自惚うぬぼ)” の例文
日本人がともすれば自惚うぬぼれがちで世界のどこに比してもすべての点で遜色そんしょくないもののように考えるのは甚だ間違っていると私は思う。
伝統と進取 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
すれ違いながら云わず語らずのうちに、ああ云うひと達と自分たちとは違うという女らしい自惚うぬぼれがみんなの心の内にあるのだった。
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
おまけに多くの候補者のうちではおそらく自分などは罪の軽い部ではなかろうか——などと都合の好さそうな自惚うぬぼれを持ったりした。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
私はきものつぶれるほどに驚倒し、それから、不愉快になりました。「自惚うぬぼれちゃいけない。誰が君なんかに本気で恋をするものか。」
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
吾輩だって喜多床きたどこへ行って顔さえってもらやあ、そんなに人間とちがったところはありゃしない。人間はこう自惚うぬぼれているから困る。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は聞いて呆れながら、お宮は、私がそんなにして女の気嫌きげんを取るほど惚れていると自惚うぬぼれているのだろうかと思って柳沢の顔を見た。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
万一の僥倖ぎょうこう以外に、殆んど絶対といってもいい位不可能な事で、如何に自惚うぬぼれの強い私でも、そこまでの自信は持っていないのであった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
自分がおねだりなすつたことなどは、ちつとも書いておありにならないのですもの。だから、自惚うぬぼれが強くつて我儘だと申したのですわ。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
この明晰な頭で考えに考え抜いてやったことが、どうして発覚するものかという、自惚うぬぼれすぎた自信が、私を大胆にしました。
あるいは島民と同じ目で眺めていると自惚うぬぼれているのかも知れぬ。とんでもない。お前は実は、海も空も見ておりはせぬのだ。
あの時は甘々とお糸にやられたよ、——長い間十手捕繩を預つて、今度のやうな見當違ひをしたのは始めてだ、岡つ引は自惚うぬぼれちやいけないな
けれどいくら自惚うぬぼれてみても、彼はかなりの良識と皮肉とをそなえていて、そういう機会が自分には到来しないことを知らないではなかった。
傷いた鷓鴣の羽根が落ちて来て、ひとりでに、この自惚うぬぼれの強い猟師の帽子にささったとしても、わたしは、それがあんまりだとは思わない。
自惚うぬぼれではありませんが、呉もまたわれわれと結ばなければ、存立にかかわりましょう。もしわが主玄徳が、一朝に意気地を
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前のげんは、警察の刑事政策上からきた宣伝と警察の自惚うぬぼれと、刑事学者の驚くべき学問過信とからきたもののようである。
雑文一束 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
料理の世界にしても、これですべてがわかったという自惚うぬぼれは許されぬ。いつもいつも夢想だに出来ないことが存在することを知らねばならぬ。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
自惚うぬぼれなんか起すんぢやないわ。西洋人の眼には、そんな風に見えるのかも知れないし、そこがまた、面白いぢやないの。
モノロオグ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
「割いたんじゃなくって、あんたが嫌われたんだよ。会うのが厭だから隠れてんのさ。それが分らないのか知ら、自惚うぬぼれッて恐しいもんだなあ」
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
ある時は、自分を凡俗ぼんぞくより高いものに自惚うぬぼれて見たり、ある時は取るに足らぬものといやしめてみたり、その間に起伏きふくする悲喜を生活として来た。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
真面目な人なら、此処らで自分の愚劣を悟る所だろうが、私は反て自惚うぬぼれて、此分で行けば行々ゆくゆくは日本の文壇を震駭しんがいさせる事も出来ようかと思った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
自惚うぬぼれてはいかん。とにかくこの代償として、わしはルーズベルト大統領がいつも鼻の上にかけている眼鏡を貰いたい。と、そういって伝えてくれ」
才と云うものに自惚うぬぼれてはならない。お母さんも、大分衰えている。一度帰っておいで、お前のブラブラ主義には不賛成です。——父より五円の為替。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
然し自惚うぬぼれなく、私たちはそのことをみんなに納得させること、つまりみんなの毎日の日常の生活に即して説明してやることでは、まだ/\まずいのだ。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
我勝手われがってや。娘がこがれじにをしたと聞けば、おのれが顔をかがみで見るまで、自惚うぬぼれての。何と、早や懐中ふところに抱いた気で、お稲はその身の前妻じゃ。——
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あなたは監督さんへのお手紙から、ああなったと思召すかも知れませんが、それは男の自惚うぬぼれと申すものですわ。
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
流石さすがは外国人だ、見るのも気持のいいようなスッキリした服を着て、沢山歩いたり、どうしても、どんなに私が自惚うぬぼれて見ても、勇気を振い起して見ても
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
