悪戯いたずら)” の例文
旧字:惡戲
「決して風流ではござりませぬ。さりとて悪戯いたずらでもござりませぬ。ただ書きたくなりましたので、楽書きをいたしましてござります」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今度こそこの鼻蔵人がうまく一番かついだ挙句あげく、さんざん笑い返してやろうと、こう云う魂胆こんたん悪戯いたずらにとりかかったのでございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
意趣か、悪戯いたずらか知らぬが、入費はいかほどかさもうと苦しゅうない。是が非でも曲者くせものを探し出し、主君おかみの手で成敗したいという仰せだ。
「今日まで内証ないしょうにしていたんですが、実は四五日まえから脅迫状を寄来よこす奴がいるんです。初めは誰かの悪戯いたずらだと思ってたんですが」
海浜荘の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、娘っぽい、悪戯いたずららしい頬笑みが、細い、生真面目な唇にひろがった。——マリーナは、彼女の顔の前にまだ新聞をひろげている。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「九時比に目黒のさきへ往ったと云うのは時間がわないが、女と往ってよろしくやってたから、何人たれかが悪戯いたずらをしたのじゃないの」
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
たいていの学者は、それをなにかの悪戯いたずらのように考えたらしいですが、私は、それに執心しゅうしん五年、やっと読み解くことができたのです。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「そうすると、あなたのことも、わたしのことも、知り抜いていての悪戯いたずらなんでしょうか、それにしては仕上げがまずうござんしたわ」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「それはね子供のうちはどうせ悪戯いたずらばかりしたがるもんですよ。でも屹度いい大工になるでしょうよ。棟梁もそう云っていましたよ。」
少年の死 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
正倉院御物の有名な「大大論だいだいろん」の人物画などそれである。きっと大昔の写経生の悪戯いたずら書きか、即興のスケッチでもあることだろう。
美しい日本の歴史 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これ古服は黒し、おれは旅まわりの烏天狗で、まだいずれへも知己ちかづきにはならないけれど、いや、何国いずこはてにも、魔の悪戯いたずらはあると見える。
けれども私が一寸ちょっとした思い付きから、あんな悪戯いたずらをしました時に、自動車の中の方々が、どんなにかビックリなすった事でしょう。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
十年ぶりの再会をあれほど強く感じ得る心をもって、どうしてこの「師匠を敵たらしめた」運命の悪戯いたずらに感動せずにいられたろう。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
その紳士はこうした悪戯いたずらを好まないとみえて、看護婦の胸に描かれたかにの絵を見るなり、ぎょっとしたような顔をしてわきを向きました。
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
日本橋橋畔のへリオトロープは単なる子供のいたずらであったであろうが、同じようなのでただの悪戯いたずらではない場合があり得る。
異質触媒作用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「鶏を……。誰にられたろう。又、銀山の鉱夫の悪戯いたずらかな。」と、若い主人は少しく眉をひそめて、雇人やといにんの七兵衛老爺じじいみかえった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いや、石が降ったり、古池で赤坊の泣声がしたりする妖怪談と同じで、洗って見ればたわいもない悪戯いたずらに過ぎないのだという者もあった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
成は細君の話を聞いて、雪水を体にかけられたようにふるえあがった。それと共に悪戯いたずらをした我が子に対する怒りが燃えあがった。
促織 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
「ガリマ」隊の進んで行ったあとの道路は、ちぎられた青葉若葉が乾いた路の上に、烈しい子供の悪戯いたずらのあとをのこして散らばっていた。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「坊っちゃんのお友達で、坊っちゃんの真似をして、お母様のところへ行ってお小遣い頂戴なんて、びっくりさせる悪戯いたずらっ子あります?」
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
矢田部教授と「四月莫迦の日エイプリル・フール」の話をしていたら、彼は、日本人は鹿つめらしく見えるが、中々悪戯いたずらをするのが好きだといった。
ケリッヒ家の庭をめぐらしてる壁に沿って行くと、悪戯いたずらの時分にその広庭をのぞき込むためよじ登った、見覚えのある標石があった。
彼は好い気になって、書記の硯箱すずりばこの中にある朱墨しゅずみいじったり、小刀のさやを払って見たり、ひと蒼蠅うるさがられるような悪戯いたずらを続けざまにした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかも、彼のいっさいの考えを戦慄せんりつせしめ、彼をほとんど狂わする悲痛な運命の悪戯いたずらによって、その法廷にいるのは他の彼自身であった。
