水干すいかん)” の例文
拝殿の神簾みすのかげに、今二つの御灯みあかしがついた。榊葉さかきばのかげに光る鏡をかすめて、下げ髪水干すいかん巫女みこが廊下の上へ静かに姿を立たせた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにかこまれて、沙金しゃきんは一人、黒い水干すいかん太刀たちをはいて、胡簶やなぐいを背に弓杖ゆんづえをつきながら、一同を見渡して、あでやかな口を開いた。——
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
微風、水鳥、花咲いた水藻、湖水はたいらかでございました。烏帽子えぼし水干すいかん丹塗にぬりの扇、可哀そうな失恋した白拍子は、揺られ揺られて行きました。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
数ある水干すいかんのうち、近江屋の四人の襟もとだけ、ボウッと、こう、薄明るくなっているんでございます。
顎十郎捕物帳:23 猫眼の男 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
仕丁 (揚幕あげまくうちにて——突拍子とっぴょうしなるさるの声)きゃッきゃッきゃッ。(すなわ面長つらなが老猿ふるざるの面をかぶり、水干すいかん烏帽子えぼし事触ことぶれに似たるなりにて——大根だいこん牛蒡ごぼう太人参ふとにんじん大蕪おおかぶら。 ...
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
烏帽子えぼし直垂ひたたれ伶人れいじん綾錦あやにしき水干すいかんに下げ髪の童子、紫衣しいの法主が練り出し、万歳楽まんざいらく延喜えんぎ楽を奏するとかいうことは、昔の風俗を保存するとしてはよろしいかもしれぬが
教育と迷信 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
赤手空拳せきしゅくうけんの人間力と、自然とのたたかい——あふれんばかりの大河をはさんで、木材や石をかついだ烏帽子えぼし水干すいかんの人たちが、ありのように右往左往する場面を想像してください。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼も都では人並に水干すいかんを着てもすねをだして歩いていました。白昼は刀をさすことも出来ません。市へ買物に行かなければなりませんし、白首のいる居酒屋で酒をのんでも金を払わねばなりません。
桜の森の満開の下 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
白拍子というのは、鳥羽天皇の時代に、男装の麗人が、水干すいかん立烏帽子たてえぼしで舞を舞ったのが始りとされているが、それがいつか、水干だけをつけて踊る舞姫たちを白拍子と呼ぶようになったのである。
黒と白との水干すいかん
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
痛む乳を抱きしめた水干すいかんの舞姫は、沖へ向って声をからしていた。浪にただよう木片やあくたを見ては馳けて行った。しぶきを浴びて、走り狂った。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朽ち葉色の水干すいかんとうす紫のきぬとが、影を二つ重ねながら、はればれした笑い声をあとに残して、小路こうじから小路へ通りすぎる。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
……水泡みなわよ、お前には男の姿が、今まざまざと見えるだろうな。草色の水干すいかんに引っ立て烏帽子えぼし、細身の太刀をらせ、胸の辺に罌粟けしの花を、いつも一輪付けている筈だ。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一年ひととせ、比野大納言、まだお年若としわかで、京都御名代ごみょうだいとして、日光の社参しゃさんくだられたを饗応きょうおうして、帰洛きらくを品川へ送るのに、資治やすはる卿の装束しょうぞくが、藤色ふじいろなる水干すいかんすそき、群鵆むらちどりを白く染出そめいだせる浮紋うきもん
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
川向うの丘に立っている一人の男が、竹竿のさきに、童子の水干すいかんらしい紫いろの羅衣うすものをくくしつけて、しきりに振りぬいている様子なのだ。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その内にやっと気がついて見ると、あのこん水干すいかんの男は、もうどこかへ行っていました。跡にはただ杉の根がたに、夫がしばられているだけです。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
黒木をいただいた白河女しらかわめや、壺装束の若い女や、牛を曳いた近郊の農夫や、高足駄をはいた北嶺の僧や、御幣ごへいを手に持った清水の巫女みこや、水干すいかん稚子輪ちごわの僧院の稚子や、木匠だいくや魚売りや玉工たまみがき鏡師かがみし
