木蓮もくれん)” の例文
木庵もくあんの「花開万国春はなひらくばんこくのはる」が呉昌蹟ごしやうせき木蓮もくれん鉢合はちあわせをしてゐる事もある。が、客間を飾つてゐる書画は独りこれらの軸ばかりではない。
漱石山房の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
白砂を敷きつめた堂前の庭は、春の光りを一杯に吸って美しく輝いていた。冷酷なほどの静けさのなかに、木蓮もくれんの花が白く咲き乱れている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
銀鞍ぎんあん少年せうねん玉駕ぎよくが佳姫かき、ともに恍惚くわうこつとしてたけなはなるとき陽炎かげろふとばりしづかなるうちに、木蓮もくれんはなひとひとみな乳房ちゝごとこひふくむ。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
しんしんとして、木蓮もくれん幾朶いくだ雲華うんげ空裏くうりささげている。泬寥けつりょうたる春夜しゅんや真中まなかに、和尚ははたとたなごころつ。声は風中ふうちゅうに死して一羽の鳩も下りぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
翌朝見ると、山吹の垣の後ろは桑畑で、中に木蓮もくれんが二、三株美しく咲いていた。それも散って葉が茂って夏が来た。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それは何の木とも名は判らないが、桜のような、椿つばきのような、木蓮もくれんのような、牡丹ぼたんのような、梅のような、躑躅つつじのような、そうした花が一面に咲いていた。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
聖光院の庭は絢爛けんらん刺繍ししゅうのようだった。連翹れんぎょうのまっ黄いろな花が眸に痛い気がする。木蓮もくれんの花の白い女の肌にも似た姿が意地わるいこびのように彼には見えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこにも青々としてにれ、柳の類があって、その間にチベットの木蓮もくれんの花が美しい香気を放って居ります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
木蓮もくれん石榴ざくろの葉がじきに繁って、蒼い外の影が明るすぎた部屋の壁にも冷や冷やと差して来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
木蓮もくれんの花なども弁の厚ぼったく大きいところは椿の花によく似ておるが、それでも地上に落ちた時は崩れてしまっていて、紫や白の花片があちこちに散らかっているのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
客間へやの装飾は、日本、支那、西洋と、とりあつめて、しかも破綻はたんのない、好みであった、室のすみには、時代の紫檀したんの四尺もあろうかと思われる高脚たかあしだいに、木蓮もくれん木瓜ぼけ椿つばき
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
巴御前ともえごぜんを描いたまだ新しい絵凧が一枚、空中から舞い落ちて、糸は高く桜のこずえに、凧は低く木蓮もくれんの枝にひっからまって、それをはずそうと、垣の外でグイグイ引くのがわかります。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
木蓮もくれんらしい白い花が夢のように浮き上っていて、その下の水際みずぎわから一羽のさぎが今しも飛び立とうとしているところであるが、おぼろな花や林にひきかえてその鷺一匹の生動の気力は
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
四辺しへんの空気が、冷え冷えとして来て墓地に近づいた。が、寺は無かった。独立した広い墓地だけに遠慮が無く這入はいれた。る墓標のそばには、大株の木蓮もくれんが白い律義りちぎな花を盛り上げていた。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
空に向かってささげているし、海棠かいどうの花は、悩める美女にたとえられている、なまめかしい色を、木蓮もくれんの、白い花の間にちりばめているし、花木の間には、こけのむした奇石いしが、無造作に置かれてあるし
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
木蓮もくれんの落花ひろひてみほとけの指とおもひぬ十二の智円ちゑん
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
それよりも 寺院のなかにあふれる木蓮もくれんの花の肉
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
木蓮もくれん薔薇ばら沈丁花ちんちょうげの匂いがする」
木庵もくあんの「花開万国春はなひらくばんこくのはる」が呉昌蹟ごしやうせき木蓮もくれん鉢合はちあはせをしてゐる事もある。が、客間を飾つてゐる書画は独りこれらの軸ばかりではない。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
大きな一杯に咲きみちた白木蓮もくれんの花影で二三日にわかに明るくなった縁側にいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
つかうへ趺坐ふざして打傾うちかたむいて頬杖ほゝづゑをした、如意輪によいりん石像せきざうがあつた。とのたよりのない土器色かはらけいろつきは、ぶらりとさがつて、ほとけほゝ片々かた/\らして、木蓮もくれんはな手向たむけたやうなかげした。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
石甃いしだたみを行き尽くして左へ折れると庫裏くりへ出る。庫裏の前に大きな木蓮もくれんがある。ほとんどかかえもあろう。高さは庫裏の屋根を抜いている。見上げると頭の上は枝である。枝の上も、また枝である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大寺おほでらの庭に椿はき腐り木蓮もくれんの枝に散りかかる桜
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
木蓮もくれんを折りかつぎ来る山がへり
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
銀杏いてふ木蓮もくれんほゝかへで
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
それは御影みかげ手水鉢ちょうずばちの上に枝を延ばしている木蓮もくれんが、時々白い花を落すのでさえ、あきらかに聞き取れるような静かさだった。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一方、杉の生垣を長く、下、石垣にして、その根を小流こながれ走る。石垣にサフランの花咲き、雑草生ゆ。垣の内、新緑にして柳一本ひともと、道をのぞきて枝垂しだる。背景勝手に、紫の木蓮もくれんあるもよし。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
市の町々から、やがて、木蓮もくれんが散るように、幾人いくたりとなく女が舞込む。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)