態々わざわざ)” の例文
しかも、墓穴の中なれば、十年に一度、二十年に一度しか人が入らぬし、入った所で、不気味な場所を、態々わざわざ調べて見るものもない。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それから井上が何か吟味に逢うて、福澤諭吉に証人になって出て来いといって、私を態々わざわざ裁判所に呼出よびだして、タワイもない事を散々たずね
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そうして大正何年の秋であったか神戸の中央劇場で試演をやるとのことであったから我輩は態々わざわざ神戸まで出かけて行ったところが
生前身後の事 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お定の家へ来たのは、三日目の晩で、昼には野良に出て皆留守だらうと思つたから、態々わざわざ後廻しにして夜に訪ねたとの事であつた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
これは鼠無地の壁を丸くくりぬいた、直径四フィートの窓であって、外側には松の立木を態々わざわざ曲げくねらせ、また石燈籠が見える。
伴さんはその前にも、赤彦君の病状に就いて委しく通信され、また黄疸のあらはれた三月一日には態々わざわざ電話で知らせて呉れたのであつた。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
「ですが、私の為に態々わざわざ帰郷させるのも気の毒ですから、此方こっちは別に急ぐ訳でもないから、冬季休業まで延期しろと云ってりました。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
然し日本で仿造する偽物其他の染付などには、態々わざわざこの剥落の虫食ひをつくる可く苦心を払ふ者さへある。をかしな話である。
「明の古染付」観 (新字旧仮名) / 北大路魯山人(著)
「いいかね法水君、これが発見当時その儘の状況なんだぜ。それが判ると、僕が態々わざわざ君をお招きした理由に合点が往くだろう」
後光殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
伯父が見兼ねて、態々わざわざ上京して、もう小説家になるなとは言わぬ、唯是非一度帰省して両親の心を安めろとねんごろさとして呉れた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
僕に見せるために態々わざわざかいたものなり。僕の門下生からこんな面白いものをかく人が出るかと思うと先生は顔色なし。まずは御報知まで 艸々。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
然るに同年五月二十四日、かねてから不快であった能静氏が、重態となったので、態々わざわざ翁を呼寄せて書置を与えたという。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
一日肩を凝らしてようや其彫そのほりをしたも、もし御髪おぐしにさして下さらば一生に又なき名誉、うれしい事と態々わざわざ持参して来て見ればよそにならぬ今のありさま
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「本当とも。だから、戦地で態々わざわざ写真までうつして送ってやったじゃないか。それに、こんなに真黒になっちゃった」
兵士と女優 (新字新仮名) / 渡辺温オン・ワタナベ(著)
国から態々わざわざいに出て来た大石という男を、純一は頭の中で、朧気おぼろげでない想像図にえがいているが、今聞いた話はこの図の輪廓りんかくを少しもきずつけはしない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
シャツは横浜へ態々わざわざ参りまして、フラネルのを一ダースずつ誂えて作らせました。帽子はラシャの鍔広のばかりを買いましたが、上等物品を選びました。
思い出の記 (新字新仮名) / 小泉節子(著)
態々わざわざ之を潰してしまひ、千里先までも明らに見得る如き眼球を生じた夢を見たいと思うて眠に就くのと同様で、常識ある人間の決して取らぬ所であらう。
芸術としての哲学 (新字旧仮名) / 丘浅次郎(著)
使者の行くことはわかっている、諏訪家では態々わざわざ人を出し、国境まで迎えさせたが、まず休息というところから城内新築の別館へ丁寧ていねいに葉之助を招待むかえいれた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
態々わざわざ宇野君のそばにまた行ってではこれで僕は失敬するからというと、お世辞をいわない宇野君は、そうかもう帰るかといったきり我々は別れてしまった。
訪問客の一団は丁度ロンドンで開かれたインドに就いての円卓会議の出席者として態々わざわざ渡英して来たインド各聯邦の代表者達の秘書の妻君や娘達であることを
ガルスワーシーの家 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これとても有れば食うと云う位で、態々わざわざ買って食いたいと云う程では無い。煎茶せんちゃ美味うまいと思って飲むが、自分で茶の湯を立てる事は知らぬ。たばこは吸って居る。
そこへ娘おわきが出て来て、「これはこれはようこそ」とそこへ坐って手を突いた、「御家臣様には態々わざわざのお運び、ようこそこれへ、いらせられましょうぞえ」
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
僕がここまで態々わざわざ死を決して来たのは何のためだ。ただ篠山博士の在処を捜らんがためだ。それほどにして得た博士を何条おいそれと貴様に渡す事が出来るものか。
月世界競争探検 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
もっとも問題は主として編輯及び出版の技術に関することと存じ候間御都合にて御多忙中態々わざわざ御足労煩わさずとも、ママ田氏を煩わし下されば事足りることとも存じ候。
巴毗弇自身の目撃した悪魔の記事が、あの辛辣しんらつな弁難攻撃の間に態々わざわざ引証されてあるからである。
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私が性急に乗り込まうとすると、女は一たん車台に掛けた片足を態々わざわざ引つ込めて、人を見下すやうな例の微笑を示しながら私に先を譲つた。頸には紫色の菊の花をつけて。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
