這出はいだ)” の例文
かすみせきには返りざきの桜が一面、陽気はづれの暖かさに、冬籠ふゆごもりの長隠居、炬燵こたつから這出はいだしたものと見える。往来おうらい人立ひとだちだ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
即ち印象派以後、ゴーグ、セザンヌ、立体派、野獣派等正に壮大にして衰弱せる老舗の下敷から這出はいだした処の勇ましき野蛮人の群であった。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
戸の透間すきまも明るく成った。一番早く眼をさますものは子供で、まだ母親が知らずに眠っている間に、最早もう床の中から這出はいだした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
地獄変相図の世界国ノアの洪水、ソファの下から這出はいだした蜘蛛蟹くもがにのお化け。つや苦しや、通風の悪い残暑の人いきれ。
二科狂想行進曲 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日光の縞がまだらにこぼれて、深山竜胆の鮮かな紫を染める時になると、蜥蜴はどこからかそろそろと這出はいだして来て、きまったように或る一本の花蔭に身を落着ける。
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
試験して見れば必ず失望するにきまってる事ですら、最後の失望をみずから事実の上に受取るまでは承知出来んものである。吾輩はたまらなくなって台所へ這出はいだした。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鶴さんはそれでも落着いたもので、そっと書かけの手紙を床の下へ押込もうとしたが、同時に、お島の手は傍にあった折鞄をさらっていくためにひじまで這出はいだして来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「やっぱり猿よ。きっと東印度水夫ラスカアの屋根裏から這出はいだして、このあかりにひかれてここへ来たのよ。」
但しもとより夢にては無之これなき事に候間、とかくする中、東の空白みかゝりねぐらを離るゝからすの声も聞え候ほどに、すこしは安心致し草むらの中より這出はいだし、崖下へ落ち候二人の侍
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、這出はいだす。あし引摺ひきずりながら力の脱けた手で動かぬ体を動かして行く。死骸はわずか一間と隔てぬ所に在るのだけれど、その一間が時に取っては十里よりも……遠いのではないが、難儀だ。
「ほう、床に転がっているこの丸太ん棒が邪魔じゃまをしているから、檻が床までぴったり下らないのだ。これは天のたすけだ。一彦君、君は小さいから、この檻と床との隙間をくぐって檻から這出はいだしてごらん」
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
中引なかびけ過ぎにッと這出はいだして行って湯殿口でざっくり膝を切って、それがもとで亡くなったのも、おめえ、剃刀がそこに落ッこちていたんだそうさ。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
亭主と連立って、私達は小屋の周囲まわりにある玉菜畠、葱畠、菊畠などの間を見て廻った。大根乾した下の箱の中から、家鴨あひるが二羽ばかり這出はいだした。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あらゆる伝統と絵の組織の下敷から這出はいだす事が肝要であり、知りつくした事を忘却せんとする処に新技法の必然的な意味が存在するのであるけれども
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
葉末からしたたり落ちる露がこの死んだような自然に一脈生動の気を通わせるのである。ひきがえるが這出はいだして来るのもこの大きな単調を破るに十分である。
夕凪と夕風 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
深川の堀割の夜深よふけ、石置場のかげから這出はいだす辻君にも等しい水転みずてんの身の浅間あさましさを愛するのである。悪病をつつむくさりし肉の上に、ただれたその心の悲しみを休ませるのである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
赤鏽あかさびの浮いた水には妙に無気味な感覚があって、どこかの草むらから錦の色をした蛇でも這出はいだしそうな気がした。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
実際、それが事実であったから仕方ない。何物にも換えられなかった楽しい結婚のしとね、そこから老い行く生命いのちむような可恐おそろしい虫が這出はいだそうとは……
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人形使 はッこれは——弘法様の独鈷とっこのように輝きます。勿体もったいない。(這出はいだして、画家の金口から吸いつける)
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
カチリと電燈をじる響と共に、きいろい光が唐紙からかみの隙間にさす。先生はのそのそ置炬燵から次の間へ這出はいだして有合ありあ長煙管ながギセルで二、三ぷく煙草を吸いつつ、余念もなくお妾の化粧する様子を眺めた。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うちの床下からノソノソ這出はいだして、やがて木犀の蔭に寝た。そのうちに、暮れかかって来た。あまり子供等の帰りが遅いと思って、私は門の外へ出て見た。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
戸籍しらべのおまわり様にゃ、這出はいだしてお辞儀をして、名前のわき生年月うまれねんげつ、日までを書いてある親仁だけれど、この山路に対したって、黙っちゃ引込ひっこまれねえんだ。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
男は夜具から這出はいだして
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一旦いったん蚊帳の内へ入って見たが、復た這出はいだした。夜中過と思われる頃まで、一枚ばかり開けた戸に倚凭よりかかっていた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わっし猿坊えてんぼのように、ちょろりと影をうねって這出はいだして、そこに震えて立っている、お道姉さんの手に合鍵をおッつけた。早く早く、と口じゃあ言わねえが、袖を突いた。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は一旦いったん入った臥床とこから復た這出はいだして、蚊帳かやの外で煙草をふかし始めた。お仙も眠れないと見えて起きて来た。豊世も起きて来た。三人は縁側のところへ煙草盆を持出した。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人の中を這出はいだして、片息になっておめえ、本尊の前へにじり出て、台に乗っけて小さな堂を据えてよ、にしきとばりを棒のさきで上げたり下げたりして、その度にわッとうならせちゃあ
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして袋の口をほどくと、にょろにょろと這出はいだすのが、きっと一度、目の前でとぐろを巻いて、首をもたげて、その人間の顔をじって、それから横穴へ入って隠れるって言います。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
橋本の伯母と聞いて、お倉は古びたすだれの影から這出はいだした。毎年のようにお倉は脚気かっけわずらうので、その夏もたり起きたりして、二人の娘を相手にわびしい女暮しをしているのである。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
つかつかと行くと、すさまじい虫のうなり、やがて取って返した左の手に熊蜂が七ツ八ツ、羽ばたきをするのがある、あしを振うのがある、中には掴んだ指のまた這出はいだしているのがあった。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
返す気で、在所ありかをおっしゃるからは仔細しさいはない、と坊さんがまた這出はいだして、畳に擦附けるように、耳を澄ます。と水兵の方は、真中まんなかで耳を傾けて、腕組をして立ってなすったっけ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
誰一人ほとんど跫音あしおとを立てなかった処へ、屋根は熱し、天井は蒸して、吹込む風もないのに、かさかさと聞こえるので、九十九折つづらおりの山路へ、一人、しの、熊笹を分けて、嬰子あかご這出はいだしたほど
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たとい這出はいだしたところでぬらぬらとやられてはおよそ五分間ぐらい尾を出すまでにがあろうと思う長虫と見えたので、やむことをえずわしまたぎ越した、とたんに下腹したっぱら突張つッぱってぞッと身の毛
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
のそのそ、のそのそ、一面の南瓜の蔭から這出はいだしたものは蝦蟇がまである。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)