まぎら)” の例文
そこで気をまぎらせたい一心から、今まで下駄の爪先ばかりへやっていた眼を、隣近所へ挙げて見ると、この電車にもまた不思議があった。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いわれないでも、初めから、姫はなにか羞恥はじらい顔におかしさをまぎらせている姿だった。高氏はいそいで、もいちど、辞儀をし直した。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鏡子はもう幾ふんかののちせまつた瑞木や花木やたかしなどとの会見が目に描かれて、泣きたいやうな気分になつたのを、まぎらすやうに。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
果して人の入来いりきて、夕餉ゆふげまうけすとて少時しばしまぎらされし後、二人はふべからざるわびしき無言の中に相対あひたいするのみなりしを、荒尾は始て高くしはぶきつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
貸給かしたまへと云けれども三郎兵衞更に承知せず外の話にまぎらして取合ざれば四郎右衞門も大いにはらたてこれほど事をわけて頼むに恩を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ナメタマヒテとむことになり、同じ一つの語音で異なる動詞、それも甚だまぎらわしいものがまた一つ生まれている。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
悶えて悶えて悶えてゐる心を、うはべのにぎやかさにまぎらはしてゐるさびしさを、人々はただ嘲笑てうせうの眼をもつて見ました。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
しかも、喬之助や右近と同じ装束で、長いやつまでひねくり廻しているんだから、ちょっと見ると喬之助が三人いる訳で、実にどうもまぎらわしいことおびただしい。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼女は、不愉快な自分の気持ちをまぎらわそうとして、恵子の手を引いて分譲地の荒れ野原の方へ出て行った。
接吻を盗む女の話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
わざとまぎらはして『——多分たぶんちになるでせう、競技ゲームむまでは瞭然はつきりへないけど』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
自分は冗談のうちに自分をまぎらしつつ、どんな折を利用して嫂の事を兄に復命したものだろうかと考えていた。それで時々ぬすむようにまた先方の気のつかないように兄の様子を見た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と答えるお種の顔には憂愁うれいの色が有った。それを彼女は苦笑にがわらいまぎらわそうともしていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人生の「むせっぽさ」をまぎらす為の「ほっとした」趣味なのである。此歌の如きは、主観融合の境に入って居ながら、序歌は調和以上に利いて居る。頓才さえ頭を出して居るではないか。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
あらはれきたつた二個ふたりひとまぎらかたなき日本人につぽんじんで、一人ひとりいろ黒々くろ/″\とした筋骨きんこつたくましい水兵すいへい姿すがたこし大刀だいたうよこたへたるが、キツと此方こなたながめた、一人いちにんは、威風ゐふう凛々りん/\たる帝國海軍士官ていこくかいぐんしくわん服裝ふくさう
それは誰しもはずかしければ其様そのようにまぎらす者なれど、何もまぎらすにも及ばず、じじが身に覚あってチャンと心得てあなたの思わく図星の外れぬ様致せばおとなしくまちなされと何やら独呑込ひとりのみこみの様子
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
原にはほこりと見まぎらわぬほどに、灰が白くかかって、畑の桑は洪水にでもひたされたあとのように、葉が泥みれになって、重苦しく俯向いている、車中の土地の人は、あれがきのう降った焼岳の灰で
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
相手の様子をみるといきなり言いまぎらわせ、「いやね、大氷河のしたのAF点の傾斜を測りたいんだ。ケルミッシュ君がいじっていた経緯計セオドライトはどうしたね。君、ケルミッシュ君を見かけなかったかね」
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
さゝれぬ私し勿々なか/\以て然樣さやう成事なること思ひよらずおゆるし成されて下されと云まぎらすを忠兵衞はなほ種々さま/″\よりつゝやがて言葉をやはらげて言ひ出しけるは然云さういふ御前の心底しんてい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「下手人は両刀を帯びた侍、なんで、そんな短刀を選ぶ必要があろう。後日の鑑定めききまぎらわすからくりさ」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこでその笑をまぎらせるために新しいM・C・Cへ火をつけながら、いて真面目まじめな声を出して、「そうですか」と調子を合せた。もうその先をきただすまでもない。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「途中で父親さんから実印を送って寄しました。それが最後に来た手紙でした。多分……支那の方へでも行く積りらしい……」こう正太は言いまぎらして、くわしいことを母に知らせまいとした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まぎらかたなき海蛇丸かいだまる※』とわたくしふたゝさけんだ。
落とせしがわざわらひまぎらし再び亭主にむかひ此印籠は拙者が心當りの人の所持品に相違なしりながらかく申せしばかりにては不審は晴まじ彼の夫婦の面體は斯樣々々かやう/\には有ざりしやと云うに亭主は手を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と、しまいにはさも気楽らしい笑にまぎらしてしまうじゃありませんか。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)