天幕テント)” の例文
炊事の煙りが天幕テントから洩れ焚火たきびの明りが赤々と射し、森林の中は得も云われない神秘の光景を呈したが、ジョン少年の姿は見えない。
(みづから天幕テントの中より、ともしたる蝋燭ろうそく取出とりいだし、野中のなかに黒く立ちて、高く手にかざす。一の烏、三の烏は、二の烏のすそしゃがむ。)
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼は、大きな口でもあけてゐるらしく新聞紙のそのあたりはさかんな上下動にふくれたり吸ひついたりして天幕テントのやうであつた。
怪物の死骸は、滑車かっしゃにとおした長い綱によって、簡単に地上へ運ばれた。そこにはすでに、解剖に便利なように、天幕テントが張られてあった。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
夏の最中もなかには蔭深き敷石の上にささやかなる天幕テントを張りその下に机をさえ出して余念もなく述作に従事したのはこの庭園である。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時々、広場にある大きな天幕テントの横を通り過ぎると、その内から、まるで何人かが議論しているような音が聞えて来ることがある。
やがて天幕テントをまくったとき吹きこむ粉雪のために、彼の姿は瞬間にみえなくなった。それなりだ。橇犬の声がやがて外でした。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
從つて、ヘイの彼方かなたの共有地にこの頃張られたジプシイの天幕テントを見に散歩しようと云ひ出してゐたのも延期になつてしまつた。
天幕テント旅行にハイキングに、登山にスキーに、競走に水泳に、ドライヴに乗馬に、積極的に自然へ向って飛び出して行きます。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
天幕テントを質に置いたカリガリ博士。書斎を持たないファウストか。アハハ。ナカナカ君は見立てが巧いな。吾輩を魔法使いと見たところが感心だ。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かなりの深傷ふかでだが、クラパはじっとしていなかった。むりやりに天幕テントの中に寝かすと、ようやく観念したものか、眠ったようにじっとしていた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
一行は穂高山ほたかやまやりたけとのあいだみちを失い、かつ過日の暴風雨に天幕テント糧食等を奪われたため、ほとんど死を覚悟していた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
翌朝よくちょう、しらしらあけであった。夜中から、小笠原おがさわらと交代して、見はり当番をしていた水夫長が、天幕テントに飛びこんできた。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
式場は、教会の広庭に、大きな曲馬用の天幕テントを張って、テニスコートなどもそのまま中に取り込んでいたようでした。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
こんなところで天幕テント生活をしたらさぞ愉快であろうといったら、運転手が、しかし水が一滴もありませんという。
浅間山麓より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
眼を開くとそれは実に奥の深い大森林に取り巻かれた、僅かの平地で、天幕テントが一つ張ってありました。あたりはしいんと静まり返って物凄い静けさです。
恐怖の幻兵団員 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
山麓さんろくには、紅白こうはくだんだらのまくり、天幕テントり、高等官休憩所かうとうくわんきうけいじよ新聞記者席しんぶんきしやせき參觀人席さんくわんにんせきなど區別くべつしてある。べつ喫茶所きつさじよまうけてある。宛然まるで園遊會場えんいうくわいぢやうだ。
二日目の朝いよいよ自分の天幕テントに帰ってまず飛行船を組み立て天幕などを取片付けてその中に入れ、大急ぎで飛行船に乗じて、又かの洞穴に立ち返った。
月世界競争探検 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
もうになつたころだ。ふか谷間たにまそこ天幕テントつた回々教フイフイけう旅行者りよかうしやが二三にん篝火かがりびかこんでがやがやはなしてゐた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
そうすると、曲馬団の天幕テントのような思い思いの建築に沃野よくやの風が渡って、遠く聞える夏の進軍喇叭らっぱに子供みたいに勇み立っているモスコウが意識される。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
南向きの恰好な足場に天幕テントを張つて、飯だけは近くにある田舎町の旅籠屋はたごやから運ばせる事にして、日がな一日天幕テントを出たり入つたりして自然を娯むのだ。
塔米児タミイル斡児桓オルコンの両河の合する三角洲に設けられた、成吉思汗ジンギスカンの大天幕テントの前。砂漠の広場。前の場と同じ時刻。
煮炊にたきに不自由はない、一枚の大岩を屏風とも、棟梁とも頼んで、そこへ油紙の天幕テントを張った、夕飯の仕度にかかっているうち、嘉門次もエッサラとあがって来た
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
頭に記した木材搬出用のトロ道に出たのは、翌朝ここの天幕テントをたたんで一時間と行かないうちである。
二つの松川 (新字新仮名) / 細井吉造(著)
それが今、ほんとうに行われたらしいのだ。私は天幕テントの中で身を起したが、どうする訳にも行かず、ただ胸をとどろかしたまま、暫くじっと外の様子をうかがっていた。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
天幕テントの前、象だ、象の子だ、小いさい、背中に金と赤との印度織りの鞍掛けを着せられて、垂れ下った両耳の、長い灰いろの釣鼻かぎばなっては振り振り客呼びしてる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
