脳裡のうり)” の例文
旧字:腦裡
「礼に来てはならん。」という侍の言葉が脳裡のうりに刻まれているので、伝二郎はおっかなびっくりで裏口から哀れな声で訪れてみた。
少年は、此の矛盾に充ちた奇異な空想が脳裡のうりいて、それが自分に無限の快感を与えていることを、自ら驚き、訝しんだのであった。
電話のベルが廊下のあなたに三度四度と鳴らされて行きました。「坩堝るつぼたぎりだした」不図こんな言葉が何とはなしに脳裡のうりうかびました。
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかしながら歴史的に国民として脳裡のうりに一日も忘れることの出来ぬところの帝国の文明的運動の始まりは、明治大帝御即位にたんを発している。
吾人の文明運動 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
このたびの戦争で家を失った人たちの大半は、(きっとそうだと思うのだが)いつか一たびは一家心中という手段を脳裡のうりに浮べたに違いない。
親友交歓 (新字新仮名) / 太宰治(著)
また自然そうしているうちに、彼自身の脳裡のうりでも、火花のような智のひらめきを感じ出し、それを霊感と信じるような顔つきにもなってきた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私というものは私の脳裡のうりに生ずる表象や感情や意欲の totum discretum であるのか。それは「観念の束」ででもあるのか。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
彼の生涯の線に宝沢法人が顔を出したり消えたりしたいくつかの時代が、不思議な明瞭めいりょうさをもって彼の脳裡のうりよみがえってきた。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
松岡のしずまった神経の先々から、これらの事情が浮び出して脳裡のうりに集まって来た。そこからうしろのことは、悔いても取り返しはつかなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しかし彼がその夢見るような眼をして、そういう処をさまよい歩いている間に、どんな活動が彼の脳裡のうりに起っているかという事は誰にも分らない。
アインシュタイン (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
やはり上ノ山ぐらいの暗いところが幾処もあって、少年の私の脳裡のうりには種々雑多な思いが流れていたはずである。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
わたくしは再び眼を上げて、はすの枯茎のOの字の並べ重なるのを見る。怱忙そうぼうとして脳裡のうりに過ぎる十八年の歳月。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自白すれば雲と同じくかつりかつきたるわが脳裡のうりの現象は、きわめて平凡なものであった。それも自覚していた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
奎吉けいきち……奎吉!」自分は自分の名を呼んで見た。悲しい顔付をした母の顔が自分の脳裡のうりにはっきり映った。
泥濘 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
あの日の西村と彼女との闘争、解け難い疑問として残っている奇怪な出来事、それから野田の拘引、それらのことがひと呼吸のたびに艶子の脳裡のうりで踊り狂うのだ。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
神谷の脳裡のうりから、一日一日と、野獣の記憶が薄らいで行った。いや、薄らいだのはそればかりではない。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
つまり、予言の薫烟ヴァイスザーゲント・ラウフと云って、当時貴方の脳裡のうりに浮動していた一つの観念が、薔薇ローゼンに誘導され、そこで、薔薇乳香ローゼン・ヴァイラウフと云う一語となって意表面に現われたのでした。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
歌麿の脳裡のうりからは、亀吉の影はうに消し飛んで、十年前に、ふとしたことから馴染なじみになったのを縁に、錦絵にしきえにまで描いて売り出した、どぶ裏の局女郎つぼねじょろう茗荷屋みょうがや若鶴わかづる
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ごく些細ささいな記憶も脳裡のうりに刻まれる発熱時に、ルーヴル博物館を見物して以来、彼はレンブラントの画面の雰囲気ふんいきに似た、熱い深い穏やかな雰囲気のうちに生きていた。
しかし、ときどき彼の脳裡のうりかすめる、生と死との絨毯じゅうたんはその度毎に少しずつぼやけて来はじめた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
国家ちょう問題が我々の脳裡のうりに入ってくるのは、ただそれが我々の個人的利害に関係する時だけである。そうしてそれが過ぎてしまえば、ふたたび他人同志になるのである。
それが患者にはくらくらに煮え返った熱湯と思われ、その狂った脳裡のうりを、煮え湯や灼熱しゃくねつした鉄棒を使う拷問についての脈絡のないきれぎれの考えが、稲妻のようにひらめき過ぎた。
あるいは急湍きゅうたんをなしあるいは深きふちを作りつつも、それは常に力強く流れてゆく。「ジャン・クリストフ」十巻は一つの河流として、作者ロマン・ローランの脳裡のうりに映じていた。
その有耶無耶うやむやになった脳裡のうりに、なお朧朦気おぼろげた、つきひかりてらされたる、くろかげのようなこのへや人々ひとびとこそ、何年なんねんうことはく、かかる憂目うきめわされつつありしかと
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
観音様を彫ればそこらの芸妓づらをしていたり、恵比寿大黒が落語の百面相であったり、所詮われわれの脳裡のうりにあるものを表現してはいないのである。技術はなるほど進歩している。
伝不習乎 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
