餌食えじき)” の例文
「疑いぶかいなあ。いないっていってるのに。——ぼやぼやしてると、虎か大蛇おろち餌食えじきにされちまうぜ。はやくお帰りよ、おじさん」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし試みに、餌食えじきを食いかけてる犬に口輪をはめてみるがいい! 人々が彼に言う言葉は皆、彼をますます刺激するばかりだった。
旧約全書を研究して見ますといわゆるハンギングなる語は罪人の死体を釣るして野獣または肉食鳥の餌食えじきとする意義と認められます。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ妄想もうそうという怪獣の餌食えじきとなりたくないためばかりに、私はここへ逃げ出して来て、少々身体には毒な夜露に打たれるのである。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それを餌食えじきとするアイヌが、追われながらやって来た。それから永い時代を経て、われらの父祖のあるものが足をふみ入れたのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
それから、月にしらんだ小路こうじをふさいで、黒雲に足のはえたような犬の群れが、右往左往に入り乱れて、餌食えじきを争っているさまが見えた。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
塩梅あんばい酔心地よいごこちで、四方山よもやまの話をしながら、いなご一ツ飛んじゃ来ない。そう言や一体蚊もらんが、大方その怪物ばけもの餌食えじきにするだろう。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
醜悪なけだもののくせに、まるで芝居のせりふみたいなことを言いながら、人間豹は身を縮めた餌食えじきの上にジリジリと迫ってきた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
はやこの上はこの身を以て親の餌食えじきとならんものと、いきなりかたく身をちぢめ、息を殺してはりよりゆかへと落ちなされたのじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「ここで人身御供が上らなけりゃあ、みすみす三十何人の乗合が残らずふか餌食えじきになってしまうのだ、それでようござんすかエ」
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
このお坊さんは元は武士さむらいであったので、今度は獣の餌食えじきになるような意気地いくじなしではなかろうと、村の人たちは安心していた。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
五人、十人、二十人と、見ている間に信徒達は、侵入軍の餌食えじきとなった。そうして漸次だんだん信徒達は、小路小路へ追い詰められた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「はは、可哀そうな、日本の飛行将校よ。太平洋のふか餌食えじきにでもなりたまえ。さあ、これが君らの墓にささげる花束だ。」
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
しかし、大尉が本当にえらいか? 乃木大将は誰のために三万人もの兵士たちを弾丸の餌食えじきとして殺してしてしまったか?
◯一世紀前、かの大ナポレオンは、世界をその飽くなき欲望の餌食えじきたらしめんとした。しかしウォルターローの一戦は遂に彼のこの暴威を制した。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
死骸を熊か鷲の餌食えじきにするつもりで、山又山を無茶苦茶に分け登って行くうちに、あやまって石狩川に陥入ったもの……。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すると目の前に、ふか餌食えじきと化するはかない人間の姿と、チェーホフの心の色合が海底のように見えて来るのだった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
本能的とでもいうべきだろう。風雪ふうせつがおそい来る、外敵がやって来る、傷つくものもたおれるものも出来る。その屍体したいは怪鳥めいた他動物の餌食えじきになる。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
吉「もうてもいけやせん、日頃悪事の報いか、うお餌食えじきとなるはかねての覚悟だ、仕方がえ、南無阿弥陀仏/\」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おれの妻の生んだ粟津子あわつこは、罪びとの子として、何処かへ連れて行かれた。野山のけだものの餌食えじきに、くれたのだろう。可愛そうな妻よ。哀なむすこよ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
いたずらに現実の餌食えじきとなるのは堪えがたい。鶴見はこの上とも生きて生きてゆかねばならぬと覚悟しているのである。
自分の子にめぐり会った母親と、餌食えじきに再会したとらとである。ジャヴェルはそういう深い喜びにおどり上がった。
「僕は、あなたの餌食えじきになるには、あまりに骨ばっています。もっと若くて美しい騎士ナイトたちが沢山居ますから、その方を探してごらんになってはどうですか」
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この上妹まで、けだもの餌食えじきにしたくないばかり、——今晩が過ぎたら、何とかなるだろうと思う浅墓あさはかな考えから、突くともなしに、後ろから突いてしまいました
彼女かれは単に𤢖の餌食えじきとなるべき若い女の不幸をあわれんで、何とかしてこれすくってりたいと思ったのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その結果は、無論、その餌食えじきがいかにまったく私の罠にかかっているかということを示すだけだった。一時間もたたないうちに彼は借金を四倍にしてしまった。
