わざわ)” の例文
あまりに非凡な女は自身の持つ才識がかえってわざわいにもなるものであるから、西の対の姫君をそうは教育したくないとも思っていた。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
しあわせなことに汽車がブルガリア領に入れば商人は伊太利人の武士気質にわざわいされなくて思うままに我意を通すことができるのです。
孟買挿話 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
王者はげんを重んじ、伯者は信を重んずと申します。女ひとりの身を惜しんで、天下に対する公約を破るのは、国家のわざわいでありましょう
まず、このわざわいの根を刈るには鴻山のいうがごとく、阿波の密謀をさぐり、その確証をつかんで、取りひしいでしまわなければならぬ。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これをさまたげようとするものはわざわいなるかな。矢は遂になんじの身に立とう。たとえ仏の使いなりとも、神通第一の修行者なりとも用捨はない。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いにしえより忠は宦成におこたり病いは小に加わり、わざわいは懈惰けだに生じ孝は妻子に衰うという、また礼記らいきにも、れてしかしてこれを愛すといえり
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私がおつきあいで書いた「反古」というエロチックな短編がわざわいをなして、第二次「新思潮」は第一号を出すと、直ぐ発売頒布を禁ぜられた。
芝、麻布 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
おなじ向島むこうじまのうちだったが、こっちはずっと土地が高まっていたので、それほど水害のわざわいも受けずにすんだらしかった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
流行りゅうこうは、ちょうど黴菌ばいきんのように感染かんせんするものです。そして、また、それとおなじように、人間にんげんわざわいするものでした。
ひすいを愛された妃 (新字新仮名) / 小川未明(著)
頼朝が逝去せいきょするとともに、頼家が家督かとくを相続したが、朋党ほうとう軋轢あつれきわざわいせられて、わずかに五年にして廃せられ、いで伊豆の修禅寺しゅぜんじ刺客しかくの手にたおれた。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それゆえにテーモ・リンボチェが下獄され牢死するような不幸に遇っても、この人ばかりはそのわざわいをまぬかれて自分の寺に住んで居られるようになった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
捕われた直人もまた、大西郷たちの心からなる助命運動があったが、皮肉なことにも、山県狂介たちの極刑派にわざわいされて、まもなく銃殺台にのぼった。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
聖なる狂気を知らぬ者はわざわいじゃ。彼は、みずからを殺しも生かしもせぬことによって、徐々に亡びるからじゃ。愛するとは、より高貴な理解のしかた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「昨夜、人知れず、御禊みそぎの滝で水を浴びた女をつれて来い……その女が竜神村のわざわいじゃ、その女をつれて来い」
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こりゃおれたちの時代に藩から苗字みょうじ帯刀を許したぐらいのことじゃ済むまいぞ。王政御一新はありがたいが、飛んだところにわざわいの根が残らねばいいが。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
四面に海をめぐらす大八州国おおやしまのくにに数千年住み着いた民族の遠い祖先からの数限りもない海の幸いと海のわざわいとの記憶でいろどられた無始無終の絵巻物である。
俳句の精神 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
血のわざわい、やはりマヌエラも純粋の白人ではない。しかし、いま一人もものを言わないこの小屋のなかで、どうして知りもせぬドイツ語で喋ったのだろう。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それに人間が機械に使われてしまうためか、働く人からとかくよろこびを奪ってしまいます。こういうことがわざわいして、機械製品には良いものが少くなってきました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
近来、殆んど連年かかる悲惨なる目に遭い、その上苛税かぜい誅求ちゅうきゅうを受けるこのへんの住民はわざわいなるかな。天公かつら内閣の暴政をいかるか、天災地変は年一年はなはだしくなる。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
諸君のまじめな研究は外国語の知識にとぼしい私のうらやみかつ敬服けいふくするところではあるが、諸君はその研究から利益とともにあるわざわいを受けているようなことはないか。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
一たびナチスのユダヤ人排撃運動にわざわいされて、ドイツの音楽教科書からまで削られたが、メンデルスゾーンの名は亡ぼしても、そのすぐれた音楽は抹殺するよしもなく
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
いたずらなる感情の上にむなしき思いを通わせても罪の深いことは同じだ。世間にうわさでも立てられた日には二人がこうむるわざわいも同じだ。ああつまらないばかばかしい。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
隅「いゝえ、そうで有りません、ひょっとして貴方が私の様な者でもんで下さいますと、わざわいはしもからといって、あゝいう人に胡麻を摺られるとたまりませんからねえ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それは実に莫迦ばかげた腹立たしいことだけれど、二人きりで幾度となく、同じ屋根の下に居たということが、わざわいの種となっているのだった。それは実に困ったことだった。
