あの精悍せいかんな男が、こうじっとしたままでいるのは、何か謀略かも知れぬぞ」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年は四十から六十のあいだで、四十代の精悍せいかんさと、六十代のおちつきとが少しの不自然さもなく一躰いったいになっているようにみえた。
ただ、その革手袋のしなやかな手ざわりが、精悍せいかんな男性の冷たく残酷な魅力を、彼女に空想させていたのだった。彼女は、それを買った。
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
この精悍せいかんな青年貴族は、大海人自身がまだ気づかずにゐる少なからぬ匿れた崇拝者のなかでも、最も熱烈な一人だつたのである。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
年の頃二十七八、青髯あおひげの跡の凄まじい、こんな社会によくある精悍せいかんな顔をした男で、いかにも、浮気なお藤に注目されそうな人間でした。
ヨチヨチ歩く所を見ると、非常な年寄りの様でもあり、物腰のどこやらに、隠しても隠し切れぬ、精悍せいかんな所もある。何とも異様な人物だ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その後で立った人は、短い顔と多角的な顎骨とに精悍せいかんの気を溢らせて、身振り交じりに前の人の説をばくしているようであった。
議会の印象 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
精悍せいかん剛愎ごうふくの気象が満身に張切はりきってる人物らしく推断して、二葉亭をもまた巌本からしばしば「哲学者である」と聞いていた故
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「橋本君とはスッカリお話が合って了って」と言って、榊は精悍せいかんな眼付をして、「先生——何処でどういう人に逢うか、全く解りませんネ」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
油井伯爵を首領にいただいた野党の中の智嚢ちのうと云われた木内種盛きうちたねもりは、微髭うすひげの生えた口元まで、三十年ぜんとすこしも変らない精悍せいかんな容貌を持っていた。
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
又そろって頭をあげて、黙ったまま眼にちからを入れた表情で、カーキ色の国防服めいたものを着ている、はげ上った、精悍せいかんな風貌を見つめた。
風知草 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
以前の負けずぎらいな精悍せいかん面魂つらだましいはどこかにかげをひそめ、なんの表情も無い、木偶でくのごとく愚者ぐしゃのごとき容貌ようぼうに変っている。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それはまたしっかりした精悍せいかんなそして陰気な顔つきであった。変に複雑な相貌で、一見しては謙譲に見えるが、やがて峻酷しゅんこくなふうに見えて来る。
そこの緑色の亜字欄に精悍せいかんそうなシェパアドが一匹縛りつけられていたが、そいつが私たちに吠えているのであった。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ばかに長い刀をさしているせいか、武骨ぶこつで豪放に見えるのだが、人物も、武骨で豪放なのだろう。精悍せいかん相貌そうぼうをしている。顔ぜんたい、大あばただ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「陸軍はもう平壌へいじょうおとしたかもしれないね」と短小精悍せいかんとも言いつべき一少尉は頬杖ほおづえつきたるまま一座を見回したり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
老いても精悍せいかんの意次であった。そういう織江の態度を見ても、躊躇ちゅうちょするような様子もなく、舌なめずりをしないばかりに、またソロリと進み寄った。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私も内心でかぶとを脱いでおりました。元来轟君は金持に似合わない精悍せいかんな、腕力と自信の持主で、株式界にいた頃でも百折不撓の評判男だったそうです。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は百合をつかむと部屋の外へ持ち出した。が、さて捨てるとなると、その濡れたように生き生きとした花粉の精悍せいかんな色のために、捨て処がなくなった。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
山かゞしは蛇の中でも精悍せいかんなやつである。蛙のももを啣えながら鎌首かまくびをたてゝ逃げて行く。竹ぎれを取ってもどると、玉蜀黍とうもろこしの畑に見えなくなった了うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
和漢の武芸に興味を持つたり、テニスや野球をやつたりする所は豪傑肌がうけつはだのやうなれども、荒木又右衛門あらきまたゑもんや何かのやうに精悍せいかん一点張りの野蛮人にはあらず。
田端人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「そうでしょうとも、あなたには、何処か精悍せいかんな歯があるわ。」「で、あなたは『種蒔く人』に何を話しましたか。」「私は大方いて居ただけですわ。 ...
