贔屓ひいき)” の例文
アーティストの評価は、奇をてらうことを避けて、有識者、具眼者の説に聴従しても大した間違いはあるまいと思う。贔屓ひいき贔屓は別だ。
いったいひとり荒岩に限らず、国見山でも逆鉾さかほこでもどこか錦絵にしきえの相撲に近い、男ぶりの人にすぐれた相撲はことごとく僕の贔屓ひいきだった。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
身に覚えはありませんが、わたくしの身に濡衣ぬれぎぬがかかるわけは存じております。……千住三丁目の大桝屋さんはわたしの永のご贔屓ひいき
顎十郎捕物帳:22 小鰭の鮨 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「そうだのう。たった一人で、津軽二十七万石を向うへ廻しての大働きだ。俺あ、当節、贔屓ひいきにしているのは、一に大作、二に梅幸」
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
あるいは藍微塵あいみじんあわせ格子こうし単衣ひとえ、豆絞りの手ぬぐいというこしらえで、贔屓ひいき役者が美しいならずものにふんしながら舞台に登る時は
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
馬道うまみちに祖父の贔屓ひいきにしている鮨屋すしやがあったところから、よく助ちゃんに頼んで稽古にくるついでに買ってきてもらったりしていた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
「監督職なんて位置は二流か三流かの人物で充分ですからね。そんなところにブルツクスを推薦するのは、贔屓ひいきの引倒しですよ。」
この社会ではもう読書なんかはすたっています。ただ音楽だけが贔屓ひいきにされています。音楽は文学の失寵しっちょうにかえって利を得た形です。
さいぜんは面白半分に、米友とムクとに向って石や瓦を投げつけていた連中が、いつしか米友とムクとの贔屓ひいきになって声援をする。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
美貌びぼうの直助は美貌の客をたちまち贔屓ひいきにした。若い画家が訪ねて来ると、「えへん/\」とうれしさうに笑ひながら、饗応きょうおうの手伝をした。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「あのお方が俺達を贔屓ひいきにしている、——と云うことが知れているので、俺ら相当悪事をしても、おかみでは目こぼし手加減をしてくれる」
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
不断、皆様みなさんで可愛がってくれますし、お夏さんも贔屓ひいきにして下すったもんだから、すぐにその何でさ、二階の座敷へ上りました。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一文二文の投げ銭でも、贔屓ひいきとあって下さる物ならありがてえが、おまはんみたいな野暮天やぼてんの袂クソなんざ、くれるといってもお断りだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
如何に理窟ずきの躬恒でも斯様かような説を聞いたらさぞかし困り可申候。屑屋が躬恒の弁護などするは贔屓ひいきの引倒しにや候べき。(三月二十四日)
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
水戸がこの家へ下宿するようになったのも、この三平がすすめたものであって、どういうわけかサンノム老人を贔屓ひいきにしていた。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
「わたくしはまだ新参のほうですし、勤めには順がありますから、いくら殿さまの御贔屓ひいきでも、絶えずお側にいるわけにはまいりませんわ」
ああした売女の役をふられた八重子自身が贔屓ひいきの観客へ対しての弁明のように響いて、あの芝居にそぐわないような気がした。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
先口せんくちだから、もう少しこっちを贔屓ひいきにしたら好かろうと思うくらいであった。——これで見ると人間の虚栄心はどこまでも抜けないものだ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そやけど、お京はんは、聯合組の親分衆や、会社のえら方に贔屓ひいきにして貰わんならんよってに、いっぺん逢うてもろとくが、ええのやがな」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
贔屓ひいきになし富澤町古着渡世甲州屋とて身代しんだい可成かなりなる家へ入夫いりむこの世話致されたり其後吉兵衞夫婦の中に男子二人を儲け兄を吉之助と名付弟を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
仔細に資料を吟味したら、少し贔屓ひいき目に資料を解釈してある点もあるだろうが、結論に本質的な変更をみるようなことはないものと思われる。
動力革命と日本の科学者 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
賭けたがること、相場が好き、ボロ株が好き、おまけに、角力すもうが好きで光風てるかぜ贔屓ひいきであった。しかし、それも考えれば理由のないこともない。
一週一夜物語 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ただしこれは当時作者が自家の体面ていめんをいたわって、贔屓ひいきにしている富士田千蔵ふじたせんぞうの名で公にしたのだが、今ははばかるには及ぶまい。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いいえ、左様ではござりませぬ。手前風情ふぜいがご贔屓ひいき頂いておりますさえも身の冥加みょうが、そのうえ直き直きにあのようなお扱いを
