酒肴しゅこう)” の例文
酒肴しゅこうが運ばれて、また娘が給仕に出た、話は途切れがちだったが、席はいつかのびやかにおちつき、いかにもくつろいだ小酒宴となった。
日本婦道記:小指 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「いや、それとね姉さん。ちっとばかり酒肴しゅこうを仕込んで来ましたから、今日は近所の衆にも、ようっくお礼を申したいと思ってさ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこには細川、浅野両藩で用意した酒肴しゅこうが置き並べてある。給仕には町から手伝人が数十人来ている。一同挨拶して杯を挙げた。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そもそも天の此文しぶんほろぼさざるの深意なるべし。本日たまたま中元、同社、てずから酒肴しゅこうを調理し、一杯をあげて、文運の地におちざるを祝す。
中元祝酒の記 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
大阪の町奉行の用人を知っていたから、それを訪ねて帰ると、大阪の奉行所から追っかけ使者がきて酒肴しゅこうを届けて行った。
安吾史譚:05 勝夢酔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
編輯長へんしゅうちょうへは内々で割戻わりもどしの礼金も渡してしまい、部下の記者は待合に連れて来て酒肴しゅこう振舞ふるまい芸者をあてがう腹である。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
酒肴しゅこうが出ると座がみだれて、肝腎の相談が出来ないというので一どう素面すめんである。ズラリと大広間に居流れて評定ひょうじょうの最中だ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
倉地の浴したあとで、熱めな塩湯にゆっくり浸ったのでようやく人心地ひとごこちがついてもどって来た時には、素早すばやい女中の働きで酒肴しゅこうがととのえられていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そこへの少女がはいって来た。少女の手には酒肴しゅこうを乗せた盆があった。少女はそれをテーブルの上に置いてから、小さなさかずきをそれぞれ二人の前へ持って来た。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
鹿児島県遊寓ゆうぐう中に聞いたが、その地名は覚えておらぬ。ある村にて、神社の祭りにおのおの酒肴しゅこうを持参して、深夜までその堂内で宴会を開く慣例がある。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
精進しょうじん潔斎けっさいなどは随分心の堅まり候ものにてよろしき事とぞんじ候に付き、拙者も二月二十五日より三月晦日みそかまで少々志の候えば酒肴しゅこうども一向べ申さず
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
産婦の宮への御かゆ、五十組の弁当、参会した諸官吏への饗応きょうおう酒肴しゅこう、六条院に奉仕する人々、院の庁の役人、その他にまでも差等のあるお料理を交付された。
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
兎も角疲れているだろうからという伯母の心遣いで、富美子丈けは居間に退き床についた様子でしたが、私達の前にはおいわいとあって、用意の酒肴しゅこうが運ばれる。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのとき、しずかに、小間使が、蒔絵まきえの膳に、酒肴しゅこうをのせて運んで来て、また、音もなく立ち去るのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
二人のアリガネを合わせても、とてもその「後輩」たちに酒肴しゅこうを供するに足りる筈はなかったのである。
『井伏鱒二選集』後記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かくて酒肴しゅこうの用足しから帰って来た女房は、その手巾を片襷に、愛吉が背後うしろへ廻って、互交たがいむつまじく語らいながら、えんなるうなじにきらきらと片割月のきらめく剃刀。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
圖「はゝアかしこまりました、就きましては甚だ差上げる物もござらんが、いさゝ酒肴しゅこうを取寄せお待受まちうけを致して居りましたから、何うぞ一さんお傾け下され、さ周玄これへ」
これは夫婦連めおとづれで寺へ花見に行って、もとより酒肴しゅこう持参の事であるから、どちらが主人やら判らぬようなわけで、その夫婦がとりどりにもてなして、住持を酔わした。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
庄屋達が既に主人役に廻り、吟味の酒肴しゅこうを美しい飯盛女に運ばせて、歓待至らざる無しであった。
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「ようこそお越し下さりました。酒肴しゅこうの用意この通りととのいおりまする。どうぞこちらへ……」
出入りのとびかしらを始め諸商人、女髪結い、使い屋の老物じじいまで、目録のほかに内所から酒肴しゅこうを与えて、この日一日は無礼講、見世から三階まで割れるようなにぎわいである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
「いかがですか先生、ここを下りますると、あの一枚岩の上へ出ますが、酒肴しゅこうを持たせてあれへ参り、あの上で風景をながめながら、お話を伺いたいものでございます」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ことに今年の元旦はいつもよりにぎやかにも豊かな酒肴しゅこうが、筒井のためにも心配られた。それは筒井が約した三年めの春が訪ずれ、筒井は神仏のちかいをとく日だったからだった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あとは、杯盤狼藉ろうぜきの一歩手前であった。人いきれと酒肴しゅこうの臭気と——それに畳のほこりも混って、生ぬるい広間の空気は何か朦朧もうろうとしている。耳と目の感覚が上ずっている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その混雑の間をくぐり、お辞儀の頭の上を踏み越さぬばかりに杯盤酒肴しゅこうを座敷へはこぶ往来も見るからに忙しい。子供らは仲間がおおぜいできたうれしさで威勢よく駆け回る。
