良人おっと)” の例文
結婚式の夜、茶の間で良人おっとは私が堅くなってやっとれてあげた番茶をおいしそうに一口飲んでから、茶碗を膝に置いて云いました。
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
『あの女が良人おっとも知合いも連れずに来てるのなら』とグーロフは胸算用をするのだった、『ひとつ付き合ってみるのも悪くはないな』
この冬のうちに、良人おっとと死別れするなんてこと、考えただけでもゾッとしてしまう。それじゃ、喬子があんまり可哀想過ぎると思う。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
それにもう一つ悲しいことには、わたし達はそのとき、二人とも寡婦やもめになっていました。何方どちらも、良人おっとが戦争に出て戦死したのです。
二人の母親 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
と、僕は言いました、『心というものは、そんな手狭てぜまなもんじゃありません。お父さんへの愛も愛なら、良人おっとにたいする愛も愛です。 ...
良人おっとの又五郎からよほどきびしく云われているらしい、お市までがそばから「父の承諾がなければ」などと、心配そうに口をそえた。
田舎では問屋本陣とんやほんじんの家柄であった女主は、良人おっとくなってから、自分の経営していた製糸業に失敗して、それから東京へ出て来た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのころ良人おっとはまだわこうございました。たしか二十五さい横縦よこたてそろった、筋骨きんこつたくまましい大柄おおがら男子おとこで、いろあましろほうではありません。
良人おっとが新しい結婚をした場合に、その前からの妻をだれもあわれむことになっているが、高い貴族をその道徳で縛ろうとはだれもしない。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「じゃ、内の人も帰って来よう、三ちゃん、浜へ出て見ようか。」と良人おっとの帰る嬉しさに、何事も忘れたさまで、女房は衣紋えもんを直した。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
香水をにおわせているエレーナ・ニコライエヴナとトルストイ論の相手をしているのはリザ・フョードロヴナの良人おっとの技師であった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
良人おっと頼春のまた従兄弟いとこにあたる、小次郎様であるようなら、その小次郎様に逢わせていただき、良人の居場所を知らせていただこう。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
配所のあしたは相変らず早い。良人おっとが日課の読経をつとめている間、新妻は、居室を清掃し、釜殿かまどのにまで出て、いそいそ立ち働いていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
良人おっとだけは、こんな云い方をした。そして、いかにも若い男らしい興味深そうな眼つきで、福子の顔をまじまじと眺めるのだった。
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
書棚には支那の書物、外国の書物、例の『理想の良人おっと』もあるわけだな。——上下二冊揃だ。寝室がまた一間あって、真鍮のベッドかな。
幸福な家庭 (新字新仮名) / 魯迅(著)
その使いにはすみ子の良人おっとの浩義を使った。幾割かの謝礼を払えば、人は小気味よく働いてくれるものだと云う事もきんは知っていた。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
お気の毒なことに奥方の浪乃殿は、お里方が絶家して帰るところもなく良人おっと将監殿が江戸へ帰るまでは、滅多めったに死ぬわけにも行かない。
貧乏でも、貧乏たらしくないところなど好きであったが、しかし結婚すべき良人おっととしての美沢を考えると、前途は遼遠としていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
なぜなら、現に今夜の若い時間に、彼の妻のいが栗頭の波斯ペルシャ猫がわざわざ私に指示してこの男が良人おっとであると証言したではないか。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
悪いことは皆良人おっとの側の遺伝に定めていたが、唯一つ説明のつかなかった神経衰弱も果して然うと今日唯今初めて分ったのである。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
親が子をねたむということ、あるべしとは思われねど、浪子は良人おっとの帰りし以来、一種異なる関係の姑との間にわきでたるを覚えつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
暮のうち、良人おっと岩矢天狗いわやてんぐが、葉子をだせと云って二三度怒鳴りこんだことがあった。天狗は横浜の興行師で、バクチ打、うるさい奴だ。
投手殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「うまいことをいうのね、あなた御自分で買って来たのでしょう。しかし姉さんには、れきとした良人おっとがあるのよ。なぜ私に下さらないの」
恐ろしき贈物 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
はじめアリスは冗談と思ったのだが、良人おっとの手に力が加わって、真気ほんきに沈めようとかかっているので、急に狼狽ろうばいしてもがき始めた。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
一向ひたぶるに名声赫々かくかくの豪傑を良人おっとに持ちし思いにて、その以後は毎日公判廷にづるを楽しみ、かの人を待ちこがれしぞかつは怪しき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