その記者の脳裡のうりには実際はこんなふうに考えられているのだと想像してもいいね、——
教授のわが国における滞在はわずかに四十日あまりにすぎなかったのでしたが、しかしその特殊な印象は必ずいつまでもその脳裡のうりに深く残されていることを、私たちは信じています。
革命の風雲いまだ天下を動かすに足らずといえども、その智勇弁力ある封建社会の厄介物やっかいものたる——小数人士の脳裡のうりには、百万の人家簇擁そうようして、炊烟すいえん東海の天を蔽う、堂々たる大江戸も
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
むしろ一己いっこの利害を見ることは知って居るけれども、国家の利害を見ることを知らない。大体国家の存在などということはチベット人の脳裡のうりにはほとんど無いというてもよろしい位です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
私の脳裡のうりにははやくすでに此の巨人の像が根を生やした様に大きく場を取ってしまっていた。此の映像の大塊を昇華せしめるには、どうしても一度之を現実の彫刻に転移しなければならない。
九代目団十郎の首 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
そういう呟きとはべつに、彼の脳裡のうりではしきりに対策が立てられていた。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼の脳裡のうりには、もう空想の自宅が、完全に設計され、建造され、建具や家具や装飾をそなえつけられて、主人を迎え入れていたのである。此の自宅は、自分の所有なのだ。家賃を払う必要がないのだ。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
されどわが脳裡のうりに一点の彼を憎むこころ今日までも残れりけり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
味を永く脳裡のうりに保たしめるのであるらしい。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
彼は窓ぎわにりょうをとるような恰好かっこうをしながら、その実、例の鏡の裏から読みとった新しい暗号の発展を脳裡のうりに描いていた。
暗号数字 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかしまた、彼方の空の黒煙と火を見ると、彼の脳裡のうりも狂気せんばかり燃えさかった。あの煙の下、あの火の下に、なお父やある。父やきかと。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妻と阿曽とが腕を組み合って須磨の海岸をぶらついている影絵が彼の脳裡のうりに描かれていたので、「今夜会っているのなら明日は差支さしつかえないであろう」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この降雪ゆきに、どこにいることか——当り矢のころからのことが走馬灯そうまとうのように一瞬、栄三郎の脳裡のうりをかすめる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
肥沃の地に対するあれほどの渇望を、今こそ——今日の今からいやすことが出来るのだ。彼は足をはやめた。妻の姿は脳裡のうりから消えていた。空腹さえうち忘れ得た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
この後、金兵衛の姿は、常に魔の如く、歌麿の脳裡のうりにこびりついて、寸時も消えることがなかった。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
たもとからがま口を出し、ひらくと、銅銭が三枚、羞恥しゅうちよりも凄惨せいさんの思いに襲われ、たちまち脳裡のうりに浮ぶものは、仙遊館の自分の部屋、制服と蒲団だけが残されてあるきりで、あとはもう
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
クリストフは、日常生活から鼓吹された一連の交響曲シンフォニーを書こうと企てた。ことに自己一流の家庭交響曲を脳裡のうりに浮かべた。それはリヒアルト・シュトラウスのそれとは異なったものであった。
そして先生のおもかげと結びついて私の脳裡のうりに消されずにのこっている。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
ついぞこの人生にありようもない絵そら事を読み上げて行くのだったが、それでもやっぱり聴いているのは楽しくいい気持で、脳裡のうりには絶え間なくいかにも立派な安らかな想いが浮かんで来て
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あの知性と、あの冷静な風采とは、明智どのとうわさすれば、すぐまぶたに描けるほど、たれの脳裡のうりにも、際だって、あざやかに、また冷たく映っていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三千子は、脳裡のうりに、絹地きぬじに画かれたこの鬼仏洞の部屋割の地図を思いうかべた。彼女は、今は躊躇ちゅうちょするところなく、第一号室へとびこんだのであった。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今から一箇月前、先月の五日に「雪」を舞った時の妙子の姿が、異様ななつかしさとあでやかさを以て脳裡のうりに浮かんだ。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
実に、拍子抜けがすると思う。その人の脳裡のうりに在るのは、夏目漱石、森鴎外、尾崎紅葉、徳富蘆花、それから、先日文化勲章をもらった幸田露伴。それら文豪以外のひとは問題でないのである。
困惑の弁 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そのとき彼の脳裡のうりに何がひらめいたか! イシカリ税庫の入札であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
それがかれの脳裡のうりを去らない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)