へだた)” の例文
ユフカ村から四五露里へだたっている部落——C附近をカーキ色の外皮を纏った小人のような小さい兵士達が散兵線を張って進んでいた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
わが子でありながら超越のへだたりが感じられる福慈の神は、白の祭装で、楉机しもとづくえ百取ももとり机代つくえしろを載せたものを捧げ、運び行くのが見える。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
同日は室堂むろどうより別山をえ、別山の北麓で渓をへだたる一里半ばかりの劍沢を称するところで幕営し、翌十三日午前四時同地を出発しましたが
越中劍岳先登記 (新字新仮名) / 柴崎芳太郎(著)
東海岸と西海岸とはいくらもへだたっていないけれども、文化発達の経路が違うために言葉や住民の構成などが異なっているのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と、英夫の立っている扉の前から、鍵の手に曲った、ほんの二十歩とはへだたらない箱の隙間から、あわてて引っこんで行ったものがある。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼らの性質はもとより相い同じからず、その年齢も相へだたる二十年。弟子は卒直に過ぎるほど卒直なり、先生は荘重に失するほど荘重なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
その相互の距離は、勿論、後になってから分ったことではあるが、両軍の先鋒と先鋒、わずか十町ほどしかへだたっていなかったのである。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
玉屋金兵衛の大名屋敷ほどの家と、古道具屋与次郎の小さい汚い店は半丁とも離れておりませんが、なるほど提灯と釣鐘以上のへだたりです。
娘の姿は、次第に橋をへだたって、大きく三日月なりに、音羽の方から庚申塚こうしんづかへ通う三ツ角へ出たが、曲って孰方いずかたへも行かんとせず。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人は眼を合せて合図のように頭を下げ合ったが、下流に向う筒井の渡舟は俄然がぜんとして舟脚ふなあしを流れにまかせて、もう、かなりへだたって行った。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
今をへだたること約四十年前、即ち一八七四年に、英人ジョージ・スミスがニネベおよびバビロンの遺址を発掘して数多の粘土板の記録を得たが
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
まして容貌の衰えに就ての悲哀というようなものは、同じものが男の生活にあるにしても、男女の有り方には甚だ大きなへだたりがあると思われる。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
この山とあの山とのへだたりの感じは、さかいの線をこういう曲線で力強くかきさえすれば、きっといいに違いない、そんな事を一心に思い込んでしまう。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
舞台は文学に遅れること二十年と相場がきまつてをります、が日本ではそれほどのへだたりがなくてすむかも知れません。
日本の新劇 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
竹丸は千代松に連れられて村から一里あまりへだたつた小ひさな町まで、水の美しい山川に添ひつゝ歩いて、其處から人力車じんりきで五里の道を大阪へ行つた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
白木の寝棺をへだたること、ほぼ一間のところで、立ちどまって、うかがっているのは、その寝息を見るもののようです。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼れがいたという城は伊祖城といって、今もなお残っているが、浦添城をへだたること十町ばかりの山脈つづきで、しかかれこれとがその両端をなしている。
浦添考 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
駿河守の下屋敷は森帯刀家の下屋敷と半町あまりへだたった同じ根岸の稲荷小路いなりこうじにあったが、そこには愛妾のお石の方と、二人のご子息とが住居すまいしていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あ、危ねえ。」と車夫の叫んだは十間もへだたつた後である。そして、暫時車を停めて汗を拭いた。車上には軽い服を着た貴婦人が二人、振向きもしない。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
時に一の旅人ありて我をへだたること數歩の處に立ち、手簿しゆぼりて導者の言を記せり、年の頃は三十ばかりなるべし。胸には拿破里ナポリの勳章二つを懸けたり。
山の幹部連中は前の晩から十何里へだたった汽車の着く町迄出迎でむかえに出かけて居る、留守は上飯台の連中が、取片付けに吾々を追廻し乍らも、口では夫れとなく
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
地球から四千六百八十キロへだたったところに、地球と月との重心じゅうしんがあるが、この重心をやや通りすぎるに足るくらいのエネルギーを人工竜巻に与えることにより
御史、建文帝は洪武こうぶ十年に生れたまいて、正統せいとう五年をへだたる六十四歳なるを以て、何ぞ九十歳なるを得んとて之を疑い、ようやく詰問して遂にそのなるを断ず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
洞穴から一里ばかりもへだたった処に、一箇の飛行船があって、その側で二箇ふたりの人が何か頻りに立働いている。
月世界競争探検 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
本船とはしけへだたりは一瞬ごとにちぢめられた。運用士官が高いところで何かどなっていた。水夫どもが駈けまわっていた。機関の音が底の方からとどろいて来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
これをかの活動写真が、実に涙の流れている実況までも、大映しにして見せる丁寧な写実主義と比較すれば、東西地球のあいへだたること、正に煙外三万里の感がある。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