これは今度のことが極まると同時に東京へ電話を懸け、態々わざわざ客車便で取り寄せたのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして態々わざわざ古本屋へ引張ってはいり、自分のプロフイルの出ている三流雑誌を捜し出してグラビヤの頁を開き、誰であるかを知っているかと得意気に自分の写真を指差した。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
「だつてせつかく態々わざわざ來るのだから……そんなに内へ遠慮なんか、お前、しなくつても可いのよ。おつ母さんがお休みになつて居たつて、姉さんが御飯ぐらゐ世話してあげるから。」
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
斯様な時に女ほど早く人の心の向背こうはいを見て取り、女ほど深く不興を感ずる者はない、秀子は忽ち余の心変りを見て取った、勿論態々わざわざ余の昨日からの不実らしい所業を許して呉れようとて
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
日本人は態々わざわざその鉄板を取りのけて炊事をする、だから飯盒が真黒に煤ける。
一四〇さるから兄長このかみ、何故此の国に足をとどむべき。吾、今信義を重んじて態々わざわざここに来る。汝は又不義のために汚名をめいをのこせとて、いひもをはらず抜打ぬきうちに斬りつくれば、一かたなにてそこに倒る。
それで、態々わざわざ来て貰ったのですが、御足労ついでに一度現場へ来て呉れませんか。現場についてお訊きしたい事もあるし、それに君は法医の方が委しいから、何か有益な忠告がして貰えるかも知れない
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
それで気転のいた奴が、態々わざわざ、欠席していたので、私のうちまで迎いに来て、その裁判をしてくれと云うので、私は弟を脊負せおったまま、皆のいる所へ行って、「木山弾正である」という説明をして
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
コルトンの身許も判明し、ベースウォーター街に自宅を持ちながら、私が態々わざわざパーク旅館の而も被害者の隣室に投宿したという件も知れて来て、私に対する嫌疑がいよいよ深くなっていったのです。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「警察焼打」といふ意外の結果をきたせしかば、市内はにわかに無警察の状態に陥り、これ見よといふ風に、態々わざわざかたぬぎて大道を濶歩するもの、自慢げに跣足すあしにて横行するもの、無提灯にて車をくものなど
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
拝啓 昨日は態々わざわざお使いにての招待券確かに受け取りました。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
「けれど態々わざわざあの人の家を選んだのはどういう訳ですか」
恐ろしき贈物 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
下町あたりから態々わざわざ食事に来るものも多いそうだ。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
僕達は少し矢絣に拘泥こうでいし過ぎてるんじゃないかしら。犯罪者が態々わざわざ、そんな人目に立ち易い風俗をするいわれがないじゃありませんか
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
アノ人が自分の世界から態々わざわざ出掛けて来て、私達の世界へ一寸入れて貰はうとするのだが、生憎あいにく唯人の目を向けさせるだけで、一向効力ききめが無い。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
形は不規則で態々わざわざへこませたりし、西洋人が見慣れている陶器とはまるで違うので、一体そのどこに感心してよいのやら、人には見当もつかない。
「倅の云うには、それが為に忠一さんを態々わざわざ呼び戻すにも及ぶまい。どうで歳暮くれには帰郷するのだから、その時までのばしても差支さしつかえはあるまいと……。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
弥之助の子供の時分にはこの妙心派のお寺が近い隣地にあったものだからよくお葬式の行列を見たり、また納棺最後まで態々わざわざ見届けに行った覚えがある。
その押絵を見るために態々わざわざ遠方から見えた御親戚や、お知り合いのお節句客の応対だけでも柴忠さんは眼がまわるほど、お忙がしかったそうで御座います。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
馬鹿な事には下宿してから、雪江さんが万一ひょッとふさいでいぬかと思って、態々わざわざ様子を見に行った事が二三度ある。が、雪江さんはいつも一向ふさいで居なかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
おいおい、この間巴里パリから帰って来た社(逸作の勤め先)の島村君が態々わざわざ僕に云いに来たんだ。一郎君によく巴里でいました。実にしっかりやっておいでです。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
山家やまが御馳走ごちそう何処いずくも豆腐湯波ゆば干鮭からざけばかりなるが今宵こよいはあなたが態々わざわざ茶の間に御出掛おでかけにて開化の若い方には珍らしくこの兀爺はげじいの話を冒頭あたまからつぶさずに御聞おききなさるが快ければ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
盆踊が見たいと話しますと、季節よりも少し早かったのでしたが、態々わざわざ何百人と云う人を集めて踊りを始めて下さいました。その人々も皆大満足で盆踊をしてくれました。
思い出の記 (新字新仮名) / 小泉節子(著)
部屋にこもつて自分の所持品などを整理しようとしても直ぐ疲れた。併しめしくひに街頭に出ると、食店レストランにゐる客などが態々わざわざ私のゐる卓のところまで来て震災の見舞を云つた。
日本大地震 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)