しゃく)” の例文
そこで唯かしらを垂れたまま、おしのように黙っていました。すると閻魔大王は、持っていた鉄のしゃくを挙げて、顔中のひげを逆立てながら
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ときおり向うの庇の間から、頭の君と道綱とが小声で取交わしている話し声にまじって、しゃくに扇の打ちあたる音が微かに聞えてくる。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
一位と呼ぶ赤みがかった木理きめの美しい木を材料とするもので、今まではこれでよくしゃくが作られました。編笠は今も盛に作られます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かの首領が例の股の骨のしゃくでテーブルをとんとんとたたいて、次のような演説を始めて、一座の者の注意をそらしたのだった。
町を去る三十五里の西高峯は眼の前にあり、しゃくを執る朝臣ちょうしんの如く真黒に頑張って、その周囲にギラギラとした白光は途方もなく拡がっていた。
白光 (新字新仮名) / 魯迅(著)
という顔色がんしょくで、竹の鞭を、トしゃくに取って、さきを握って捻向ねじむきながら、帽子の下に暗い額で、髯の白いに、金があらわ北叟笑ほくそえみ
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、清忠が、玉座へむかって、しゃくを正しかけたときである。後醍醐のおひざも、すっと同時にお立ちになった様子が、の下からうかがわれた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
フランシスはやがて自分のまとったマントや手に持つしゃくに気がつくと、はじめて今までふけっていた歓楽の想出おもいでの糸口が見つかったように苦笑いをした。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その夜の旅寝の夢の中に、彼は正式の装束しょうぞくを着けた正香が来て、手にする白木しらきしゃくで自分を打つと見て、涙をそそぎ、すすり泣いて目をさました。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
パリーは主権的な陽気さを持っている。その快活は火薬でできており、その滑稽は帝王のしゃくを保っている。その颶風ぐふうは時として一の渋面から出て来る。
新任された開拓監事兼陸軍中佐の堀盛は、ゆるやかなきぬれの音をひびかせてしゃくを、ふりまわしながらやって来た。衣冠をつけた正式の礼装であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
むこ十川そごう(十川一存かずまさの一系だろうか)を見放つまいとして、搢紳しんしんの身ながらにしゃくや筆をいて弓箭ゆみややり太刀たちを取って武勇の沙汰にも及んだということである。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一人は年頃四十あまりと覚える人の、唐綾からあやの装束にかんむりを着けたのが、しゃくを取り直して佛壇に坐している。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
王の側に緑袍りょくほうを著てしゃくを持った者が坐っていた。緑袍の男はこれを聞くと、王の方へ向って言った。
令狐生冥夢録 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
烏帽子えぼし直垂ひたたれでいちいのしゃくを手に取り持った祭主殿が、最初から、あちら向きにひとり坐って神妙に控えてござる——さてまた祭主と祭壇の周囲には当然、それに介添かいぞえ
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その手に彼は専制君主の力を示すしゃくというべきむちをふりかざしていた。正義の鞭は王座の背後の三本のくぎにかけてあり、悪事をはたらくものを絶えずおびやかしていた。
あなたは衣冠束帯で手にしゃくを持ち、からだぜんたいから金色の光を放っていた。あたしはあまりの尊さにはっと頭をさげたところ、自分がまる裸でいる事に気がついた。
ことに目にたつのは正月の十五日前で、これを子どもが持つと、ちょうど神主かんぬしさんのしゃく扇子せんすと同じく、彼らの言葉と行ないに或る威力がある、というふう昔者むかしものは今も感じている。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
左右に童子を随えて、しゃくを捧げて立たせたまう、あの聡明と威厳を備えた御影である。
しゃくを持っていきり立った閻魔大王の姿を、しみ/″\と眺める事が出来るのだ。
四谷、赤坂 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
「大菩薩の使いでまいった。大仏殿再建の奉行に任じられた時はこのしゃくをもて」
芸術はばらを捲いたしゃくを、この都の上にさしのべて、ほほえんでいる。
神の剣 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
十日ほど経って、王様は国を巡邏じゅんらされて、どこもかしこも、自分と同じ者ばかりで、もう一言の悪口も聞かれないのに、すっかり満足させられて、思わず王しゃくを振りあげながら、万歳! と叫ばれた。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
右手の長き物はしゃくで、左手の円き物は輪であると言うておる。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