簡單に云へば、親類と認められ、彼と一つ屋根の下に住んでゐ乍ら、私は彼が私を一人の村の學校の女教師として知つてゐたときより以上のへだたりを彼との間に感じた。
しかして、その第一回の海牙ハーグの平和議会をへだたわずかに九年の後には、日露の戦争が起ったのである。これも日本から言えば、平和を破ったということの責任は決してない。
平和事業の将来 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
本書はかつて『世界童話大系』の中に収められたものの改訂版であるが、訳者の微力と不注意とから依然として完璧をへだたること遠いのは原著者に対して申しわけのない次第。
『グリム童話集』序 (新字新仮名) / 金田鬼一(著)
叔父の店は、今までいた貧民窟から半里ばかりへだたったF市の中央まんなかの株式取引所の前にあった。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
汽車はサクラメントの大河に沿うて走る、川の底には、堅い凝灰岩などが露出しているが、シャスタをへだたること、五十マイル位のところから、熔岩が、両岸に段丘テレースを作っている。
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
毎夜のように彼の坐る窓辺、その誘惑——病鬱や生活の苦渋が鎮められ、あるへだたりをおいて眺められるものとなる心の不思議が、ここの高い欅の梢にも感じられるのだった。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
人類創成の昔から今まで、人間の力というものが全く加わっていないこの秘境で、スタインはあらゆる時のへだたりを忘れて、身近かに玄奘やマルコ・ポーロのいぶきを感じた。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
書物なんか盗まれても痛痒つうようを感ぜぬ輩が多く、従って社会の書籍に対する良心が、掠奪結婚を是認する時代、待合を議会と心得る時代の良心と相へだたる事遠くないからだと思う。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
そうかと思うと、二町ほどもへだたった所から、まるで風のような荒い声で、何か面白そうにその老爺に話しかけている者などもあった。空には赤とんぼの群がちらちら飛んでいた。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
思うに、我国では、自然の増殖力の半ば以上は発揮させられておらないが、しかも国が適当に養い得る以上の子供がいる、というのは、真をへだたる極めて遠いものではないであろう。
すると淵の向う岸に八十吉がたつたひとり浅瀬のところで何かしてゐるのが見えた。向う岸と云ふと童らの居るところからは平らな光つてゐる水面を中に置いて可なりのへだたりがある。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
三間もへだたると音ばっかりしていて人影を見ることが出来ない、間もなく樹竹の絶えた小平坦に出た、陸地測量部の三角点の礎石があった、ここは観測の折に樹竹を刈り取ったらしい
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
また、ある晩は、ちゃんと、適当のへだたりを置いて、へいかどに陣取っている夢を見た。その結果、なんにも知らずに、眠ったまま、敷布しきふの中へしてしまったのである。彼は眼をさました。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
水夫は、うなずいたが、しかし、怪老人の姿をおもいうかべると、ぞっとした。果して亡霊だろうか、仮面の怪人物か。そのなぞの解けぬうちに、虎丸は、僕等とは、可成りへだたってしまった。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
漁師は自慢らしく運転を始めたが、その時已に両船の間には、三丁程のへだたりが出来ていた。しかも、先のボートは、丁度岬の様に突出た陸地の蔭に隠れて、一時見えなくなってしまった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二三じやくへだたつたえだうへすわつてるのをて、すくなからずおどろかされました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
東京を西にへだたること僅かに三十里、今もなお昔のままの里はあるのだ。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
今この列車の停っている位置は甲南女学校を東北にへだたること僅々きんきん半丁程の地点であることは明かであり、従って、此処ここから目的の洋裁学院へは、平日ならば数分を出でずして到達出来る訳であった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
身分にへだたりのある男女の恋が、非常に危険性を帯びて居るのも、許されないものに対する、欲求の猛烈さを語るものでは無いでしょうか。
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
思想も——といいたいが、柳沢吉保とても、皇室、国家、というものにたいしてだけは、そう光圀とへだたりのあるわけはない。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
藤村と小説とはへだたりがあつて、彼の分りにくい文章といふものはこの距離をごまかすための小手先の悪戦苦闘で魂の悪戦苦闘といふものではない。
デカダン文学論 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
と、玄竹げんちく無遠慮ぶゑんりよに、まるあたま但馬守たじまのかみまへしてせた。たゝみまいほどへだたつてはゐるが、但馬守たじまのかみするどは、玄竹げんちくあたま剃刀創かみそりきずをすつかりかぞへて
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
目指す故郷はいつの間にかはるかへだたってしまい、そして私は屡〻つまずいたけれども、それでも動乱に動乱を重ねながらそろそろと故郷の方へと帰って行った。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
日比野の家は、この町内で子供達が遊び場所にしている井戸の外柵の真向いで、井戸より五六軒へだたったお涌の家からはざっと筋向うといえる位置にあった。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)