竜舌蘭 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
船には酒肴しゅこうをたくさん積み込んで、潮干狩は名ばかりで、大抵は船のなかで飲み暮らしていたが、ひるすぎになってから、船を出て、人真似に浅蜊などを少しばかり拾いはじめると
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
およそ子なき婦人、酒肴しゅこう、花果、飯餌はんじを以て老猴にいのれば、喜んですなわち食い、衆猴その余りを食う。したがって雌雄二猴あり、前に来って交感し、婦人これを見て帰れば孕む。
その日は加州から浪士一同へ酒肴しゅこうを贈られ、降蔵らまでそのもてなしがあった上で、加州の家老永原甚七郎ながはらじんしちろうが来ての言葉に、これまでだんだん周旋したいつもりで種々尽力したが
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「どうやら、修理もできたようじゃな、先ず酒肴しゅこうを用意して、一杯祝い酒といこう」
あかしのつくころに糟谷かすやは帰ってきた。西田は帰ってしまうにしのびないで、まって話しすることにする。夜になって礼子や下女の笑い声ももれた。細君もおきて酒肴しゅこう用意ようい手伝てつだった。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
間もなく貞二が運ぶ酒肴しゅこう整いければ、われまず二郎がためにさかずきげてその健康を祝し、二郎次にわがために杯を挙げかくて二人ひとしく高く杯を月光にかざしてわが倶楽部クラブの万歳を祝しぬ。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
すぐそこの仕切り板の陰で、おかみの使っている女中が二人、二つの大きなサモワールや、おかみの台所から運んできた菓子、酒肴しゅこうなどを盛った皿や、鉢や、酒びんなどのまわりを立ち働いていた。
おでんで飲む向きもあるが、これは他に適当な酒肴しゅこうがない場合だ。
鮪を食う話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
用意の酒肴しゅこうをもってお迎えしたところ、それを再三辞退されて
女中が、酒肴しゅこうを運んできた。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
金之助は摺足すりあしではいった。毛氈もうせんを敷いて、酒肴しゅこうの膳を前に民部康継が坐っていた。金之助は思わずあっと云ってそこへ手をおろした。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
黒の頭巾に黒羽二重の小袖、沈鬱な面を俯向け勝ちに、酒肴しゅこうを取っても、それには手を触れずじっと身を石のように、居ずくまっていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
舟には酒肴しゅこうが出してあったが、一々どの舟へも、主人側のものを配ると云うような、細かい計画はしてなかったのか、世話を焼いてさかずきすすめるものもない。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今夜の祝儀の酒肴しゅこう類、それからまた縫わせる間のなかった衣服地のいろいろを巻いたままで入れ、幾つもの懸子かけごへ分けて納めた箱を弁の所へ持たせてよこした。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
明朝あすは、江戸へはいろうというのだから、今夜は安着の前祝い……若殿源三郎から酒肴しゅこうがおりて、どうせ夜あかしとばかり、一同、呑めや唄えと無礼講の最中だ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
酒肴しゅこうを携えてここに遊び、終日歓を尽くし、帰るに臨んでしもべに一包みを与え、借料の礼なりといい
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
乙「黙れ、不礼至極なことを云うな、御馳走なんて、てまえ酒肴しゅこうを振舞って貰いたいから立腹致したと心得てるか、振舞って貰いたい下心でおこってる次第じゃアなえぞ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
座敷のすみには夜をふかして楽しんだらしい酒肴しゅこうの残りがえたようにかためて置いてあった。例のシナかばんだけはちゃんとじょうがおりて床の間のすみに片づけられていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
門弟が運んで来た、酒肴しゅこう——といっても、どんぶりに、つくだ煮をほうり込んだのに銚子ちょうし——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そこには黄昏たそがれが漂っていた。その中で、ひとりぼんやり、玉目トキが酒肴しゅこうの番をしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「お前はなにもいわずにいた方がいい。それから特に酒肴しゅこうの用意もした方がよかろう。」
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
同伴の書生達は、別間に酒肴しゅこうの用意が出来ているというので、その方へつれられて行った。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
仲間十人おのおの金子きんす十両と酒肴しゅこうを携え、徳兵衛の家を訪れ、一升ますを出させて、それに順々に十両ずつばらりばらりと投げ入れて百両、顔役のひとりは福の神のごとく陽気に笑い、徳兵衛さん
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
高家こうけといわるるも、みな干戈かんかを枕とし甲冑かっちゅうを寝巻にし、寒夜も山野に起臥きがし暑日も道路に奔走し、酒肴しゅこうに飽くこともなく朝夕雑飯に糠汁にてくらし、一生身体を労苦し、はては畳の上の死まれなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
忽ちそこへ見る目もさらに涼しい幾品かの酒肴しゅこうを運びました。