莨入たばこいれ)” の例文
落した大事な莨入たばこいれを、田町の自身番からの差紙で、取りに来いといわれた時でさえ、病気と偽って弟子の秀麿を代りにやったくらい。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
何と気を変えたか、宗匠、今夜は大いにいなって、印半纏しるしばんてんに三尺帯、但し繻珍しゅちん莨入たばこいれ象牙ぞうげの筒で、内々そのお人品ひとがらな処を見せてござる。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生麻の帷子の着ながしで、脇差だけ差した腰に、高価な莨入たばこいれが揺れていた。見たところ彼はすべてに満足した隠居というふうだ。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
闇太郎、殆ど、押ッ取り刀で、取りかこんで、め下ろしている若侍たちの中で、平気で腰をさぐって、莨入たばこいれを取りだすと
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ウフ……両掛りやうがけ莨入たばこいれつてつても、肝心かんじん胴巻どうまきを忘れてきやアがつた、なんでも百りやうからるやうだぜ、妻「うも本当に奇妙きめうだね、主「おやまたかへんなすつた。 ...
(和)茗荷 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そうか」そして考えついてかます莨入たばこいれからの櫛を出して、「此の櫛なら、いくらか貸すだろう」
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
酔った辰爺さんは煙管と莨入たばこいれを両手に提げながら、小さな体をやおら起して、相撲が四股しこを踏む様に前を明けはたげ、「のら番は何しとるだんべ。のら番を呼んでう」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
刻昆布きざみこんぶ」「ちやんぬりの油土器あぶらがわらけ」「しぼみ形の莨入たばこいれほかの人のせぬ事」で三万両を儲けた話には「いかにはんじやうの所なればとて常のはたらきにて長者には成がたし」
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
たとえばその昔女郎の足にまとわって居た下駄だとか、或いは高家の隠居が愛用して居た莨入たばこいれだとか、そういったトリヴィアルなものに、特殊な床しい美が発見されるのです。
幼き頃の想い出 (新字新仮名) / 上村松園(著)
紙入かみいれ莨入たばこいれなどに細工を込め、そのほかの品にも右に准じ、金襴きんらんモールの類に至るまで異風を好み、その分限ぶんげんわきまえず、ゼイタク屋などと家号を唱え候者これ有るよう相聞え
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
紙入かみいれにするとか莨入たばこいれにするとか云うようなソンナ珍らしい品物を、八畳も十畳も恐ろしい広い処に敷詰めてあって、その上を靴で歩くとは、扨々さてさて途方もない事だと実に驚いた。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
吉川は少し意外そうな顔をして、今まで使っていた食後の小楊子こようじを口から吐き出した。それから内隠袋うちがくしさぐって莨入たばこいれを取り出そうとした。津田はすぐ灰皿の上にあった燐寸マッチった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小さい毛糸の靴下が、伸した手にひっかかった——白梅しらうめの入った莨入たばこいれの代りに。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
妻女の出す紙入、懐紙、莨入たばこいれなどを、きちっと、襟元えりもとの緊まった懐中ふところに収めて
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると一人の老人が、すぐうしろに腰を掛けて、私などは眼にもはいらないといったような顔つきで、古風な莨入たばこいれを腰から抜くところであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「ざまあ見やがれ、」とふてをいて、忘れずに莨入たばこいれを取って差し、生白なまっちろい足を大跨おおまたにふいと立って出ようとする。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はー、わたし彼奴あいつが取りにた時びつくりしましたよ、だけれども莨入たばこいれを忘れてつたよ。主「だからよ、不思議ふしぎぢやねえか。客「おい御亭主ごていしゆ。主「おやおかへりなさい。 ...
(和)茗荷 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
外に、金襴きんらんの帯——師匠菊之丞へは、黄金きん彫りの金具、黄金ぎせるの、南蛮更紗なんばんさらさ莨入たばこいれ——ほかに、幕の内外、座中一たいに、一人残らず目録の祝儀という、豪勢な行き渡りだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「おっと師匠、莨入たばこいれが落ちやす」
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
すると一人の老人が、すぐうしろに腰を掛けて、私などはにもはいらないといったような顔つきで、古風な莨入たばこいれを腰から抜くところであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と見ると、処々ところどころむしろを敷き、わらつかね、あるいは紙を伸べ、布を拡げて仕切った上へ、四角、三角、菱形ひしがたのもの、丸いもの。紙入がある、莨入たばこいれがある、時計がある。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
茶見世を出したら茶代は沢山たんと取る方が宜しゅうございます、料理屋なら料理を無闇に売るのが徳で、由兵衞なぞは莨入たばこいれなら少々ぐらい破れて居ても売って仕舞います
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
男はおせんに水を取らせて足を洗い、ぬいだ草鞋わらじと足袋を外へ干してから上へあがって莨入たばこいれをとり出した。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
アノ今ね、田圃たんぼへ出て一ぷくやらうと思つていた、莨入たばこいれを忘れて出かけたのを…………。主「ヘイ、成程なるほど此品このしな御座ございますか。客「ウム、これさへあれば大丈夫だ。 ...
(和)茗荷 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
つかつかとちかづいた、三尺帯を尻下りに結んで、両提りょうさげ莨入たばこいれをぶらりと、坊主天窓あたま親仁おやじが一名。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若いころは莨入たばこいれの前金具だとかキセル、かんざしなどに素彫をするのが得意で、いちじは相当に名も知られたが、現在ではそういう品を使う者が稀になり、高級なコンパクト、帯留、簪
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
へい、なに御用ごようで。姫「これはおまへ莨入たばこいれだらう。「へい、これうも有難ありがたぞんじます。姫「誠に粗忽そこつだノ、已後いごつきや。「へいおそりました。どつちがお客だかわけわかりませぬ。 ...
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
と二人は一所に挨拶をして、上段の間を出てきまする、親仁おやじ両提りょうさげ莨入たばこいれをぶら提げながら、克明に禿頭はげあたまをちゃんと据えて、てくてくと敷居を越えて、廊下へ出逢頭であいがしら、わッと云う騒動さわぎ
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
男は三之助と斜交はすかいに坐った。それから莨入たばこいれ燧袋ひうちぶくろを出して、煙草を吸いつけた。
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
へい/\有難ありがたぞうじます、何卒どうぞ頂戴致ちやうだいいたしたいもので。姫「少々せう/\ひかへてや。「へい。あはてゝ一ぱい掻込かつこみ、何分なにぶん窮屈きうくつたまらぬからあはつて飛出とびだしたが、あま取急とりいそいだので莨入たばこいれ置忘おきわすれました。 ...
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
年上のほうが莨入たばこいれ燧袋ひうちを出し、なたまめきせるでゆうゆうと一服つけた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
士「これ/\亭主、其の袂持たもともち莨入たばこいれを見せろ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
……次に梅川から持って来た包をひらいた、つむぎのこまかい縞の単衣ひとえに、葛織くずおりの焦茶色無地の角帯かくおび印籠いんろう莨入たばこいれ印伝革いんでんがわの紙入、燧袋ひうち、小菊の紙、白足袋に雪駄せった、そして宗匠頭巾そうしょうずきんなどをそこへ並べた。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)