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこで水干すいかんの袖を後で結ぶと、甥のうしろから私も、小屋の外へうかがいよって、蓆の隙から中の容子を、じっと覗きこみました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「さいぜん、若ぎみの水干すいかんを拝借して、竹竿のさきに付け、新田殿のご軍勢へ、丘から合図いたしましたが、あれを当座のおしるしとなされましては」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
阿闍梨あざりは、身を稍後ややあとへすべらせながらひとみらして、じっとその翁を見た。翁は経机きょうづくえの向うに白の水干すいかんの袖を掻き合せて、仔細しさいらしく坐っている。
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
伎楽ぎがく管絃かんげんの興をそえる特種なおんなは、遠い以前からあったけれど、近ごろ、たて烏帽子えぼしに白い水干すいかんを着、さや巻の太刀たちなどさして、朗詠ろうえいをうたいながら
そのこん水干すいかんを着た男は、わたしを手ごめにしてしまうと、縛られた夫を眺めながら、あざけるように笑いました。夫はどんなに無念だったでしょう。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鼓、銅拍子、気を合せて、舞のきッかけをうながした。——と、空ゆく雲のそれのように、静の水干すいかんの袖が瑤々ゆらゆらとうごいた。美しい線を描いて舞い初めたのである。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朱雀綾小路すざくあやのこうじつじで、じみな紺の水干すいかん揉烏帽子もみえぼしをかけた、二十はたちばかりの、醜い、片目の侍が、平骨ひらぼねの扇を上げて、通りかかりの老婆を呼びとめた。——
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「ふーム」にこやかに、くちで笑う。範綱は、十八公麿の水干すいかんの袖をそっとひいて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何時いつぞやわたしがとらそんじたときにも、やはりこのこん水干すいかんに、打出うちだしの太刀たちいてりました。唯今ただいまはそのほかにも御覽ごらんとほり、弓矢ゆみやるゐさへたずさへてります。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
水色の水干すいかん真紅しんくの袴。——起って、頼朝の夫妻を、高くから見て微笑んだ。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつぞやわたしがとらえ損じた時にも、やはりこのこん水干すいかんに、打出うちだしの太刀たちいて居りました。ただ今はそのほかにも御覧の通り、弓矢の類さえたずさえて居ります。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
放免は、轅門をはいって、白砂のしきつめてある広前をきょときょと見まわし、もう一重ひとえある右側の平門をのぞきかけると、一隅の雑舎ぞうしゃのうちから、水干すいかん姿の小者が、ぱっと、駈けよって
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
童部わらべはこう何度もわめきましたが、鍛冶はさらに正気しょうきに還る気色けしきもございません。あの唇にたまった泡さえ、不相変あいかわらず花曇りの風に吹かれて、白く水干すいかんの胸へ垂れて居ります。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その移転わたましの式の日、頼朝のいでたちは水干すいかんに騎馬で、前後左右、おびただしい武者を従え、新館の寝殿(正殿)にはいると、美しき御台所とならんで、出仕の武士三百余人に、えつを与えた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
青侍は、色のさめた藍の水干すいかんの袖口を、ちょいとひっぱりながら、こんな事を云う。翁は、笑声を鼻から抜いて、またゆっくり話しつづけた。うしろの竹籔では、しきりうぐいすが啼いている。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
石清水行幸いわしみずみゆきにも、元成は、れの車副くるまぞいに立ち、派手ずきな主の好みで、他の侍八人と共に、銀延ぎんのべ地に鶴ノ丸を黄に染めだした揃いの小袖に、下のけてみえる水干すいかんを着て、人目をひいた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内供はこう云う人々の顔を根気よく物色した。一人でも自分のような鼻のある人間を見つけて、安心がしたかったからである。だから内供の眼には、紺の水干すいかんも白の帷子かたびらもはいらない。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「稚子がひとり逃げたぞっ。——水干すいかんかぶった稚子がっ」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はい」十八公麿は、すらり、と水干すいかんを脱いだ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)