如月きさらぎ)” の例文
たとは迂哉おろか。今年如月きさらぎ、紅梅に太陽の白き朝、同じ町内、御殿町ごてんまちあたりのある家の門を、内端うちわな、しめやかな葬式とむらいになって出た。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
如月きさらぎ初めの風は、ひょうひょうと葦の穂に鳴り、夕方、こぼれるほど落ちたあられが、野路にも、部落の屋根にも、月夜のような白さをきらめかせている。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松本は信濃しなののくにでも低い土地であるが、北がわにのしかかる信濃丘陵から雪をまじえて吹きおろす風のために、霜月から如月きさらぎまで寒さはかくべつきびしかった。
日本婦道記:藪の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
つのらせていたところ父親九兵衛が老後の用意に天下茶屋てんがぢゃや閑静かんせいな場所を選び葛家葺くずやぶき隠居所いんきょじょを建て十数株のうめの古木を庭園に取り込んであったがある年の如月きさらぎにここで梅見のうたげもよお
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
如月きさらぎは名ばかりで霜柱は心まで氷らせるように土をもちあげ、軒端のきばに釣った栗山桶くりやまおけからは冷たそうな氷柱つららがさがっている。がけ篠笹しのざさにからむ草の赤い実をあさりながら小禽ことりさえずっている。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
訳の判らぬ癇癪と我儘に若いおんなたちが脅えたような顔を白く並べる時、金屏をもれる如月きさらぎの宵の寒い風が頸に当って、突然脳裡を横切る黄金色の雲の一片と、その下にそそり立つ真紅のピーク。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
火鉢ひばちくろりてはいそと轉々ころ/\すさまじく、まだ如月きさらぎ小夜嵐さよあらしひきまどの明放あけばなしよりりてことえがたし、いかなるゆゑともおもはれぬに洋燈らんぷ取出とりいだしてつく/″\と思案しあんるれば
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
二月を如月きさらぎというのは面白いことね。夕刻風にふきはらわれて暗くなりながら青くエナメルのように寂しく透明になる空の色を見て、なにか如月という感じがわかるようです。すこし今つかれて。
うめの花あせつつさきて如月きさらぎはゆめのごとくになか過ぎにけり
樹木とその葉:07 野蒜の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
彌生來にけり、如月きさらぎ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
きょうの如月きさらぎ碧空あおぞらを見るようなひとみも、あかくちも、白珠の歯も、可惜あたら、近日のうちには、土中になる運命のものかと思うと、見るに耐えないのであった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
如月きさらぎのはじめから三月の末へかけて、まだしっとりと春雨にならぬ間を、毎日のように風が続いた。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
弥生来にけり、如月きさらぎ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
如月きさらぎ近くを思わせる、ひややかな東風こちが吹きだして、小さい風のうずが、一月寺の闇に幾つもさまよっているようだ。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、一年おいて如月きさらぎの雪の夜更けにお染は、俊吉の矢来の奥の二階の置炬燵おきごたつに弱々ともたれて語った。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かかるうちに、錦霜軒の前の臥龍梅がりょうばいには、ぼちぼちと白い花のほころぶ頃となって、月も如月きさらぎと変って行く。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紅梅の咲く頃なれば、かくまでの雪のさまも、あさひとともに霜より果敢はかなく消えるのであろうけれど、丑満うしみつ頃おいはみやこのしかも如月きさらぎの末にあるべき現象とも覚えぬまでなり。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なつかしい。わたし貴下あなた七歳なゝつ年紀とし、おそばたお友達ともだち……過世すぐせえんで、こひしうり、いつまでも/\、御一所ごいつしよにとおもこゝろが、我知われしらずかたちて、みやこ如月きさらぎゆきばん
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
身内の侍が急を城下の直参じきさんへ告げたものとばかり思っていたところ、何ぞ計らん、如月きさらぎの寒夜をいんいんと鳴り渡った鐘と共に、稲葉山の山下を十重二十重にかこんだ兵は
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
満身の汗は、寝衣ねまき湿うるおしていた。破戸やれどの隙間洩る白い光は如月きさらぎあけに近い残月であった。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これさえ夢のごときに、胸をとどろかせながら、試みに叩いたが、小塚原こつかッぱらあたりでは狐の声とや怪しまんと思わるるまで、如月きさらぎの雪の残月に、カンカンと響いたけれども、返事がない。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの、鍋からさらさらと立った湯気も、如月きさらぎの水を渡る朝風が誘ったので、霜がなびいたように見えた、精進腹、清浄なものでしょう。北野のお宮。壬生みぶの地蔵。尊かったり、寂しかったり。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それが、如月きさらぎの初め、千代田の内外、やっと落着いた春日がつづきそうです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
名物赤福餅あかふくもちの旗、如月きさらぎのはじめ三日の夜嵐に、はたはたと軒をゆすり、じりじりと油が減って、早や十二時になんなんとするのに、客はまだ帰りそうにもしないから、その年紀頃としごろといい、容子ようすといい
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
気候もすでに如月きさらぎ中旬なかば、風はぬるく、樹肌きはだは汗ばみ、月は湯気に蒸されたようにおぼろな晩——有情の天地が人に与える感じも、二十日前の霜針を立てていた頃とは、だいぶ違ってまいりました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あとは往来ゆききがばったり絶えて、魔が通る前後あとさきの寂たるみちかな。如月きさらぎ十九日の日がまともにさして、土には泥濘ぬかるみを踏んだ足跡もとどめず、さりながら風は颯々さつさつと冷く吹いて、はるかに高い処ではたきをかける。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)