鷲掴わしづか)” の例文
とグスはしまいには眼に哀願の色さえうかべて、そのくせ恐ろしい腕力で私の手を鷲掴わしづかみにして放さなかった。が、その途端であった。
葛根湯 (新字新仮名) / 橘外男(著)
見向きもしないで、山伏は挫折へしおつた其のおのが片脛を鷲掴わしづかみに、片手できびす穿いた板草鞋いたわらじむしてると、横銜よこぐわへに、ばり/\とかじる……
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
銭形平次の家へ飛込んで来た子分のガラッ八は、芥子玉絞けしだましぼりの手拭を鷲掴わしづかみに月代さかやきから鼻の頭へかけてしたたる汗を拭いております。
こう思うと、抑え難い欲望に駆られてしなやかな女の体を、いきなりむずと鷲掴わしづかみにして、揺す振って見たくもなった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
藍微塵あいみじん素袷すあわせ算盤玉そろばんだまの三じゃくは、るから堅気かたぎ着付きつけではなく、ことった頬冠ほおかむりの手拭てぬぐいを、鷲掴わしづかみにしたかたちには、にくいまでの落着おちつきがあった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
もうもうこらえきれないという御様子で、突然いきなり、奉書を鷲掴わしづかみにして、寸断々々ずたずたに引裂いて了いました。啜泣すすりなきの涙は男らしい御顔を流れましたのです。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
見れば玄竜はもう自分の席に帰って、丁度傍においてあった朝刊を鷲掴わしづかみにして顔や首筋をふいているのだった。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
かく応答するかと見ると、自分は汚ない巾着きんちゃくを出して、手早く鳥目を幾つか並べると共に、茶屋の大福餅を鷲掴わしづかみにして、むしゃむしゃと頬張りました。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
誰ひとり、彼が花壇を飛び越え、花を鷲掴わしづかみにして、いそいで胸の肌衣はだぎの下にかくしたのを見たものはなかった。
頬骨の出た男は片手で南京豆の鑵を鷲掴わしづかみにして、腰の辺に当てながら、窓から半分身体からだを乗り出していた。白髪の老人の方は眼を瞑ってウツラウツラしている。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
それからぼくたちは、若い男の手に鷲掴わしづかみにされ、そしてどこともなく連れていかれた。
もくねじ (新字新仮名) / 海野十三(著)
では御厄介ごやっかいになってすぐに仕事に突っ走ります、と鷲掴わしづかみにした手拭てぬぐいで額き拭き勝手の方に立ったかとおもえば、もうざらざらざらっと口の中へち込むごとく茶漬飯五六杯
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこまで読むのが精いっぱいだった、全身ぶるぶる震いだしながら、思わずその手紙を鷲掴わしづかみにして、「ひどい」と呟やく頭上へ、まるで石でもなげうつように罵言ばげんが飛んできた。
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
不意に、まるで雪の中から湧いて出たように、三四人の黒い人影が、ばらばらと彼の面前に現われて、粗暴とも不礼ともいいようのないやりかたで、両方から彼の腕を鷲掴わしづかみにした。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
そうして、大いなるおきのひとつを鷲掴わしづかみにして、再び弁兆の眼前を立ちふさいだ。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
章一は鬼魅きみが悪いのではかま羽織はおり鷲掴わしづかみにしてそこを飛びだした。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は目の前の金包を鷲掴わしづかみにして、経理の後を追った。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
途端に、猿臂えんぴがぬッくと出て、腕でむずと鷲掴わしづかみ、すらりと開けたが片手わざはやいこと! ぴっしゃりとしめると、路地で泣声。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
富山七之助は、一刀を鷲掴わしづかみに突っ立ち上って居りました。其辺にマゴマゴする人間を見掛けたら、有無を言わさず叩き斬ったことでしょう。
今も先生が突然世界共通のこの苦笑をらして、ち上がられると、譜本を鷲掴わしづかみにしながら、身体を揺すぶって、顔中をしかめていられるのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
後手ごてを食っちゃあ万事おしまい、そこで、七兵衛は手拭を鷲掴わしづかみにして、すっくと湯壺の中から立ち上りました。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、何と思ったか彼女はいきなり帳面を鷲掴わしづかみにして、ピリピリに引き裂いて、ぽんと床の上へ投げ出したきり、再び物凄ものすごひとみを据えて私の顔を穴のあくほど睨めるのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
やかましいやい。と白きうなじ鷲掴わしづかみ、「この阿魔、生意気に人ごのみをしやあがる。うぬどうしてもかれないか。と睨附ねめつくれば、お藤は声を震わして、 ...
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仏頂寺は、高師直こうのもろなお塩谷えんやの妻からの艶書でも受取った時のように手をわななかせて、その胴巻を鷲掴わしづかみにすると、両手でみくちゃにするようなこなしをして
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人目がなかったら私は太子の手を鷲掴わしづかみにして押しいただきたいような気持がした。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
一散いっさんげもならず、立停たちどまったかれは、馬の尾に油を塗って置いて、鷲掴わしづかみのたなそこすべり抜けなんだを口惜くちおしく思ったろう。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これは頭髪を鷲掴わしづかみにして、床上を引き摺られた時に生じたものと覚しく、両頸にも緊縛のあとがあり、右手頸及び左脇腹にも、同じく一カ所ずつの擦過傷、同時に左手小指及び無名指くすりゆびが骨折し
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
「やい、不貞腐ふてくされ。」と車夫の吉造、不意に飛込んで、婦人おんなたぶさ鷲掴わしづかみにしてぐいと引けば、顔をしかめて、「あいつ、つつつつつ」とこぶしに手を懸け、「無体な、何をするんだねえ。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その手を私は夢中で鷲掴わしづかみにした。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
麦稈帽むぎわらぼう鷲掴わしづかみに持添もちそへて、ひざまでの靴足袋くつたびに、革紐かはひもかたくかゞつて、赤靴あかぐつで、少々せう/\抜衣紋ぬきえもん背筋せすぢふくらまして——わかれとなればおたがひに、たふげ岐路えだみち悄乎しよんぼりつたのには——汽車きしやからこぼれて
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
甚平は手拭を鷲掴わしづかみで、思わず肩をそびやかした。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)