不思議なる空間断層 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかしその男の子は、その後間もなく、栄養低下がわざわいして、仮りそめの病気がもとで、急に亡くなってしまった。しかし生き残った娘たちは、今はきわめて元気である。
ジョヴァンニは自分の手にハンカチーフを巻いて、どんなわざわいが起こって来るかと憂いたが、ベアトリーチェのことを思うと、彼はすぐにその痛みを忘れてしまったのである。
自分には、わざわいのかたまりが十個あって、その中の一個でも、隣人が脊負せおったら、その一個だけでも充分に隣人の生命取りになるのではあるまいかと、思った事さえありました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
浮世絵師うきよえしが夢に見そうないい女で、二十しっぱちあぶらの乗り切った女ざかり、とにかく、すごいような美人なのが、性来せいらい侠気きょうきわざわいして、いつの間にかこうして女遊人に身を持ち崩し
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
実に憐れである、何にも言わずにわざわいを待っているのだ、待つ外に道が無いのだ。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
現に独逸ドイツ娘子軍じょうしぐんは、紐育ニューヨーク市俄古シカゴという如き北米の大都市に遠征して跳梁ちょうりょうを極めており、英国辺でも等しくこの娘子軍の累を受けているが、このわざわいは何時いつまでも外よりのみは来らず
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
アレだけの筆力も造詣もありながら割合に大作に乏しいのは畢竟ひっきょう芸術慾が風流心にわざわいされたのであろう。椿岳を大ならしめたのも風流心であるが、小ならしめたのもまた風流心であった。
線路の上のどこかに危険がひそんでいて、おそるべきわざわいが起こるのでしょう。いままでのことを考えると、今度は三度目です。しかし、これはたしかに私を残酷に苦しめるというものです。
顔蔽いせる者 その手にわざわいあれ!(遠雷きこゆ)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
世間の人たちがそれほど競って食うなかで、自分ひとりが食わなかったならば、どんなわざわいを受けるかも知れないと恐れられた。
廿九日の牡丹餅 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
重態なようでしかも今日まで死なずにいることのできた人には、何かがきっといていてわざわいをしているものらしく思われます。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
何につけても、家康のことばの裏には、わざわいを転じて福としようとする心理の努力でないものはなかった。その証拠には、こうもいった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さればこれより白山まで参りその楠の木を見付け出し、根を砕き幹を焼き、四大を空に帰せざれば、わざわい止む時ござりませぬ
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一つはうかと言い出してネパールの少しでも私に関係ある人々にわざわいの及ばん事を恐れたからでございます。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
話し手にわざわいがかかるか、聞き手の身に禍いが起るか、いずれにしても必ずともに何ぞ怪しいたたりがあるゆえ気をつけいと、気味のわるい念を押しましたゆえ。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
人々はこれによって個人的生活が陥る独断から逃れ、意識の超過にわざわわされず、宗教の雰囲気に入った。そうして力をあわせる事によって信念を強め、生活を浄めた。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
火事にも限らず、これで安心と思うときにすべてのわざわいの種が生まれるのである。
函館の大火について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
長州兵の中には怒って外人の無礼を懲らそうと主張するものが出て来た。こうなると、町々は焼き払われるだろうと言って、兵火のわざわいにかかることを恐れる声が一層住民を狼狽ろうばいさせた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうしてみると、やっぱり、迷惑でも、自分があの二人を引きつれてこの温泉を出て行ってしまった方が、宿の者全体にわざわいの種を残さぬようになるから、いっそ、そうしてしまおうか。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これはあなたの恐ろしいお父さんが、あなたとわたしの身の上にこのわざわいをもたらしたものとは、まったく反対の要素から出来ているのです。それは神聖な草から蒸溜して取ったものです。
「狐狸のわざなら、退治して後のわざわひを防ぐもあるが、魔物や鬼神のわざでは手に了へない、そこで、螢澤の家へ三、四日泊つて、その正體を見屆けて貰ひたい——とかういふ頼みなんで」
しかし、この正直しょうじきであったことが、わざわいとなって
トム吉と宝石 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いずれにしても彼が兜をかぶっていたのがわざわいのもとで、斬る方からいえば兜の天辺から真っ二つに斬ってみたいという注文であったらしい。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「非力不才の者が、御陣の扶翼ふよくさんじなどしては、かえって乱を大きくし、宮方のわざわいを深うするのみでございますれば」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らの長さえ討ち取ったなら、諏訪家にまつわるわざわいだけは断ち切ることが出来ようも知れぬ。うむ、そうだ、この一点へ、ひとつ心を集めて見よう
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
つとめて冷静にはしていても、このままで置けば今以上なわざわいが起こって来るかもしれぬと源氏は思うようになった。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)