手際てぎわ)” の例文
「感心だなあ。よくそんなに一どきに飲み込めたものだ」と主人が敬服すると「御見事です事ねえ」と細君も迷亭の手際てぎわを激賞した。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しまった! と思うとたんに、余りにも手際てぎわよく村重の陥穽かんせいにかかっていた自分の姿が——自分ながらおかしくなったものとみえる。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
投げ銭を受けることは本来この男の本芸であるが、今はホンの前芸にやって見せた手際てぎわ、そのあざやかさが、見物の気に入ったものらしく
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
手際てぎわよくやって驚かす性質のものではなく、むしろ如何にすれば成功し如何にすれば失敗するかを明らかにする方に効果がある。
物理学実験の教授について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
昨日の手際てぎわで、この男の異常な頭の働きはよく見て居りますから、唯ならぬ顔色を見ると、一瞬もジーッとしては居られなかったのです。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そればかりか、生きているうちはぬらぬらしているから、これをつかんでくしに刺すということだけでも、素人しろうとには容易に、手際てぎわよくいかない。
鮎の食い方 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「その通り、どんなものでもふたがしてあれば判らない。そのお手際てぎわじゃあ、ここにいる人間もどんなものだか判りますまいね」
半七捕物帳:26 女行者 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小原はきわめて手際てぎわよくかれらを鎮撫ちんぶした、かれは平素沈黙であるかわりにこういうときにはわれ鐘のような声で一同を制するのであった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
十になる方のを見ると、これも桜んぼが更に確かに写されて居る。原図よりはかへつて手際てぎわよく出来て居るので余は驚いた。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
(その時私は、いかに自分の手際てぎわが鮮やかで、巴里パリ伊達者だてしゃがやる以上に、スマートで上品な挙動にかなつたかを、自分で意識して得意でゐた。)
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
やがて一日二日とたつにしたがって、彼は段々落ちついて来たばかりか、はては、自分の手際てぎわを得意がる余裕さえ生じました。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この人については無類の奇談夥しくなかなか一朝夕に尽されない。就中なかんずく、その討ち死にのしようがまた格別の手際てぎわで見聞くあきれざるはなかった。
なるほど、上手じょうずいてあるとみえて、いずれもかるく、しかも手際てぎわよく薄手うすでにできている。これならば、こちらに命令めいれいをしてもさしつかえあるまい。
殿さまの茶わん (新字新仮名) / 小川未明(著)
そうすると皮もバターも大層薄い物になって前の時が紙十枚の厚さならば今度は紙五枚の割合になりますから少し手際てぎわが悪いときに皮が破れます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
三娘は富豪の女で家事のことをしたことがないので、手際てぎわよく仕事をすることはできなかったが、気だてがよくて同情心に富んでいたから母は喜んだ。
水莽草 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
カランが、無証事件を変じて有証事件となし、法網をくぐろうとした横着者を法網に引き入れた手際てぎわは、実に法律界の張子房ちょうしぼうともいうべきではないか。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
例えば、屍体が溶けて濃度が或る個所だけ濃くなり過ぎると、直ぐその部分が変質して不溶解性ふようかいせい新成物しんせいぶつを生ずる。そこに攪拌かくはん六ヶ敷むずかし手際てぎわが入用だ。
殺人の涯 (新字新仮名) / 海野十三(著)
きみのお手際てぎわぜんにつけておくんなすったのが、見てもうまそうに、かんばしく、あぶらの垂れそうなので、ふと思い出したのは、今の芸妓げいしゃの口が血の一件でね。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かくに幕府が最後の死力を張らずしてその政府をきたるは時勢に応じて手際てぎわなりとて、みょうに説をすものあれども、一場いちじょう遁辞とんじ口実こうじつたるに過ぎず。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
緩やかに道糸に送りをくれておいて、水から抜き上げる手際てぎわは、我が子ながらっ晴れと感じたのであった。
小伜の釣り (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
表へ向いた小屋の板戸が明いているので、津村はひとむらの野菊のすがれた垣根かきねの外にたたずみながら、見る間に二枚三枚といて行く娘のあざやかな手際てぎわを眺めた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
が、その人夫達はなるべく手足をらさないように、なるべくきたない思いをしないように、なるべく労力を費やさないように、手際てぎわよく引揚を、試みているらしい。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
どこまでも自分の顔を悪くしないで手際てぎわよく事を運びたいとあまり大事を取り過ぎたのがいけなかった。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
越後はベッドの上に大きくあぐらをいて、娘さんの活花いけばな手際てぎわをいかにも、たのしそうに眺めながら
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼女は、彼の首のまわりへタオルをきつけ、母親の手際てぎわ丹念たんねんさとを示す。一方の手で髪の毛を押し分け、もう一方の手で軽くくしを取り上げる。彼女は、捜す。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