街街の一隅をけ廻っている、いくら悪戯いたずらをしてもしかれない墨を顔につけた腕白な少年がいるものだが、栖方はそんな少年の姿をしている。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
これよりか悪戯いたずら加減かげんするなんて、どうしたらいいの? あれよからせやしないや。だって、僕ほんのぽっちりしか悪戯いたずらしないんだもの。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
そういう次第で、その男は、飽くことのない悪戯いたずら好きであることは言うまでもないが、極端な悪戯いたずら好きの剽軽者らしく見えた。
「おやア! 背中に紙がってあるぞ! 何だと……亡、者? ワッ! 亡者とある。ウム、確かにまた、喬之助の悪戯いたずら——」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
これがためにその問題は、さらに差別事件になりまして、ひどく面倒になったと聞きました。この手紙はもちろん誰かの悪戯いたずらにすぎますまい。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
しばらくは私は眼がくらくらして台所で水をごくごく飲んだものだ。嘘のような気がした。誰かが悪戯いたずらしたのだろうと思った。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
馬鹿々々しいと思いながらも五目並べ屋の前にかがんで一寸悪戯いたずらをやって見たりすることも出来るといったようなわけだ。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
「や、とうとうつかまえた、こんなところに隠れていたのか、仕様のない悪戯いたずらっ子だぞ! お前は!」と愛撫するように扉のあたりを軽打タッペした。
「さあ、坊ちゃん方、はやく学校へいらっしゃい。今度から、もうこのお婆さんに、悪戯いたずらをなさるのではありませんよ。」
納豆合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ひとつ面白いから騒がしてやれなんかという好奇な閑人ひまじんがあってかかる不届ふとどきな悪戯いたずらを組織的に始めないともかぎらない。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
その美しい顔は病気のために少し痩せてはいるけれど、にこにこしていた。まつげの長い暗色の大きな目には、なんとなく悪戯いたずららしい光りがあった。
僕らの歩いてゆく先々で、名もしらぬ花々が、悪戯いたずらっ子らしく袖をひいてお辞儀した。皆、どこかで見た顔だったが、僕には思い出せなかった。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
清「お前おっかさんが毎晩愚痴を云ったのをよく聞き分けておくれだ、お前も悪戯いたずらや何かすると不孝になりますよ、私どもはないものとお思いよ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これから一週間別段悪戯いたずらをしないなら、お父さんは乃公に四十円の小馬を買ってくれる筈だ。自転車を十台貰うよりもの小馬一疋が欲しい。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
というのは後からつけた理窟で、真相は昼間の研究室における仕事と夜中の空腹とが協力してつくりあげる悪戯いたずららしい。
人生の冷酷な悪戯いたずらを、奇蹟の可能を、峻厳な復讐の実現を、深山の精気のように、きびしく肌に感じたのだ。しどろもどろになり、声までしわがれて
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
真面目まじめなきっぱりした敵対でやるよりも、からかいか悪戯いたずら(ただふざけているように見せかけながら苦しめるのである)
この事をどこかで高橋が聞きかじり、例のごとくアーノルド男邸の地下室へ食いに往って悪戯いたずらをするうち猴の真似をした。
大きくはなるけれど、まだ一向に孩児ねんねえで、垣の根方ねがたに大きな穴を掘って見たり、下駄を片足門外もんそとくわえ出したり、其様そんな悪戯いたずらばかりして喜んでいる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
或いは男と女と二組に立ち分れ、一方の築いている竈を壊して行くという悪戯いたずらまれにはあったということをいている。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
まさかそうではあるまい、そんな運命の悪戯いたずらが不意に行なわれてよいものか、宮はお隠しになったはずであると小侍従は努めて思おうとしている。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
しかし無反省な愛執に目をおおわれた庸三にも、このもない葉子の悪戯いたずらには、目を蔽っているわけには行かなかった。彼は少し興奮していた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは私を幸福にしたのだろうか、それとも、私を来るべき苦しみの運命に縛りつけるための、自然の悪戯いたずらであったのだろうか、私にはわからない。
(新字新仮名) / 金子ふみ子(著)
其傍には、四歳ばかりの男の児が、跣足になつて、水鉄砲をバケツの中に入れて、頻りに面白さうに悪戯いたずらをしてゐた。
百日紅 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
或るどんよりと曇った午前、私たちはまるで両親をだまして悪戯いたずらかなんかしようとしている子供らのように、いくぶん陰気になりながら、出発した。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
だがそれはあの無心な奔放な雅致を、技巧で作為しようとする悪戯いたずらに過ぎない。原作は別として、あの「沓形くつがた」と称する茶碗の如き、醜の醜である。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)