卒塔婆そとば)” の例文
数多くの墓石は倒れて土に埋まつてゐ、その間に青い雑草がのぞいてゐるのが、古い卒塔婆そとばを利用して作つた垣の隙間から見られる。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
野田山に墓は多けれど詣来もうでくる者いと少なく墓る法師もあらざれば、雑草生茂おいしげりて卒塔婆そとば倒れ断塚壊墳だんちょうかいふん算を乱して、満目うたた荒涼たり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
死罪になった者の死体は投げ込み同様で、もとより墓標なども見えなかったが、それでも寺僧の情けで新しい卒塔婆そとばが一本立っていた。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その空地に塚を置いたように、相当の間隔を置いて、幾つもの土饅頭どまんじゅうがある。その土饅頭に、一本二本ずつの卒塔婆そとばがおっ立っている。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
松は墓標の上に翠蓋すいがいをかざして、黄ばみあからめる桜の落ち葉点々としてこれをめぐり、近ごろ立てしと覚ゆる卒塔婆そとば簇々ぞくぞくとしてこれをまもりぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
供養くよう卒塔婆そとばを寺僧にたのまむとてを通ぜしに寺僧出で来りてわが面を熟視する事良久しばらくにして、わが家小石川にありし頃の事を思起したりとて
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
とぼとぼと力なく足を運んで、卒塔婆そとば新墓にいばか立ち並ぶ裏墓地を通り抜けながら、罪の蓮信坊は寺社奉行所目ざしつつ、悲しげに裏門をくぐりました。
彼が身を隠していた一と束の卒塔婆そとばの影が地上に長くよこたわるようになった頃に、父は漸く立ち上って帰路に着いた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それはその墓のうしろに亡父の百カ日忌のときの卒塔婆そとばが数本立っているせいばかりではなさそうだった。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
伐って何にするかと思えば、千本の卒塔婆そとばこしらえた上、一々それに歌を書いては、海の中へほうりこむのじゃ。おれはまだ康頼くらい、現金な男は見た事がない。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで僧には卒塔婆そとばを壽阿彌の墓に建てることを頼んで置いて、わたくしは藁店の家を尋ねることにした。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
卒塔婆そとば紙衣かみこを着てまよい出たような、人間三に化け物七が、たまらなくよくなるのかも知れません。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
よく身投みなげがあるので其たもと供養くよう卒塔婆そとばが立って居る玉川上水の橋を渡って、田圃に下り、また坂を上って松友しょうゆうの杉林の間を行く。此処の杉林は見ものである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
裏山の墓地へ行くと、兄のいう通り母の新しい石塔や、卒塔婆そとばが立っています。おそらくこの様子では、兄はさまざまな法律上の罪を犯しているに違いありません。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
新墓にいつかの垣に紅白の木槿もくげが咲いて、あかい小さい蜻蛉とんぼがたくさん集まって飛んでいる。卒塔婆そとばの新しいのに、和尚さんが例の禿筆ちびふでをとったのがあちこちに立っている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
言ひ殘せし片言かたごとだになければ、誰れも尼になるまでの事の由を知らず、里の人々相集りて涙と共に庵室の側らに心ばかりの埋葬を營みて、卒塔婆そとばあるじとはせしが
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
私は毎日、恋人にでも贈る様な、花束を用意して行って、彼女の新しい卒塔婆そとばの前で泣くのを日課にした。そしてその度毎たびごとに、私の復讐ふくしゅうの念は強められて行く様に見えた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二三本の卒塔婆そとばが亂暴に突きさゝれた形ばかりの土饅頭にさぞ雜草が生ひ茂つてゐるだらうことを氣にして、つと墓守に若干のお鳥目てうもくを送つてお墓の掃除を頼んだりした。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
北側のやぶのむこうに、乱立している卒塔婆そとばや墓石が見える。冷たい陽かげの静寂が、妙に彼の心をひく。陽なたの彼は生物だし、彼方の墓石は永遠の死の群像だからであろう。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
骨をひろって墓をつくり、卒塔婆そとばを立て、僧にたのんで手厚く菩提ぼだいを弔ったのである。
川施餓鬼の船がテンテンテンテンとはやして卒塔婆そとばを積んで橋下を抜けて行くのを見掛け、私と松五郎と南無阿弥陀仏の名号の書いてある紙片を一枚々々水面へ向けて流し出しました。
新墓しんばかには光岸浄達信士という卒塔婆そとばが立ってしきみあがって、茶碗に手向たむけの水がありますから、あゝ私ゃア何うして此処こゝまで来たことか、私の事を案じて忠平が迷って私を救い出すことか
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それより二百余年おくれて渡天した唐の玄奘げんじょうの『西域記』にはマツラを秣莵羅とし、その都のめぐり二十里あり、仏教盛弘する由を述べ、この国に一の乾いた沼ありてそのかたわらに一の卒塔婆そとば立つ
「成程、石炭だわ。卒塔婆そとば見たようなものが一箱々々に立てゝありますね」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
斜めに突きさされた真新しい奥様の卒塔婆そとばの前には、この寒空に派手な浴衣地の寝衣を着て、長い髪の毛を頭の上でチョコンと結んだ、一人の異様な角力すもう取りが、我れと己れの舌をみ切って
幽霊妻 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