小姓「此の儘押出せと、尋常なみの人間より大きいから一人の手際てぎわにはいかん、貴方あなたそら尻を押し給え」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼は飛んでもない舞台へ、いつとなし登場して来たことをじながらも、手際てぎわのいい引込みも素直にはできかねるというふうだった。浪子なみこ不動がすぐその辺にあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
俊助は専門の英文学の講義よりも、かえって哲学や美学の講義に忠実な学生だったから、ざっと二時間ばかりの間、熱心に万年筆を動かして、手際てぎわよくノオトを取って行った。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
手際てぎわのわるい光子はのろのろと仕事を片づけ、どうかすると無駄話に時を浪費している。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
かつこの反対の側から同じ結論に達する議論を組立てる手際てぎわが頗るあざやかであった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
相手の二の腕を突いて退けたあの手際てぎわは、なみ一通りのものではない——聴けば御蔵前の脇田の高弟とのことだが、一てえ、何のつもりで、そこまで剣法なんぞ習い覚えたのか、人間
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
いざ戦闘となっても負けずにく戦う——いやもっ手際てぎわが好いかも知れぬてな。
「あれは園遊会などの余興にも出るのだよ。はやしにつれてするのを曲取きょくどりとかいうそうだよ。まあ御覧、上手じょうずに投げるではないか」と、祖母も感心していられます。ほんとに鮮かな手際てぎわです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
手際てぎわよく、二尺程の丈に截たれた幹や枝が、また縄に結ばれて、小さな束になって、吉蔵の背後や両側に、別な組みになって積み立てられるのを、じっと熱心に見入って居ることがよくあった。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それ俺の手際てぎわを見ろといわぬばかりの語気を示して居った。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
もっとも時間は幾らでも与えるから、もっと立派に言えと注文されても私の手際てぎわでは覚束おぼつかないかも知れない。まあちょうどよいのです。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ハイフェッツは(ビクターJD三七八—八一)吹込みも新しく手際てぎわも見事だ。その技巧は冷たいまでに冴えて、人間離れのするほど美しい。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
盲人として余りに手際てぎわがよいと、平助はすこし不思議に思いながら、ともかくも大きい魚を小屋の内へかかえ込むと、それは果して鱸であった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「あはははは。さすがは秀吉、わずかなに、これだけの大兵を、手足のごとく、すみやかにうごかして来たのは手際てぎわといえる。敵ながら、めておこう」
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浩一と向き合った椅子にかけて、グラスに手際てぎわよく洋酒をつぎ、その一つを彼の方にさし出しながら、突然
女妖:01 前篇 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
親方の女は、また煙草を吹かしながら、自分が結んでやった島田髷の手際てぎわを、自分ながら惚々ほれぼれと見ています。
手際てぎわ一つで美味しくも不味まずくもなりますから西洋菓子の中では一番むずかしいものとしてあります。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
病源を見つけたのが第一のえらさで、それを手術した手際てぎわは第二のえらさでなければならない。
アインシュタイン (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
されば後世にても長歌を詠む者にはただちに万葉を師とする者多く、従つてかなりの作を見受け申候。今日とても長歌を好んで作る者は短歌に比すれば多少手際てぎわ善く出来申候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
二氏のごときはまさしくこの局に当る者にして、勝氏が和議わぎを主張して幕府をきたるは誠に手際てぎわよき智謀ちぼうの功名なれども、これを解きて主家の廃滅はいめつしたるその廃滅の因縁いんねん
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
盛り方を工夫し、手際てぎわのよいものにしたいと思う時、当然そこに、食器に対しての関心がいてくる。すなわち、陶器にも漆器しっきにも目が開けてくるという次第になるのである。
鍋料理の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
『和漢三才図会』にこれをわが邦の天狗の類としまたわが邦いわゆる山男と見立てた説もあるが、本体が鳥で色々に変化し殊に虎を使うて人を害するなど天狗や山男と手際てぎわが違う。
喜蔵が矢立やたてを持っていた。忠次がふところから、鼻紙の半紙を取り出した。それを喜蔵が受取ると、長脇差を抜いて、手際てぎわよくそれを小さく切り分けた。そうして、一片ひときれずつみんなに配った。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お台所に残って在るもの一切合切いっさいがっさい、いろとりどりに、美しく配合させて、手際てぎわよく並べて出すのであって、手数は要らず、経済だし、ちっとも、おいしくはないけれども、でも食卓は
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これはどんなに手際てぎわよくやっても三十秒はかかるのである。この三十秒のうちに、ミミ族に発見され、そして出発をさまたげるような手段をとられたら、せっかくの計画もだめである。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)