草葺くさぶき)” の例文
行先ゆくてにあたる村落も形をあらはして、草葺くさぶきの屋根からは煙の立ち登る光景さまも見えた。霧の眺めは、今、おもしろく晴れて行くのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ようやく小さな流れに出た。流れに沿うて、腰硝子の障子など立てた瀟洒しょうしゃとした草葺くさぶきの小家がある。ドウダンが美しく紅葉して居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その家の鳥瞰ちょうかん写真が、紙面一パイに掲載されることになったが、その写真をよく見ると、それは明らかに日本人が建てたらしい草葺くさぶき小舎で
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
寺の男共はたらいを冠って水桶を提げて消して廻った。村で二三軒小火ぼやを起した家もあった。草葺くさぶき屋根にも出来るだけ水をいた。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
くわえると、大概は山へ飛ぶから間違まちがいはないのだが、怪我けがに屋根へ落すと、草葺くさぶきが多いから過失あやまちをしでかすことがある。樹島は心得て吹消した。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二、三年前の大火以後、町の家は板屋葺いたやぶきになったが、その以前は、草葺くさぶき屋根がおおかたであった。弥次兵衛やじべえは往来に向った方だけ、瓦で葺いたので
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
現今いまではそれがつたといふのは、一おそうた暴風ばうふうために、あつ草葺くさぶき念佛寮ねんぶつれうはごつしやりとつぶされた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ああ、こんな晩には、何処でもいい、しつとりとした草葺くさぶきの田舎家のなかで、暗い赤いランプの陰で、手も足も思ふ存分に延ばして、前後も忘れる深い眠に陥入つて見たい」
いくつかの砂丘の間をくぐり抜け、それとなく漂う人間のにおいが本能のように彼を導くのだ。野にあがれば、焚火たきびれる草葺くさぶき小屋が見えて来る。音もなく声もなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
草葺くさぶき屋根の家にからんでいるひさごの蔓の末が、離れて虚空こくうにある場合を捉えたものであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
本館の裏手に草葺くさぶきの家がある。この家は武州高尾山の妙音谷にあった居士の草庵そうあんをそっくりそのままこの地に移したもので、当時村木さんが住んでいた。耕書堂というのがあった。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
果して半畝位の庭があって、細かな草が毛氈もうせんを敷いたように生え、そこのこみちには楊柳やなぎの花が米粒をいたように散っていた。そこに草葺くさぶきの三本柱のあずまやがあって、花の木が枝を交えていた。
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
見える、見える、草葺くさぶきの漁師の家が、海はすぐ前だ。一面に今日は光っている。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
風もなく、日は、山地やまぢに照り付けて何処からともなく蝉の声が聞えて来る。夏蜜柑の皮を剥きながら、此の草葺くさぶき小屋の内を見廻した。年増の女が、たゞ独り、彼方で後向になって針仕事をしていた。
舞子より須磨へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
草葺くさぶきの小屋の前や、桑畠くわばたけの多い石垣の側なぞに、そういう娘が立っているさまは、いかにも荒い土地の生活を思わせる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やぶれた草葺くさぶきいへをゆさぶつて西風にしかぜがごうつとちつけてときには火鉢ひばちおきはまだしろはひかはかぶつてあたゝかゝつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
平河天神ひらかわてんじんと背なか合せに、森を負っている屋敷だった。旧家の草葺くさぶき屋根へ、新しい講堂や玄関を継ぎ建てて、小幡勘兵衛景憲かげのりは、軍学の門人を取っていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先ず鉄道線路を踏切って、伏古古潭ふしここたんの教授所を見る。代用小学校である。かたの如き草葺くさぶきの小屋、子供は最早帰って、田村たむら恰人まさとと云う五十余の先生が一人居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
御堂おどうは申すまでもありません、下の仮庵室かりあんじつなども至極しごくそのすずしいので、ほんの草葺くさぶきでありますが、と御帰りがけにお立寄たちより、御休息なさいまし。木葉きのはくすべて渋茶しぶちゃでも献じましょう。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼らの草葺くさぶき小屋との間には、ナラやヤナギの灌木がつづいていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
草葺くさぶきの屋根を伝う濁った雫が凍るのだから、茶色の長い剣を見るようだ。積りに積る庭の雪は、やがて縁側より高い。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それが、やしろの内ならともかく、一軒の草葺くさぶき屋根を、グルリと取りまいた防風林——その百姓家の庭先で。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある建具はやぶれた此の野中の一つ家と云った様な小さな草葺くさぶきを目がけて日暮れがたから鉄桶てっとうの如く包囲ほういしつゝずうと押寄おしよせて来る武蔵野のさむさ骨身ほねみにしみてあじわった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
仔細しさいに見れば、町というには名ばかりであるが、家々が、木目の白さを競っていた。しかし、官宅の堂々さに比して、東西にくぎる火防線をさかいにした南の町地には、昔のままの草葺くさぶき小屋も雑居していた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
やがて二人は根津の西町の町はづれへ出た。石地蔵の佇立たゝずむあたりは、向町むかひまち——所謂いはゆる穢多町で、草葺くさぶき屋造やねが日あたりの好い傾斜に添ふて不規則に並んで居る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
どこの草葺くさぶき屋根にも、この防風林がつきもので、十ぽう碧落へきらくのほか何ものも見えない平野にあっては、時折、気ちがいのようにやッて来る旋風つむじかぜや、秩父颪ちちぶおろしの通り道のようになっている地形上
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
落葉松からまつの垣で囲われた草葺くさぶき屋根の家が先生の高瀬を連れて行って見せたところだ。近くまで汁粉屋が借りていたとかで、古い穴のあいた襖、すすけた壁、汚れた障子などが眼につく。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そここゝの樹の下に雄雌をすめすの鶏、土を浴びて静息じつとして蹲踞はひつくばつて居るのは、大方羽虫を振ふ為であらう。丁度この林檎畠を隔てゝ、向ふに草葺くさぶきの屋根も見える——あゝ、お妻の生家さとだ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ここに草葺くさぶきの屋根があると言って、それを仏国中部の田舎いなかあたりで見て来た妙に乾燥した空気や、牛羊の多い牧場や、緑葉の間から見える赤い瓦屋根かわらやねの農家なぞに思い比べて行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この地内には、叔父が借りて住むと同じ型の平屋ひらやがまだほかにも二軒あって、その板屋根が庭の樹木を隔てて、高い草葺くさぶき母屋もやと相対していた。植木屋の人達は新茶を造るにせわしい時であった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)