“せいかん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
精悍84.2%
清閑5.5%
生還1.8%
征韓1.2%
盛観1.2%
世簡0.6%
斉桓0.6%
擠陥0.6%
星環0.6%
正諫0.6%
薺甘0.6%
製罐0.6%
青函0.6%
静観0.6%
静閑0.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
正座についている、精悍せいかんな顔つきをした役人ふうな瘠せた男は、もと長崎物産会所ながさきぶっさんかいしょの通訳で、いまは横浜交易所よこはまこうえきしょの検査役仁科伊吾にしないご
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
原始的にしてまた未来の風景がこの水にある。船は翠嶂すいしょう山の下、深沈しんちんとした碧潭へきたんに来て、そのさおをとめた。清閑せいかんにしてまた飄々ひょうひょうとしている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
このたびとて、一死君恩に報ずるの覚悟、もとより生還せいかんを期してはいない。もしまた、幸いに、秀吉死なず、戦いに勝たば、何でこれしきの小城を我が居となすに足ろうか。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見たまえ、この際、力をかつぎ出そうとする連中なぞが士族仲間から頭を持ち上げて来ましたぜ。征韓せいかん、征韓——あの声はどうです。もとより膺懲ようちょうのことは忘れてはならない。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ふもとのすこし手まえにある御岳みたけ宿しゅく町中まちなかも、あしたから三日にわたる山上さんじょう盛観せいかんをみようとする諸国しょこく近郷きんごうの人々が、おびただしくりこんできていて、どこの旅籠はたごも人であふれ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下条寿仙、名は成玉せいぎよく、字は叔琢しゆくたくである。信濃国筑摩郡松本の城主松平丹波守光行みつゆきの医官になつた。寿仙の弟春泰、名は世簡せいかん、字は季父きふである。横山の事は未だつまびらかにしない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
塩尻峠を越え、三里塩尻駅。堺屋彦兵衛の家に投宿す。下条げでう兄弟迎飲す。(兄名成玉せいぎよく字叔琢あざなはしゆくたく号寿仙じゆせんとがうす、弟名世簡せいかん、字季父きふ号春泰しゆんたいとがうす、松本侯臣、兄弟共泉豊洲門人なり。)
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
即ちかくの如き政略的会盟が当時の斉桓せいかん晋文しんぶんの徒の間に盛んに行われたが、真の平和は決してこの中より出現せなかった。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
かの斉桓せいかん晋文しんぶんの徒の為した覇業の大規模なるのが、即ちこのカイゼルの軍国主義であり、露骨と婉曲との相違は有っても、その覇業の更に徹底的のものがこの独逸ドイツの帝国主義であったのだ。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ただ漢人はこれをごまかし飾ることを知り、我々はそれを知らぬだけだ、と。漢初以来の骨肉こつにくあいむ内乱や功臣連の排斥はいせき擠陥せいかんの跡を例に引いてこう言われたとき、李陵はほとんど返す言葉に窮した。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
帝星ていせい明らかならず、星座星環せいかんみな乱る。——ああ乱世はつづく。焦土はここのみには、とどまるまい」と、思わず嘆声をあげた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
百年ばかり以前のこの事件について一人の弟子が孔子にたずねたことがある。泄冶の正諫せいかんして殺されたのは古の名臣比干ひかんの諫死と変る所が無い。仁と称して良いであろうかと。孔子が答えた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
我儕の任ずる所もまたはなはだ重からずや。斃れて後已むに至りては固より我儕の薺甘せいかんする所なりといへども、独り恐らくは真理の終にべからざることを。
「H・S製罐せいかん工場」では、五ラインの錻刀切断機スリッター胴付機ボデイ・マシン縁曲機フレンジャー罐巻締機キャンコ・シーマー漏気試験機エアー・テスターがコンクリートで固めた床を震わしながら、耳をろうする音響をトタン張りの天井に反響させていた。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
根室から札幌に出て、札幌から函館に行き、青函せいかん連絡船で青森へ渡り、それから上野まで——こうながい汽車の旅では、いくら急行でも、おやじの死に目に会うことができなかった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
つまり他人の立場から見ると前者であり、自分の立場たちばから静観せいかんすると後者であるらしい。自分で自覚しない愚さであるようで、しかもこれが人間の本能に通ずるものだろう。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
ヘルンが妻を連れ出す所はたいてい多くは寂しい静閑せいかんの所であり、寺院の墓地や、やしきの空庭や、小高い見晴らしのおかなどであった。