露営の天幕テントには、夜の霜が降りた。宋江は、すっかり何かに感じ入っている。彼はよく人をる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雨がなければ機械で雨を送ればよいぢやないか。日光が餘りに強ければ無邊の天幕テントを作ればよいぢやないか。土地が惡るければ他國から土壤を運搬して來ればよいぢやないか。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
二千人を収容して余りあろうと思われるほどの広さに、高く天幕テントの間から青空の一部が洩れているのを仰いでながめると、人をして従来の劇場とは違った自由と快活の気風を起させる。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その日から一同は毎日毎日木片を拾いあつめては、エッサモッサ肩にになって天幕テントに運んだ。読者よ、いかに勇気あるものといえども、かれらの年長は十六がかしらで、年少は十歳である。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
身のまわりにはなんとも云えないさみしさがまといついていた。孫を背なかに乗せて遊ばせているのを見かけたこともある。多分もう世を去ったに違いない。その隣りは天幕テント屋であった。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
平泉の警察からその晩のうちに警官隊が来ました、翌日あくるひは前沢と一関の警官隊が応援して、平泉一帯を山狩すると、中尊寺の裏山に、天幕テントを張っている滝山が、わけもなく捕ってしまいました。
水中の宮殿 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
理髪店とこやの出店のような小綺麗な天幕テントの中で取り澄ましている海岸椅子ビーチ・チェヤ
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かれらは、さけいがさめきらぬうちに、まったく夢心地ゆめごこちでこのまちって、かけましたが、いつしか砂漠さばくなかで、いがさめて、天幕テントのすきまからほしひかりあおぐと、はじめて、なにもたなくては
砂漠の町とサフラン酒 (新字新仮名) / 小川未明(著)
E、蒸気や天幕テントのはたゝめき、誇りかに
天幕テントの中で寝るんだらう
魔女 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
犂牛の毛で織った天幕テントを張って蒙古種の犬に番をさせて女達は夕飯の仕度にかかり、男達は天幕へ集まって商売の話を為合しあうのであった。
喇嘛の行衛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この見世物は一種の奇妙な天幕テントの内で行われ、長さ七フィートばかりの舞台があって、少数の観客がそのすぐ前に立っていた。
それをね、天幕テントの中へ抱入れて、電信事務の卓子テエブルに向けて、椅子にのせて、手はゆわえずに、腰も胸も兵児帯でぐるぐる巻だ。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、七八間隔ててすれ違つたのを見ると、この川蒸汽の後部には甲板かんぱんの上に天幕テントを張り、ちやんと大川おほかはの両岸の景色を見渡せる設備も整つてゐた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし途中でまたこんなことをしないように、念のため謙一は、天幕テントの中で組立てた無電で、警備隊の本部へ三人の捕虜の行動を打電しておいた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
すこし休んだらよくなるかと、作業場をはなれて、天幕テントにはいったが、みんな苦しい思いをして働いているのに、じぶん一人、ごろり横にもなれない。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
幸徳秋水の家の前と後に巡査が二三人ずつ昼夜張番をしている。一時は天幕テントを張って、その中からねらっていた。秋水が外出すると、巡査が後を付ける。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……のみならず、その当の目標の曲馬団は間もなく、今日まで見世物の興行などを一度も許された事のない丸の内の草原くさばらの中に大きな天幕テント張の設備を初めた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この猛烈な爆撃に、探険隊の天幕テントなどは、一ぺんにふきとんでしまった。隊員のなかにも、怪我人けがにんがそれからそれへと現れ、流血は氷上をあかくいろどった。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
拍手は天幕テントもひるがえるばかり、この間デビスはただよろよろと感激かんげきして頭をふるばかりでありました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
こっそり折竹の天幕テントへ、セルカークが入ってきた。彼は、周囲をたしかめてから、密談のような声で
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
すなわち、ありとあらゆる缶詰、野菜、ぱんの類、および台所道具一切。とは言え、瓦斯ガスストウブは必要あるまい。天幕テント夜具等も汽車のうごく限りなくて済むだろう。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
左手の脚柱の暗い投影の中に、濃い鼠のしおじみ雨じみた角錐形の天幕テントが一つ、その中に、これも鼠の頭巾附きの汚れ破れた雨外套をかぶって、誰やらごろ寝していた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そんなだつたら何も自分で山を買はなくとも、何処どこでも構はない景色の土地ところへ勝手に天幕テントを持込んだらよかりさうなものだが、嘉納氏に言はせると、さうはかない。