(扇をしゃくに)それ、山伏と言っぱ山伏なり。兜巾ときんと云っぱ兜巾なり。お腰元と言っぱ美人なり。恋路と言っぱ闇夜やみよなり。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やっと、ややおちついて四へきをみると、龍燈りゅうとう鳳燭ほうしょくの光は、みどり金色こんじきわし、二列となっている仙童女は、はた香瓶こうびんしゃく供華くげなどをささげていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
華美を極めた晴着の上に定紋じょうもんをうった蝦茶えびちゃのマントを着て、飲み仲間の主権者たる事を現わすしゃくを右手に握った様子は、ほかの青年たちにまさった無頼ぶらいの風俗だったが
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
烏帽子直垂の道庵先生は、こうして立ち上り、向き直ってしゃくを以て群集をさしまねきながら
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
百合ゆりの花を冠した国王のしゃくはあった、地球を上にのせた皇帝の笏はあった、鉄でできたシャールマーニュ大帝の笏はあった、黄金でできたルイ大王の笏はあった、けれども革命は
杓子はこれを要するに主婦のスタッフ、大臣・大納言だいなごんなどのしゃくに該当し、また楽長の指揮棒のごときもので、すなわち家刀自の権力のしるしであった。だから女房を山の神と謂うのだとの説もある。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
玄明は、かんむりをかぶり、しゃくを、装束の襟にさし、両手に、榊を捧げている。面には、何か、白い粉や青隈あおぐまを塗り、付けひげであろう、胸の辺まで、白髯を垂れていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
従七位は、白痴ばかの毒気を避けるがごとく、しゃくを廻して、二つ三つ這奴しゃつの鼻のささを払いながら
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なるほど、この神主は一癖も二癖もありげで、ただ宮居の中に納まっているのみでなく、しゃくを振って手下の者を差図し、奉納の鏡餅は鏡餅、お賽銭はお賽銭でうやうやしげに処分をさせる。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もし光栄にして剣のしゃくのうちに存するならば、帝国は光栄そのものであった。それは暴政の与え得るすべての光耀こうようを地上にひろげた、陰惨なる光耀を、いな、なお言わん、暗黒なる光耀を。
と、がねのような声でこうご託宣たくせんをくだしたのである。そして彼は広間の法廷に出て、壇の中央にある知事席に腰をすえ、大真面目で、えんじゅしゃくを胸のまえに構え込んだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「足許はやみじゃが、のう。」としおれた肩して膝ばかり、きちんと正しい扇をしゃく
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
聖化せしむる苛責かしゃくである。最初のうちはそれを甘んじて受くることができる。赤熱した鉄の玉座にすわり、赤熱した鉄の冠を額にいただき、赤熱した鉄の王国を甘諾し、赤熱した鉄のしゃくを執る。
「このごろの御大身と来たら、やくざが錦を着たようなものさ。どうせ婆娑羅者ばさらものなら、しゃくも刀も持たない無頼漢ならずもののほうが、いっそどれほど可愛いか知れないじゃないの」
あわせの上に白の筒袖、仕事着の若いもの。かねてあつらえ剃刀かみそりを、あわせて届けに来たと見える。かんぬしが脂下やにさがったという体裁、しゃくの形の能代塗のしろぬりの箱を一個ひとつてのひらに据えて、ト上目づかいに差出した。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先が雨傘あまがさになってる王笏おうしゃくだ。実際今日のような天気では、僕はこう思うんだ。ルイ・フィリップはその王位を利用することができる。すなわちしゃくの方を人民に差し伸べ、雨傘あまがさの方を空に開くことだ。
それが、趣向の眼目とみえ、彼女は、高貴な神の使わしのような化粧と扮装をし、しゃくを胸にあてて、眼をとじたまま、息をしているのか否かも分らないほど、肉感のない形相をしていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と半ばつぶやき呟き、さっと巻袖のしゃくを上げつつ、とこう、石の鳥居の彼方かなたなる、高き帆柱のごとき旗棹はたざおの空を仰ぎながら、カタリカタリと足駄を踏んで、斜めに木の鳥居に近づくと、や! 鼻の提灯ちょうちん
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しゃくくるまは持ちて行け
「何をするんだ、ばかなッ、わしはしゃくを持っている木像じゃない」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
従七位が、首をまわいて、しゃくを振って、いしきを廻いた。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
足にはこれも官人用の皀靴くろぐつ、そして手に、えんじゅの木のしゃくをにぎって
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、しゃくを正して、奏上していた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)