穿鑿せんさく)” の例文
この答の当否を穿鑿せんさくする必要は、暫くない。ともかくも答を得たと云う事が、それだけですでに自分を満足させてくれるからである。
さまよえる猶太人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
二人は無聊のつれづれから、薄縁うすべりを敷いた縁側へ、お互にゴロリと転りながら、先刻から文字の穿鑿せんさくに興じ合っているのであった。
高島異誌 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼の女は何にも云いませんが、しかし私はその目の中に、非常な驚怖きょうふを見て取りました。それでそれを穿鑿せんさくしてみたいと思ったわけです
そのほか穿鑿せんさくすればいろいろあって、例えばこの歌には加行の音が多い、そしてカの音を繰返した調子であるというような事であるが
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
裏口から廻った多吉は二人の女中に案内させて、戸棚から床下まで穿鑿せんさくしたが、ほかには誰もひそんでいるらしい形跡もなかった。
半七捕物帳:26 女行者 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
遺跡ゐせき實踐じつせんして考ふるも、之を現存げんそん未開みかい人民の所業に徴するも、貝塚に於ける穿鑿せんさく食物原料調査しよくもつげんれうてうさに益有る事、實に明々白々なり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
われ等は断じて力量以上の、立入った穿鑿せんさくにはくみしない。われ等は心静かに知識の増進を待って居る。汝等もまたそれを待たねばならぬ。
わが子のレヤチーズを、フランスへ遊学にやったのも、一つには、王さまの恐しい穿鑿せんさくの眼から、のがれさせてやるためでもありました。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
それでも近所には、あの隠居の内へ尋ねて来る好い女はなんだろうと穿鑿せんさくして、とうとう高利貸の妾だそうだと突き留めたものもある。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
何故つて、あなたのその穿鑿せんさくずきな眼が私の顏を離れて、敷物の花模樣の方ばかりを見てゐるから。だからもつと困つてゐらつしやい。
これで彼も非常な面目を施した、というのは彼と趙太爺はもともと一家の分れで、こまかく穿鑿せんさくすると、彼は秀才よりも目上だと語った。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
今の場合はそんな不審の穿鑿せんさくよりも、事の何であるかが第一でしたので、一礼するとただちに事件の顛末てんまつの聴取にかかりました。
マイダスの時代には、王様の朝御飯がどんなものだったかは、僕は本当に知らないし、又ここでそれを穿鑿せんさくしているわけにもゆきません。
然らばフェノロサがこの穿鑿せんさくに関して最も主要なる手掛てがかりとなせしものは何ぞや。そは唯画中の人物を見てその結髪けっぱつの形状によりしのみ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私雨という言葉から出発して、新に私風という言葉を造ったのか、地方的にこういう言葉があったものか、その辺の穿鑿せんさくは不案内である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
嚴敷きびしく拷問がうもんに掛られし所つひつゝかくす事能はず是迄の惡事あくじ追々おひ/\白状にぞ及びける又平左衞門が宅を穿鑿せんさくなせしにつかのこりの金子六百兩出たり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
裏木戸で二人に誰何すいかされて逃げ出したことも事実でしょう。けれども、若い者同士の楽しみを、あんまり穿鑿せんさくするのは罪じゃありませんか。
祭の夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
今その裏面を穿鑿せんさくすることをあえてせず、表面上よりこれを見れば当時の学者間に現われたる国権論派と相照応するに似たり。
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
が、考証はマダわずかに足を踏掛ふみかけたばかりであっても、その博覧癖と穿鑿せんさく癖とが他日の大成を十分約束するに足るものがあった。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
深い屋根の下にばかり日を送っているお種は、この唖の髪結を通して、女でなければ穿鑿せんさくして来ないような町の出来事を知り得るのである。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
てきぱきした実務家の冉有ぜんゆう。温厚の長者閔子騫びんしけん穿鑿せんさく好きな故実家の子夏しか。いささか詭弁派的きべんはてき享受家きょうじゅか宰予さいよ気骨きこつ稜々りょうりょうたる慷慨家こうがいか公良孺こうりょうじゅ
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
びた一文くれてやる考えもないから、その方の心配はいらないが、こう記されてあると、彼の人格に立ち入って、穿鑿せんさくもちとして見たくなる。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
チベット国民はほとんど巡査か探偵 のように猜疑心さいぎしんを起し外国人に対しては非常の注意を持って穿鑿せんさくするという有様である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
人道なる語もその一つで、列国間にこの語を用いる場合のごときは、あまり深くその定義を穿鑿せんさくせぬほうが都合がよろしい。
人道の正体 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
また、名あるお寺の仕事もしましたが、これらは一層吟味穿鑿せんさくがやかましいので、師匠が苦心する所を実地に見て、非常に身のためとなった。