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この時、向うの室の床柱を背負って、さっきから少しも動かずに茫然ぼうぜんと事のなりゆきを見ていた小兵こひょうにして精悍せいかん、しかも左の眼のつぶれた男があったが
才学非凡で、しかも精悍せいかんの気に満ちている頼長の前途を、彼もすこしく不安に感じているのであった。この意味に於いては、彼も忠通の意見に一致していた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
精悍せいかんな風貌をした紅顔の美少年。交戦中の捕虜は荷厄介として全て殺してしまうぼくたちも、彼の若い美しさを惜しみ、荷物を持たせる雑役に使うことにした。
さようなら (新字新仮名) / 田中英光(著)
正勝はうるさくぐるぐるともつれる精悍せいかんな新馬を縺れないようにさばきさばき、草原の斜面を下りていった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
比那古ひなこのもので、春というのだそうだ。男のような肥後詞ひごことばつかって、動作も活溌である。肌に琥珀こはく色のつやがあって、筋肉が締まっている。石田は精悍せいかんな奴だと思った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
主人は小柄の精悍せいかんな体つきで太い金鎖など帯にからませ、色の黒い顔に、陰険そうな目が光っており、銀子は桂庵の家で初めて見た時から、受けた印象はよくなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
アブラは大きくて、精悍せいかんで、野蛮で、がんばり強く、その声の止め度もなく連続するフォルチシモの物凄い通りに、姿も剛健一点張である。私は好んでこのセミを作る。
蝉の美と造型 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
精悍せいかんな彼は、いつものように冗談をいいながら、てきぱきと事務の後始末をして行くのであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
なるほどそう言えば昔ながら植松先生は色が黒く精悍せいかんな、きびきびした顔をしておられた。しかし今は年傾いて、鬢髪も白くなって、やや翁さびて見られるのであった。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
いかにも、兇暴の相である。とぐろを巻いて、しかも精悍せいかんな、ああ、それは蝮蛇まむしそっくりである。私の眉にさえ、刺されるような熱さを覚えた。火事は、異様の臭気がする。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
旅順には佐藤友熊と云う旧友があって、警視総長と云ういかめしい役を勤めている。これは友熊の名前が広告する通りの薩州人さっしゅうじんで、顔も気質も看板のごとく精悍せいかんにでき上がっている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
びしく待ちあぐんだ後、ついに汽車が現われた。クリストフは車室のどの扉口とぐちかに、ロールヘンの精悍せいかんな顔つきを待ち受けた。彼女が約束を守ることを確信していたのである。
繃帯をまいている気の毒な曾呂利本馬! 房枝がいつもかわいそうで仕方のなかったその曾呂利が、ここで一変して、アラビヤ馬のような精悍せいかんな青年探偵帆村荘六になったのである。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
三年前の大患以後、病気つづきで、この年にも『行人』の執筆を一時中絶したほどであったが、一向病人らしくなく、むしろ精悍せいかんな体つきに見えた。どこにもすきのない感じであった。
漱石の人物 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
贅肉を持たぬひきしまつた体のジガ蜂は事実闘志に満ちた精悍せいかんな奴でもあつた。
ジガ蜂 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
彼の髪の毛は鬘を冠ったように黒く、彼の肌膚はいつも真白で日に焼けると云う事を知りませんでした。彼のスラリとした精悍せいかんな手足は、一見して身軽みがるな運動に適して居る事を想わせました。
金色の死 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と卯平の精悍せいかんな顔にちらと悲しげな影がすぎたが、すぐにもとの元気な顔になって、執念しゅうねん深いきつねだ、今日で十日になるのにまだ出て行かん、戸まどいして女房にいたりなどして阿呆狐めが
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
その色白な美貌と牝豹を思わせる精悍せいかんさで、たちまち、ズベ公の第一人者になり、大下組の若者達とも近づきになって、現在の勇に、度胸試しの小指を詰めて誓い、親分の許可を得て一緒になった。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
顔中に薄い痘痕あばたがあったが、目は細く光ってまなじりが上り、鼻梁はなばしらが高く通って、精悍せいかんな気象を示したが、そのげっそりと下殺しもそげした頬に、じりじり生えているひげが、この男の風采を淋しいものにした。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
背の低い、肩のいかった眼の大きい精悍せいかんな風貌である、「自分は吟味奉行井伊又左衛門である」その人はよくとおる声でこう云いだした。
蜆谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おそろしく敏捷びんしょう精悍せいかんな敵が、虎之助のうしろへまわって、長巻ながまきを振りかぶり、あわや斬り下ろそうとしていたのを見つけたからであった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さも精悍せいかんな一匹の虎が、狭い鉄棒のあいだを、ノソリノソリ、往ったり来たりしながら、時々「ウオー」とすさまじい咆哮ほうこうを発している。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
年の頃三十五、六、薄手な四角な顔、すさまじい青髯あおひげ、目が細くて唇が薄くて、何んとなく底の知れない精悍せいかんさがあります。
山田はこう云って食卓ちゃぶだい越しに眼をやった。三十前後の微髭うすひげの生えた精悍せいかんな眼つきをした男が坐っていた。中古ちゅうぶるになった仙台平せんだいひらはかまひだが見えていた。
雨夜続志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)