等閑なおざり)” の例文
この非芸術的濫訳横行の中にあって、二葉亭の『あいびき』は殆んど原作の一字一句をも等閑なおざりにしない飜訳文の新らしい模範を与えた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
畢竟するに婦人が婚姻の契約を等閑なおざりに附し去り、却て自から其権利を棄てゝ自から鬱憂の淵に沈み、習慣の苦界くがいに苦しむものと言う可し。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「神慮の鯉魚、等閑なおざりにはいたしますまい。略儀ながら不束ふつつかな田舎料理の庖丁をお目に掛けまする。」と、ひたりと直って真魚箸まなばしを構えた。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
されば義尚の方でも実隆をば等閑なおざりならずもてなし、禁裏当番かつは御連歌の御催しがあるので実隆にとりては是非祗候すべきはずの日にも
もったいなくも征夷大将軍、源氏の棟梁とうりょうのお姿を刻めとあるは、職のほまれ、身の面目、いかでか等閑なおざりに存じましょうや。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ついにメルキオルは、給料を手にしなくなってからは、ヴァィオリニストの職務をますます等閑なおざりにするようになった。
万一討ちもらしたら他領までも付け入って討ち取るように、それを等閑なおざりにしたらきっと御沙汰ごさたがあるであろうという意味のことも書き添えてあった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今日までこの領域の価値をほとんど全く等閑なおざりにしてきたのは、多くの批評家多くの美学者達の無理解によるのです。
美の国と民芸 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
天なるものにつきての考察を等閑なおざりにする近代の文化に毒されているからである。もし中世の人ならば私の言説を最も普通のこととして聴いたかもしれない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しかしながら食物が生存の大本であると思えば一日も等閑なおざりには出来ません。先刻さっきのお話にライスカレーの事が出ましたが我輩わがはいは至ってライスカレーがすきです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「夫婦苦楽を共にするということは努々ゆめゆめ等閑なおざりにさるべきことではない」のだから、ことこれに関しては
三つの「女大学」 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しかし、これらの主張も皆それらは純粋小説論の後から起るべき問題であって、今、純粋小説を等閑なおざりにして文学としての能動主義も浪曼主義も、意味をなさぬと思う。
純粋小説論 (新字新仮名) / 横光利一(著)
国の大事ぞ、等閑なおざりになせそ、もし何者にもあれ天神の難問をく解き開き得ば厚く賞与をすべきなりと、一国内にあまねく知らしめて答弁こたえを募るに応ずるものも更になし。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
私は、自分の娯しみを全く等閑なおざりにして、ひたすら西洋人の態度をぬすみみた。だが、そのツァイスの精巧なレンズの目標が、果してどの見当であるかさえ、皆目推量もつかなかった。
風船美人 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
けれども三四日さんよっか等閑なおざりにしておいたとがたたって、前後の続き具合がよく解らなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蝋燭ろうそく二梃ちょうも立てて一筋の毛も等閑なおざりにしないように、びんに毛筋を入れているのを、道太はしばしば見かけた。それと反対で毛並みのいいお絹の髪は二十時代と少しも変わらなかった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一樹のかげに共にやどり、一河の流れを共に汲む、それさえ多生の縁だという、まして相馴れて三年となる、等閑なおざりでないわしの心、折りにふれ物につけ、お前も知ってくれたと思うよ。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
天祐和尚の逗留中に権兵衛のことを沙汰したらきっと助命を請われるに違いない。大寺の和尚のことばでみれば、等閑なおざりに聞きすてることはなるまい。和尚の立つのを待って処置しようと思ったのである。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして今私は自分の仕事を等閑なおざりにしていることに気がついて来た。
神慮しんりょ鯉魚りぎょ等閑なおざりにはいたしますまい。略儀ながら不束ふつつか田舎いなか料理の庖丁をお目に掛けまする。」と、ひたりと直つて真魚箸まなばしを構へた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
居家の私徳を等閑なおざりにするにおいては、あたかも根本の浅き公徳にして、我輩は時にその動揺なきを保証するあたわざるものなり。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
弟のために身を犠牲にするという唯一の務めを、ちょっとでも等閑なおざりにした罰を受けたのだと、みずから信じたかった。そしてますますその務めに身を投げ出した。
いずれにしても、等閑なおざりには致されない事件と認められて、第一の報告者たる半七が、その探索を申し付けられた。半七はすぐ源次を近所の小料理屋へ連れて行った。
半七捕物帳:22 筆屋の娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
決して等閑なおざりに書きなぐったのではないが、『其面影』のような細かい斧鑿ふさくの跡が見えないで、自由に伸び伸びした作者の洒落しゃらくな江戸ッ子風の半面が能く現れておる。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
美しさから云って一番卓越しているのは、むしろ中期以後のもの、すなわちおよそ百五、六十年この方のもの、今日の歴史家から全く等閑なおざりにされている作品である。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
素人しろうとがいかに脳漿を絞っても専門家を凌駕りょうがして天下後世へ伝わるほどの名句が出来るはずもないのに、無用な事へ心を労してそれがために実用の智識を等閑なおざりにするのは最も憂うべき事だ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
