馬琴ばきん)” の例文
わたくしはかつて歴史の教科書に、近松ちかまつ竹田たけだの脚本、馬琴ばきん京伝きょうでんの小説が出て、風俗の頽敗たいはいを致したと書いてあるのを見た。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
のみならず、自分がこれまでに読んだ馬琴ばきんや近松や三馬さんばなどとは著しく違った特色をもった作者であることが感ぜられた。
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
馬琴ばきん春水しゅんすいの物や、『春雨物語』、『佳人の奇遇』のような小説類は沢山あったが、硯友社作家の新刊物は一冊もなかった。
正宗谷崎両氏の批評に答う (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その他の智識としては馬琴ばきん為永ためながの小説や経国美談、浮城うきしろ物語を愛読し、ルッソーの民約篇とかを多少かじっただけである。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ところが、僕の下宿に馬琴ばきんのものが置いてあつた。もう古びて、何代なんだいもの留学生が異郷の寂しさをそれで紛らしたといふことを証拠立ててゐた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
十三歳に府立二中に入学したが、学科はそっちのけで、『太平記』や、『平家物語』をはじめ、江戸時代の草双紙くさぞうしの中では馬琴ばきんに私淑したとある。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
講釈では、松鯉しょうり。伯山。先代馬琴ばきんなんぞが活躍していたが、若いファンのあこがれは、何といっても娘義太夫である。戦後のジャズやロカビリー。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
馬琴ばきんの『八犬伝』のうちに、犬飼現八いぬかいげんぱち庚申山こうしんざんで山猫の妖怪を射るくだりがありますが、それはこの『申陽洞記』をそっくり書き直したものでございます。
二葉亭も院本いんぽんや小説に沈潜して好んで馬琴ばきん近松ちかまつの真似をしたが、根が漢学育ちで国文よりはむしろ漢文を喜び、かつ深く露西亜文にしたしんでいたから
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
彼というのは馬琴ばきんの事で、昔伊勢本いせもとで南竜の中入前をつとめていた頃には、琴凌きんりょうと呼ばれた若手だったのである。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この話は予の知るところでは、『太平記』十五巻に出たのが最も古い完全な物らしい、馬琴ばきんの『昔語質屋庫むかしがたりしちやのくら
酒飲みで遊び好きの三馬は、またよく人と争い、人を罵って、当時の有名な京伝きょうでん馬琴ばきんなどの文壇人とも交際がなかった。ことに曲亭きょくていとは犬猿の仲であった。
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私の家は商家だったが、旧家だったため、草双紙、読本その他寛政かんせい天明てんめい通人つうじんたちの作ったもの、一九いっく京伝きょうでん三馬さんば馬琴ばきん種彦たねひこ烏亭焉馬うていえんばなどの本が沢山にあった。
明治十年前後 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
この曲玉は馬琴ばきんが、八犬伝はっけんでんの中で、八百比丘尼妙椿やおびくにみょうちんを出すのに借用した。が、垂仁朝すいにんちょうの貉は、ただ肚裡とり明珠めいしゆを蔵しただけで、後世の貉の如く変化へんげ自在をきわめた訳ではない。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
馬琴ばきんの『弓張月ゆみはりづき』にまで書かれている勝連按司かつれんあじ阿麻和利あまわりは、沖縄の歴史の上で、すっかり悪者にされてしまっているが、これは伊波普猷いはふゆう君などが早くから注意したように
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ただ昔から馬琴ばきん其他の、作物は多く讀んだが、詰りが明窓淨几の人で無くつて兵馬倥偬へいばこうそう成長ひとゝなつた方のだから自分でも文士などゝ任じては居らぬし、世間も大かたうだらう。
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園塚原蓼洲(著)
馬琴ばきん弓張月ゆみはりづきにも、露伴の二日物語にも、白峯は書かれている。けれど雨月物語の「白峯」には及ぶべくもない。秋成はあの作品で、自分が作中人物の西行になりすましている。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『八犬伝』とか『巡島記しまめぐりのき』とか、馬琴ばきんの大部のものが多いのですが、それには大抵一冊に二、三個所ずつ絵があるのを、必ず一個所は上手じょうずに切り取るので、その頃そんな本の表紙は
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
送らんことに木曾とありては玉味噌と蕎麥そばのみならん京味を忘れぬ爲め通り三丁目の嶋村にて汲まんと和田鷹城子わだおうじやうしと共に勸められ南翠氏が濱路はまぢもどきに馬琴ばきんそつくりの送りのことばに久しく飮まぬゑひ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
是非ぜひ一読いちどくして批評ひゝやうをしてくれと言つて百五六中まいも有る一冊いつさつ草稿そうかうわたしに見せたのでありました、の小説はアルフレツド大王だいわう事蹟じせき仕組しくんだもので文章ぶんしやう馬琴ばきんまなんで、実にく出来て
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
もっとも馬琴ばきんの作に「侠客きょうかく伝」という未完物があるそうで、読んだことはないが、それは楠氏の一女姑摩姫こまひめと云う架空かくうの女性を中心にしたものだと云うから、自天王の事蹟じせきとは関係がないらしい。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