こんな絶望的な不安に攻めさいなめられながらも、その不安に駆り立てられて葉子は木村という降参人をともかくその良人おっとに選んでみた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それを心得のある良人おっとで実はこういう事件が起ったから今その事を考えているといわれれば妻君の疑問はけて心配の範囲は小さくなる。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
彼女は二月革命の一寸後に、良人おっとと若い息子と一緒に、急いで彼等の生れ故郷に帰つたのだつた。彼女はあの大きな十月革命にも参加した。
子供の保護 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
今宵、紅子は、彼女の良人おっと、川波大尉を射殺して置きながら、それを振返ってみようともしないのは、どうしたことであるか。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし、間もなく彼らの前で、長羅と反絵のかたまりは、卑弥呼の二人の良人おっとの仇敵は、戦いながら次第にその力を弱めていった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それにしても彼女の晩年において唯々一つの心残りであったのは、かつて困苦を共にして来た最愛の良人おっとの不慮の死であったに違いありません。
キュリー夫人 (新字新仮名) / 石原純(著)
白蓮女史失踪しっそうのニュースが、全面をめつくし、「同棲どうせい十年の良人おっとを捨てて、白蓮女史情人のもとへ走る。夫は五十二歳、女は二十七歳で結婚」
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その内に良人おっとが政界に出ましてからは、良人の出世とか、家庭の幸福とか、アントワンヌの健康なぞに心をとられていました
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
女の言ったりしたりすることで、男のつごうが悪いと、世の良人おっと諸君はみんなヒステリイで片づけてしまう。これは、余談。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「国の基」という雑誌に「良人おっとを選ぶには、よろしく理学士か、教育者でなければいかん」と書いて物議をかもしたりした。
けれどもどう骨を折っても、その推測を突き留めて事実とする事ができなかった。先生の態度はどこまでも良人おっとらしかった。親切で優しかった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
身体の装飾、煮物の加減、裁縫手芸、良人おっとの選択、これらは山出しの女中もまた思う事であり、またくする所である。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「おや、ひじをどうなすって? 怪我をなすっていらっしゃるじゃァありませんか」折江は目敏めざとく、良人おっとの肘の下が蚯蚓腫みみずばれになっているのを見付けた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
高田殿は良人おっと忠直卿の事を考えて、常に慈悲深く、それ等の人を庇護された。幕府でもそうなると手を附けなかった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
鶴子はいよいよ門出のさちあるを喜び、夏の夕陽ゆうひのまだ照り輝いている中、急いで家へ帰り良人おっとの承諾を求めようと思うと、良人は既に外出した後で
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「はい、不しあわせな身の上でござんして、良人おっとに死にわかれましてから、もう長らく、淋しく暮しております——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
妃全体良人おっとが持って出た財宝は今誰の物になり居るか、従者に聴いた上妾を打たれよと言ったので王子返答も出ず。
そしていかなる立脚地に立っていいかわからなくなったので、リーリ・ラインハルトはすべてを非難しようときめ、良人おっとはすべてをほめようときめた。
T君と喫茶店で紅茶を呑みながら同君の出品画「I崎の女」に対するそのモデルの良人おっとからの撤回要求問題の話を聞いているうちに急激な地震を感じた。
震災日記より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おきのは、走りよって、息子のことを、訊ねてみたかったが、醤油屋へ、良人おっとの源作が労働に行っていたのを思い出して、なお卑下して、思い止まった。
電報 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
丁度ちょうどその時に榎本の妹の良人おっと江連えづれ加賀守かがのかみう人があって、この人はと幕府の外国奉行を勤めて居て私は外国方がいこくがたの飜訳方であったからしって居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それで博士の良人おっとが死んで以来、る学術研究会の調査部に入り、図書の整理係として働らいていた。彼女は毎朝九時に出勤し、午後の四時に帰宅していた。
ウォーソン夫人の黒猫 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
さて稽古けいこんで、おのれの工夫くふう真剣しんけんになる時分じぶんから、ふとについたのは、良人おっと居間いま大事だいじにたたんでいてある、もみじをらした一ぽん女帯おんなおびだった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
母が家を出てから丁度七日目のことでした。夜半に私は大変うなされたらしく良人おっとに揺り起されました。
母の変死 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
良人おっとというのは、ひげの濃い、顔色のつやつやとした、肩幅の広い男で、物わかりは余りいいほうではなかったが、根が陽気なたちで、見るからにたくましい青年わかものだった。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)