泉鏡花さんや鏑木かぶらぎ清方さんなどは今でも贔屓ひいきにしておられるそうで、鏡花の句、清方の絵、両氏合作の暖簾のれんが室内屋台の上に吊るされている。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
うまい、皆うまい、なかでもルミ(次女の名)がうまかった、とやはり次女を贔屓ひいきした。けれども、と酔眼を見ひらき意外の抗議を提出した。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「せっかくあたしを贔屓ひいきにして下さるのに、そんなことを言って、気まずい思いをさせる勇気はあたしにはないんですもの」
「いや、まるで他人事ひとごとのように考えているからさ。相撲だって贔屓ひいきなら、もっと心配する。君は僕のことなんか何うなっても宜いんだろう?」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
なんでもあの人があの役所に勤めているもんだから、芝居へ買われる時に、あの人に贔屓ひいきをしてもらおうと思うのらしいわ。
通人つうじんが少なくなったのだろう」と、半七も笑った。「おめえなら知っているだろうが、伊勢屋に贔屓ひいきの相撲があるかえ」
半七捕物帳:67 薄雲の碁盤 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
殿様も贔屓ひいきの孝助だから上げましょうと相談が出来まして、相川は帰りましたのですよ、そうして、今日は相川で結納の取交とりかわせになるのですとさ
見ると、その中の一頭は彼の知っている、そして彼のもっとも贔屓ひいきにしているタカムラという隣村の地主の持馬だった。
競馬 (新字新仮名) / 犬田卯(著)
奔走する者らや贔屓ひいきの者らに、彼らを喜ばすことを知れるすべての若き者らに、司教の位を得るに至るまでの間にまず
『馬琴日記しょう』の跋文ばつぶんにも、馬琴に向って、君の真価は動かない、君の永遠なる生命は依然としている、としています。つまり贔屓ひいきなのでしょう。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
松雪院は今まで何となく餘所々々よそ/\しかった夫の態度が、此の飄逸ひょういつな坊主のおかげで確かに打ち解けて来たように感じ、ひとしお道阿弥を贔屓ひいきにした。
呑んだくれの禿頭とくとう詩人を贔屓ひいきにして可愛がる一方に、当時、十九か十八位の青年進士呉青秀に命じて、あまねく天下の名勝をスケッチして廻らせた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それはいずれしても教育はあるし家柄はよし、人によってはかえってこの方を好むものだ、などと贔屓ひいきの考えもしてみた。
縁談 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
馬琴の作が考証精覈せいかくで歴史上または地理上の調査が行届いてるなぞと感服するのは贔屓ひいきの引倒しで、馬琴に取ってはこの上もない難有ありがた迷惑であろう。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
だから自分は憲兵も肉屋も学者も文士も青年も、べつだん贔屓ひいきにしてはやらない。制服やレッテルは偏見だと思う。
五代目菊五郎が贔屓ひいきで大の仲よし、そのほか劇壇や芸界で翁の息のかかった連中は尠なくない。円朝や九女八などは就中その筆頭で、常に翁を相談相手。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
酒好きな雪枝は贔屓ひいきにしている料亭から料理を取り、酔いがまわって来るにつれて、話がはずみ馴染なじみの芸者をかけたりして、独りで朗らかになっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
桃川如燕にょえん、桂三木助、五代目小さん君らみなひと方ならない贔屓ひいきになり、その社会にたずさわる私もまた自然と御懇意を願うようになったその余恵である。
艶色落語講談鑑賞 (新字新仮名) / 正岡容(著)
茶屋は揃って、二階に役者紋ぢらしの幕を張り、提灯ちょうちんをさげ、店前みせさきには、贔屓ひいきから役者へ贈物の台をならべた。
贔屓ひいきのお客の身の上を、しらべておるひまはござりませぬ——そのお人が、どんな素姓すじょうか、ちっとも存じませんので——何しろ、多く御贔屓をいただいて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
相撲を贔屓ひいきにするとか云うのが江戸普通の風俗で、大童も大藩の留守居だから随分ずいぶん金廻わりもかったろうと思われるに、絶えてそんな馬鹿な遊びをせず
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
鹿野武左衛門しかのぶざえもんの『鹿しか巻筆まきふで』(巻三、第三話)に、堺町さかいちょうの芝居で馬の脚になった男が贔屓ひいきの歓呼に答えて「いゝん/\といいながらぶたいうちをはねまわつた」
駒のいななき (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
ヨウさんは稽古の日といえば欠さず四時半ごろに会社からおかかえの自動車でけつけ稽古をすますとそのままわたしを引留め贔屓ひいきの芸者を呼んで晩餐ばんさん馳走ちそうした。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
贔屓ひいき役者と遊ぶことも出来るし、贅を尽した身装を競争することも出来るという特権を味ったのであった。
私たちの建設 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私は武者で好きだったのは始めは八幡太郎であったが、少し年を経てから木曾義仲が大変に贔屓ひいきになった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
あまり可愛がるので、「林先生は田原さんばかり贔屓ひいきにしている」などと生徒から言われたこともあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)