等閑なおざりのこの四五日に藤尾のまゆにいかな稲妻いなずまが差しているかは夢はかりがたい。論文を書くための勉強は無論大切である。しかし藤尾は論文よりも大切である。小野さんはぱたりと書物を伏せた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此れも下女の不行届、其れも下男の等閑なおざりなど、逐一計え立ていたずらに心配苦労して益なき事に疳癪を起すは、ただと言う可きのみ。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
前後あとさきみまわしながら、そっとその縄を取ってくと、等閑なおざりに土の割目に刺したらしい、竹の根はぐらぐらとして、縄がずるずると手繰たぐられた。慌てて放して、後へ退さがった。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
個性中心の見方からして、工藝の美が等閑なおざりにされたのも無理はない。否、高き工藝は、美術的であらねばならぬとさえ考えられた。だがこれが工藝への正当な見方であろうか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「くどくも云う通り、頼まれたお方が余人でないので、わたくしも等閑なおざりには存じません」
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と毎日口に入るるものは片時へんじ等閑なおざりにすべからず。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
故に夫婦苦楽を共にするの一事は努〻ゆめゆめ等閑なおざりにす可らず、苦にも楽にも私に之を隠して之を共にせざる者は、夫にして夫に非ず、妻にして妻に非ず。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
バスケットに、等閑なおざりからめたままの、城あとのくずぼりこけむす石垣いしがきって枯れ残った小さなつたくれないの、つぐみの血のしたたるごときのを見るにつけても。……急に寂しい。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それはただに美を主眼とすることによって、用を等閑なおざりにするのみならず、少しよりできないことによってますます用途から離れてくる。そうして高価だということも経済的欠点になる。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
と今は何物をも等閑なおざりに見ず。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
古来女性の学問教育を等閑なおざりに附して既に其習慣を成したることなれば、今日にわかに之を起して遽に高尚の門に入れんとするも、言う可くして行わる可らざるの所望なれば
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
乏しい様子が、燐寸ばかりも、等閑なおざりになし得ない道理はめるが、焚残もえのこりの軸を何にしよう……
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
技術もまた相当に保たれているのであります。ただ残念なことに前にも述べた通り、それらのものの値打ちを見てくれる人が少くなったため、日本的なものはかえって等閑なおざりにされたままであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
徳教は耳より入らずして目より入るとは我輩の常に唱うる所にして、之を等閑なおざりにす可らず。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その寛容と深切に対しても、等閑なおざりに棄てては置けない、料金は翌日にも持参しなさい。で、二日ばかりおいて、両国まで、その持参です。……なくなしたお小遣の分まで恵与に預る。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
上草履うわぞうり爪前つまさき細く※娜たおやかに腰を掛けた、年若き夫人が、博多の伊達巻だてまきした平常着ふだんぎに、おめしこん雨絣あまがすりの羽織ばかり、つくろはず、等閑なおざり引被ひっかけた、の姿は、敷詰しきつめた絨氈じゅうたん浮出うきいでたあやもなく
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
されども少しく考え見るときは、身の挙動にて教うることは書を読みて教うるよりも深く心の底に染み込むものにて、かえって大切なる教育なれば、自身の所業は決して等閑なおざりにすべからず。
家庭習慣の教えを論ず (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
無いとも限らん——有れば急病人のとこから駈着かけつけて、門をたたいても、内で寝入込んで、車夫をはじめ、玄関でも起さない処から、等閑なおざりな田舎のかまえ、どこか垣の隙間から自由に入って来て
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
社会百福のもとい、また百不幸の源たるの理由は、前にべたる所を以て既に明白なりとして、さて古今世界の実際において、両性のいずれかこの関係を等閑なおざりにして大倫を破るもの多きやと尋ぬれば
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そのまま等閑なおざりにすべき義理ではないのに、主人にも、女にも、あのうすものつぐないをする用意なしには、忍んでも逢ってはならないと思うのに、あせってもがいても、半月や一月でその金子かねは出来なかった。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
儒者の奴等が詩を作ると云えば此方こっちわざと作らずに見せよう、奴等が書を善くすると云えば此方はこと更らに等閑なおざりにして善く書かずに見せようと、飛だ処に力身込りきみこんで手習をしなかったのが生涯の失策。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ただ等閑なおざりに言い棄てたが、小松原は思わずこぶしを握った。生れて以来このかた、かよわきこの女性にょしょうに対して、男性の意気と力をいまだかつて一たびもためにあらわし得たおぼえがない。腑効ふがいなさもそのドンづまりに……
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その父母たる者が夫婦の関係を等閑なおざりにしたるにあり。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
夫人 いえいえ、農家のものは大切だから、等閑なおざりにはなりません。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)