土饅頭どまんじゅうだけで墓標もなく、卒塔婆そとばがざっと五六本立っていた。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼はそこを出て、更に麻布の寺へ追ってゆくと、おまきの墓の前には新しい卒塔婆そとばが雨にぬれているばかりで、そこらに人の影も見えなかった。
半七捕物帳:12 猫騒動 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
乱離たる石塔と、卒塔婆そとばと、香と、花との寂滅世界じゃくめつせかいが、急に眼の下に現われたものですから、お角は目をすましました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なんともぶきみ! じつに奇怪! 無言のなぞを秘めながら米びつの上に祭られてあったものは、墓場の土まんじゅうにさしてあるあの卒塔婆そとばの頭なのです。
何故かと云へば、卒塔婆そとばがきの横を通つてその入口に達すると「あづまアバート」と書いた木札がかかつてゐて、ちやんと、アパートではないとことわつてゐる。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
土饅頭どまんじゅうが三つ四つ築いてあって、それらはいずれも土が柔かで新しく、頂上に立てゝある卒塔婆そとばも真っ白な色をしており、折柄の月に文字まではっきり分るのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
背後うしろは森で、すぐに、そこに、墓が、卒塔婆そとばが、と見る目と一所に、庵の小窓に、少し乱れた円髷まるまげの顔がのぞいて、白々と、ああ、藤の花が散り澄ますと思う、窓下の葉蘭はらんに沈んで
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その上康頼は難有ありがたそうに、千本の卒塔婆そとばを流す時でも、始終風向きを考えていたぞ。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
英時の命で、まもなく息ノ浜の松蔭に、一つの卒塔婆そとばが建てられた。そしていつとはなく、そこへまいる浦人たちは、かならず冷たい水を上げることにしていると、「博多日記」はしるしている。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四囲にはびたトタン塀をめぐらしているきりで、一本も茂った樹木なんぞがなくて、いかにもあらわなような感じで、沢山の墓石がそこには、それぞれに半ば朽ちはてた卒塔婆そとばを背負いながら
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
線香、花、水桶なぞ持った墓参はかまいりが続々やって来る。丸髷まるまげや紋付は東京から墓参に来たのだ。さびしい墓場にも人声ひとごえがする。線香の煙が上る。沈丁花ちんちょうげや赤椿が、竹筒たけづつされる。新しい卒塔婆そとばが立つ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
気のせいか、雨に洗われた雑草の形が乱れて、黄色い花をつけた小枝が一面に折れ散っている。そこから本堂との間は広くもない墓場になっていて、石塔や卒塔婆そとばの影が樹の間隠れに散見していた。
たばになって倒れた卒塔婆そとばと共に青苔あおごけ斑点しみおおわれた墓石はかいしは、岸という限界さえくずれてしまった水溜みずたまりのような古池の中へ、幾個いくつとなくのめり込んでいる。無論新しい手向たむけの花なぞは一つも見えない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この凄まじい刃先を真向まともに受けて、それを相も変らず卒塔婆そとばの蔭に避けてはいるが、一向に悪怯わるびれた気色が見えません。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
時どきに大粒の雨がふり出して、強い風は卒塔婆そとばを吹き飛ばしそうにゆする。その風の絶え間にこおろぎの声きれぎれにきこゆ。——午前十時何分の上りの汽車に乗る——。
慈悲心鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
卒塔婆そとばの表をなでまわしてくるといったような実例をしばしば聞きますが、同時にまたなにか強く脅迫されたり迫害をうけたりすると、それが夢から幻に変じて、本人は全然知らないでいるのに
たばになつてたふれた卒塔婆そとばと共に青苔あをごけ斑点しみおほはれた墓石はかいしは、岸とふ限界さへくづれてしまつた水溜みづたまりのやうな古池ふるいけの中へ、幾個いくつとなくのめり込んでる。無論むろん新しい手向たむけの花なぞは一つも見えない。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
卒塔婆そとばとかなんとかいう人もある。自分の眼から見れば、慢心坊主という山師坊主が、わが藤原家を愚弄ぐろうに来たその記念として残されているものだ。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
見ると、妹の墓地の前——新ぼとけをまつる卒塔婆そとばや、白張しらはり提灯や、しきみや、それらが型のごとくに供えられている前に、ひとりの男がうつむいておがんでいた。そのうしろ姿をみて、僕はすぐに覚った。
海亀 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
陸へ走せあがると、置き据えた石塔も、焚き残した卒塔婆そとばの火も、一切忘れて、ぬぎ放しにした衣類だけを引っかかえて、まっしぐらに逃げ出したのも道理。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこで、黍畑のあたりを見ながら、例の卒塔婆そとばを折りくべて、茂太郎は反芻はんすうの歌をうたい出しました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
下に揃えてあった草履ぞうり穿き、すたすたと庭へ下りて行って、庭の一隅いちぐうに四寸角、高さ一丈ほどの卒塔婆そとばが立って、その下に小石がうずたかく積んであるところへ来ると、腰をかがめて合掌し
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
甲州の月見寺で、むらむらと彼を斬りたくなり、その身代りに卒塔婆そとばを斬った途端に、その執着が水の如く、身内を流れ去って以来、彼の存在を、あまり気にしているということを知りません。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
恵林寺えりんじの慢心和尚が、途轍とてつもない大きな卒塔婆そとばをかつぎ込んで、従者を一人もつれずに西の方へスタスタと歩いて行くのが、白日はくじつのことですから、すべての人が注目しないわけにはゆきません。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)