馬琴ばきんの八犬伝を守田座の座附作者が脚色したのが大変な評判で、染之助の犬塚信乃いぬづかしのの芳流閣の立ち廻りが、大変よいと云う人の噂でありましたので、私はまた堪らないような懐しさに責められて
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
われ筆を執る事が不自由になりしより後は誰か代りて書く人もがなと常に思へりしがこの頃馬琴ばきんが『八犬伝』の某巻に附記せる文を見るに、初めに自己が失明の事、草稿を書くに困難なる事など述べ
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「はい、左様でございます。わたくしは、深川仲町裏に住んで居りまする、馬琴ばきんと申します若輩でございますが、少々先生にお願いの筋がございまして、無躾ぶしつけながら、斯様かように早朝からお邪魔に伺いました」
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
とは、天保の馬琴ばきんが記したものにある。
馬琴ばきんいわく
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
喜多川歌麿きたがわうたまろの絵筆持つ指先もかかる寒さのためにこおったのであろう。馬琴ばきん北斎ほくさいもこの置炬燵の火の消えかかった果敢はかなさを知っていたであろう。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は頃日このごろ馬琴ばきん翁の日記を読返して見て感じたのは、あの文人が八十歳にもなり、盲目にもなっていながら、著作を捨てなかった一生が、女史のそれと同様に
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
馬琴ばきんも歯が悪かった。「里見八犬伝」の終りに記されたのによると、「逆上のぼぜ口痛の患ひ起りしより、年五十に至りては、歯はみな年々にぬけて一枚もあらずなりぬ」
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
読本は京伝きょうでん馬琴ばきんの諸作、人情本は春水しゅんすい金水きんすいの諸作の類で、書本は今う講釈だねである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「それじゃ馬琴ばきんの胴へメジョオ・ペンデニスの首をつけて一二年欧州の空気で包んでおくんですね」「そうすると月並が出来るでしょうか」迷亭は返事をしないで笑っている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
震災で破壊された東京の史蹟のその中で最もおしまれる一つは馬琴ばきんすずりの水の井戸である。
ツマリ当時の奇人連中は、京伝きょうでん馬琴ばきんの一面、下っては種彦たねひこというような人の、耽奇の趣味を体得した人であったので、観音堂の傍で耳の垢取あかとりをやろうというので、道具などを作った話もあります。
本棚の片隅には、帙入ちついりの唐本の『山谷さんこく詩集』などもありました。真中は洋書で、医学の本が重らしく、一方には馬琴ばきん読本よみほんの『八犬伝』『巡島記』『弓張月ゆみはりづき』『美少年録』など、予約出版のものです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
馬琴ばきん滝沢瑣吉たきざはさきちは、微笑しながら、やや皮肉にかう答へた。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
馬琴ばきんが説いたは、まずは正鵠せいこくを得たものだろう。
文政天保時代において画家北斎が文学者馬琴ばきんとその傾向を同じうし共に漢学趣味によりてその品位を高めしが如く
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
馬琴ばきんを読む。京伝を読む。人が春水を借りて読んでいるので、又借をして読むこともある。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と、孝子が、ヒラヒラと見せびらかした一枚には「明治文学界八犬士」の見立みたてがある。滝沢馬琴ばきんの有名な作、八犬伝の八犬士の気質風貌ふうぼうを、明治文壇第一期の人々に見立てたのだ。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
わたしは千葉の者であるが、馬琴ばきんの八犬伝でおなじみの里見の家は、義実よしざね、義なり、義みち実尭さねたか、義とよ、義たか、義ひろ、義より、義やすの九代を伝えて、十代目の忠義ただよしでほろびたのである。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
正直ですら払底ふっていな世にそれ以上を予期するのは、馬琴ばきんの小説から志乃しの小文吾こぶんごが抜けだして、向う三軒両隣へ八犬伝はっけんでんが引き越した時でなくては、あてにならない無理な注文である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その文化の初め数年にわたりてはもっぱら馬琴ばきんその他の著作家の稗史はいし小説類の挿絵を描き、これによつて錦絵摺物等の板下絵はんしたえにおいてはかつて試みざりし人物山水等を描くの便宜を得
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これに反して馬琴ばきんのような小説は主観的分子はいくらでもありますが、この方面の融通がかないから、つまりは静御前しずかごぜんは虎のごとしなどと云う simile を使っているようなもので
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黙阿弥の劇中に見られるやうな毒婦は近松にも西鶴にも春水しゆんすゐにも見出みいだされない。馬琴ばきんに至つて初めて「船虫ふなむし」を発見し得るが、講談としては已に鬼神きじんまつ其他そのたに多くの類例を挙げ得るであらう。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
画家の謝礼を著者が支払うなんて云う事は馬琴ばきん北斎ほくさいのむかしから聞いた事のない話です。「濹東綺譚」の表紙の意匠は私がしたのですがこれについて本屋は別に謝礼も何も寄越しはしませんでした。
出版屋惣まくり (新字新仮名) / 永井荷風(著)
戯子名所図会 三冊 馬琴ばきん撰 寛政十二年板
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)