とにかく自惚うぬぼれないことだ。いい気になって増長しないことだ。自分は強いと自惚れたら、もうそれは弱くなっている証拠なんだからね。やはり慈悲心さ。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
自惚うぬぼれる奴自惚れない奴にかかわりなく、一人として偉いが偉いで、智者が智者で、終る奴はいないのである。
FARCE に就て (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
これは源吉の自惚うぬぼれでもなんでもなかった。京子は、明かに彼に好意を持っていたのだ。それは源吉の持出した「堅い約束」に、唯々諾々いいだくだくと応じたのだから——。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
久しく忘れてゐた身じまひのあとのすが/\しい気分が、軽い自惚うぬぼれまでひき起して、帯や半襟やの色彩いろどりがいくらか複雑に粧はれたのを、鏡の中に満足さうに見た。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
「ところで、この自惚うぬぼれ女め、手前てめえはな、」とクランチャー君は、前後撞著に気がつかずに、言った。
まあ黙ってきいていたまえ。君は自分でどの位いい頭の所有者だと自惚うぬぼれているか判らないが、僕を
めい/\自惚うぬぼれて嬢様へは勿論、旦那や夫人おくさまの御機嫌を伺つて十分及第する気でゐるのが笑止をかしいよ。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
私は自分で編輯するこの雑誌を、出来るけ、立派なものにしたいと思ひます。けれども如何に、私が自惚うぬぼれて見ましても本当に貧弱な内容しか持つことが出来ません。
読者諸氏に (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
一口にいうとやや悟って居る方だと自惚うぬぼれて居た。ところが病気がだんだんはげしくなる。ただ身体が衰弱するというだけではないので、だんだんに痛みがつのって来る。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
人並みの顔や姿でとんだ自惚うぬぼれでも持って、あの、口なくして玉の輿こしなんて草双紙にでもあるようなことを考えてるなら、それこそ大間違い! 妾手掛めかけてかけなら知らないこと
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
結局けつくあれほどやがるものをどくなとのつかぬでもなけれど、如何どうかして天晴あつぱれの淑女にそだてヽたく、自惚うぬぼれのぶんわらたまはんがかく今日けふまでやがられにしなり
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
自惚うぬぼれ鏡で拝見すると自分の顔が相応に踏める通り、自分の耳で拝聴すると自分の声が相応に聞える。謡曲の積りで歌っていることは本人が承知だ。今の節廻しは好かったと思う。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だのに、やつの自惚うぬぼれようはどうだい。あの思いあがりようはどうだい。こんど停年でやめてみれば、あいつのことなんか、世間じゃ誰ひとり覚えちゃいない。名もなにもありゃしない。
高等人種だと自惚うぬぼれる。……オイ、お前達、下りて来るがいい! おいらの国まで下りて来るがいい! 貧乏と病気と労働の国だ! 一旦ここまで下りて来ねえ。一切はそれからの問題だ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「——本当よ、あの義姉ひとの鼻をあかしてやりたいのさ、威張りかへつて胸くそが悪いつたらありやしない、お客と云ふお客はみんな自分の器量にひかされて来ると自惚うぬぼれてるんだものねえ」
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
双方に自惚うぬぼれがなく、己れを知っている人達ならば、万歳だ——と、考えた。
縁談 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
三太郎ツどんも惣七どんも、その御面相で自惚うぬぼれるさかい困るわい。お糸さんの相手になりそなのは、わしの外にはない筈じやがな、ナ、ナ、これ長吉ツどんナ旦那の眼鏡もそうやろがな。
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
自惚うぬぼれにもほどがある。……紀久ちゃんが紀久ちゃんだけの意志で、いくらなんでもきみとなどと結婚をしようたあ思っちゃいないだろうなあ。それはおかしい。まったくおかしい……」
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
これは僕自身の話だが、何かの拍子ひやうしに以前出した短篇集を開いて見ると、何処どこか流行にとらはれてゐる。実を云ふと僕にしても、他人の廡下ぶかには立たぬ位な、一人前いちにんまへ自惚うぬぼれは持たぬではない。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
実現してのあたり見た上でない以上矢張り内心不安であり、空虚である。畢竟ひつきやう誰にでもある単なる自惚うぬぼれ、架空の幻影ではないかと疑ふ。自分で疑ふ位なら人が見縊みくびる事に文句は云へない。
それにね、僕はこれでも自惚うぬぼれを起すことがあるんだぜ、自惚れを。滑稽さ。時々斯う自分を非凡な男に思つて爲樣が無いんだ。ははは。尤も二日か、三日だがね。長くても一週間位だがね。
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
見ると変てこな婆さんで、失礼何ですかと聞きかえすと、貴下は英国人ですかって云やがった、ははあ我輩の英語も中々なかなか上達したんだなと、自惚うぬぼれた上、なるべく流暢なるイングリッシュで
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
あの方の心がわたしに傾いて居るようにお言われなさったのを悦んで居る。そしてともすればあの方が本当にわたしをえこひいきして下さったのじゃないかしらんと自惚うぬぼれ心がつけ上って来る。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これほどの英気あらばこそ錦城館のお富にれられるのだと自惚うぬぼれ置く。