清閑せいかん)” の例文
すると芸術を尊重する仏蘭西フランスに生れた文学者も甚だ清閑せいかんには乏しいわけである。日本に生れた僕などの不平を云ふのは間違ひかも知れない。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
原始的にしてまた未来の風景がこの水にある。船は翠嶂すいしょう山の下、深沈しんちんとした碧潭へきたんに来て、そのさおをとめた。清閑せいかんにしてまた飄々ひょうひょうとしている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
清閑せいかん消シガタシ。すなわ巾箱きんそうヲ開キ客歳かくさいノ詩ヲ閲シテ煩ヲリ冗ヲ除キテ一百首ヲ得タリ。ひそかニ浪仙ニ擬シ詩ヲ祭リテ労ニ報フ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いかにも落着き澄ました、清閑せいかんをたのしんでゐるといつた様子である。十吉はその裾長すそながの外套姿に、ふとカトリックの宣教師に似たものを感じた。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
さていよいよその庭に至れば甚だ清閑せいかんで従者僕僮ぼくどう一人としてめいたがう者が無い。治者の言、明察にして断なるが故に、その政がみだれないからである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
三十日、清閑せいかん独り書を読む。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかしかく李九齢りきうれいは窓前の流水と枕前の書とに悠悠たる清閑せいかんを領してゐる。その点は甚だ羨ましい。僕などは売文に餬口ここうする為に年中匇忙そうばうたる思ひをしてゐる。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
君は「およそ芸術と云ふ芸術で、清閑せいかんの所産でないものはない筈だ」と云つてゐる。又「芸術などといふものはその本来の性質からして、清閑の所産であるべきものだとは思ふ」
解嘲 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
少女はこの一炷いつしゆかう清閑せいかんを愛してゐるのであらうか? いや、更に気をつけて見ると、少女の顔に現れてゐるのはさう云ふ落着いた感情ではない。鼻翼びよくは絶えず震えてゐる。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)