そんな余計な穿鑿せんさくなぞはどうでもいいが、ともかく私たちが留萌の港に着いたのは夕方の五時頃ではなかったかと思われる。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
それが四百米も深く原を穿鑿せんさくして流れる称名しょうみょう川の為めに切り離されて、大日岳に附属した形になり、さてこそ大日平と命名された次第なのです。
日本アルプスの五仙境 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
何が忌になってしまったのか、それをいて穿鑿せんさくする必要はありません。ただ眼が覚めた途端の口小言と見ればよいのです。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
裁判上の調査も、歴史とはまた異なった理由から、すべてを発表しておらず、またおそらくすべてを深く穿鑿せんさくしてもいない。
そんな事を深く穿鑿せんさくする暇も無いままにったらかしておいたものですが……そうそう……それから品夫はコンナ事も附け加えて話しましたよ。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
余計な穿鑿せんさくだては入らないことと、しい探出さがしだそうとはしなかったが、たしかな説に拠ると、上州で、かなり資産家の一人息子に父親は生れたらしい。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
牢の中で掛ける本手錠と違って、自分の家に居る者の手錠は、食事、用便、その他、夜寝る時は外しても穿鑿せんさくはしないことになっているのだよ。
ぐさま検視もり、遂に屍骸しがいを引取って野辺の送りも内証ないしょにて済ませ、是から悪人穿鑿せんさくになり、渡邊織江の長男渡邊祖五郎そごろうが伝記に移ります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
問題の日にヘララのアパートメントに出入した人々の穿鑿せんさくに取りかかっても、これという怪しい人物は見当らなかった。
恐ろしき贈物 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
あるいはこれも下らぬ穿鑿せんさくというものかもしらぬが、われわれのこの毎日の生活には、小さな不可思議が充満している。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そしていったい誰が犯した罪なのか、はずかしめを加えたのは何者かと、さまざまに問いただしたり、穿鑿せんさくしたりした。
書生二人を引従ひきしたがえ、御前様のお出先は、何しろ四谷、最寄もより近所は草を分けても穿鑿せんさくせんと、ステッキを携え、仕込杖しこみづえを脇挟み
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
改めて穿鑿せんさくもせられで、やがては、暖簾のれんを分けてきつとしたる後見うしろみは為てくれんと、鰐淵は常におろそかならず彼が身をおもひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
伝記家ととらわれてしまうのもうるさい。考証家、穿鑿せんさく家、古文書いじり、紙魚しみの化物と続西遊記にののしられているような然様そういう者の真似もしたくない。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
宮崎氏がかく穿鑿せんさく立てをしたのも無理ではなかった。その手紙の文面はの様な、非常に不気味なものであったから。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その穿鑿せんさくは後のこと、いまは何より伯父上のお許しが出るか出ぬかが大事なのです、もしここで突放してしまえば、その人物は泥沼の底へ墜ち込んで
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
身柄は拘留せられなかったのですが、警察に六日、憲兵隊に二日、検事局に二日行って信仰の内容を穿鑿せんさくせられた。
かかる有様で、プロレタリア文学運動の退潮後、文学論議は混迷しつづけて益々思弁の瑣末末技の穿鑿せんさくに走った。
今日の文学の展望 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
またゆくゆくは何かのちょうになる毛虫も、やはりすわっているのではなく、まあ腹んばいになっている方でした。でも言葉の穿鑿せんさくなんぞはどうでもよろしい。
字義の穿鑿せんさくはとにかく、世間では経済学という語は、神田氏以来久しく行われて、既に慣用語となっているし、原語の「ポリチカル・エコノミー」とても
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
巡査じゆんさ勘次かんじいへのあたりを徘徊はいくわいしたがそれでも東隣ひがしどなりもんたゝいて穿鑿せんさくするまでにはいたらなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
妓楼ぎろう酒店の帰りにいささかの土産を携えて子供をよろこばしめんとするも、子供はその至情に感ずるよりも、かえって土産の出処を内心に穿鑿せんさくすることあるべし。
教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
各藩とも御儒者おんじゅしゃというものがあって、読書講釈を専業とし、口癖のように修斎平治しゅうさいへいちを説いていたけれども、その言うところはただ書物の上の穿鑿せんさくにとどまり
我輩の智識吸収法 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
こういう風に、古語の不穿鑿せんさくと、造語欲から出来たものもある。山脈を「やまなみ」と言う事は、後に短歌にも広く用いられるが、やはり詩が初めであろう。
詩語としての日本語 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
現に博士論文と云うのを見ると存外細かな題目を捕えて、自分以外には興味もなければ知識もないような事項を穿鑿せんさくしているのが大分あるらしく思われます。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)