……あなたは、餌食えじきがお入用なんだ! 現にこの僕は、もうこれで一ト月も怠けどおしに怠けて、何もかも放ったらかして、がつがつあなたの姿を追い回している。
領土擴張慾に燃えつゝ虎視眈々こしたん/\と四隣の形勢をうかゞっている彼の前に、それは全く恰好かっこう餌食えじきであった。
あの大泥棒の色魔の餌食えじきになっておられる、この奥さんがかわいそうで、じっとして聞いておれなくなったものですから、ちょっと口をきこうと思って出かけて行ったのです
誰が何故彼を殺したか (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
わたしに残つてゐるものはグレー・ハウンドの犬一ぴきと紋章旗だけだ。わたしの肉体とても婦人の病気以外にはほとんどあらゆる病の餌食えじきとして与へてしまつたと云つてもい。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
狭い街中へこの対数で出れば、昨夜の例とは逆に、待構えている敵の餌食えじきとなるだけである。
三十二刻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
御厚意かたじけないが、わが輩のように、いつ魚の餌食えじきになるか、裂弾、榴弾りゅうだんの的になるかわからない者は、別に金もうけの必要もない。失敬だがその某会社とかに三万円を
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
餌食えじきえた、二匹の野獣をみつめているような気がして、いつもであれば浅間しさに眼をそむけずにはいられないのだが、今の場合、二人の姿がみぐるしく映れば映るほど
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「あれも、ボーイと一緒に、海へ飛込んだ。いまごろもう、ふか餌食えじきになったことだろう」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
列強の餌食えじきになっている支那の真の自立こそは、東洋の平和のために欠くべからざる条件だというわしらの信念に共鳴したのだ。支那のその自立のためには革命が必要なのだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
みんな悪魔の餌食えじきになってしまったってかまいはしない、僕がいうのはただ子供だけのことだ、子供だけのことだ! おや、僕はおまえを苦しめてるようだね、アリョーシャ
幾人も奴隷どれいを目の前に引き出さして、それを毒蛇どくじゃ餌食えじきにして、その幾人もの無辜むこの人々がもだえながら絶命するのを、まゆも動かさずに見ていたという插話を思い出していた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
平生の志の百分の一も仕遂しとげる事が出来ずに空しくだんうらのほとりに水葬せられて平家蟹へいけがに餌食えじきとなるのだと思うと如何にも残念でたまらぬ。この夜から咯血かっけつの度は一層はげしくなった。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
ああ気の毒に! 金さんはそれじゃ船ぐるみ吹き流されるか、それとも沖中で沈んでしまって、今ごろは魚の餌食えじきになっておいでだろうとそう思ってね、私ゃ弔供養といくようをしないばかりでいたんだよ。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
自分の幸福も光栄も、生きているうちには決して無いとわかった時、ひとは、どんな気持になるものかね。努力。そんなものは、ただ、飢餓の野獣の餌食えじきになるだけだ。みじめな人が多すぎるよ。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
申しますと、その蛾は遂々とうとう、蝙蝠の餌食えじきになってしまったのでございます。何故なら、私にあの難行をお命じになったのが、クリヴォフ様なんでございますものね。——それも、独りで三十櫓楼船ブチントーロ
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
あんな奴の餌食えじきになるは死にした大不幸だ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
泡立あわだつ海に落入りて、鰐魚わに餌食えじきとなりけらし。
鬼桃太郎 (新字新仮名) / 尾崎紅葉(著)
しゝ食うたむく犬は鷹の餌食えじきかな 勝興
感覚を狂乱するままに放任して、おのれは口をつぐむ。しかしなおそばにうずくまって、じっとうかがいながらおのれの餌食えじきを選む……。
「君はどう思う。犬共は、生きている女を喰い殺したのでなくて、とっくに殺されている死骸を餌食えじきにしたのじゃないだろうか」
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
兵馬ともにまったく疲れはてていたので、これは戦力もなく、ただ潰乱混走かいらんこんそうして、魏軍の包囲下に手頃な餌食えじきとなってしまった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この高山も、目ぬきの大半を祝融氏しゅくゆうし餌食えじきに与えているのだから、この怪物に余された獲物えものというものは、どんなものか知ら?
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「若くて美男でご名門なら、女子にとっては何よりの餌食えじき、どんなにご本人が固くても、女の方で黙ってはいない。なんとお前達そうではないか」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
虎と蛇とは、一つ餌食えじきねらって、互にすきでもうかがうのか、暫くは睨合いのていでしたが、やがてどちらが先ともなく、一時に杜子春に飛びかかりました。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)