ながめ)” の例文
今まで歩いていた山路を出て、濶然かつぜんたるながめひらけた感じと、菜の花に夕日の当っている明るい感じとが、ぴたりと一緒になっている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
水の上に映っている沈静したすべての物の影が、波紋と共にゆらゆら動いて、壁紙の絵模様のようになる……。面白いながめである。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ながめてゐるが此身のくすりで有ぞかしと言を忠兵衞押返おしかへは若旦那のお言葉ともおぼえずおにはと雖も廣くもあらずましてや書物にこゝろ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
白く降りうずんだ道路の中には、人の往来ゆききの跡だけ一筋赤く土の色になって、うねうねと印したさまがながめられる。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
故意わざとならぬながめはまた格別なもので、火をくれて枝をわめた作花つくりばな厭味いやみのある色の及ぶところでない。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
權勢家けんせいかなにがしといふが居てこの靈妙れいめうつたき、一けんもとめた、雲飛うんぴ大得意だいとくいでこれをとほして石を見せると、なにがしも大に感服かんぷくしてながめて居たがきふぼくめいじて石をかつがせ
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
つきのすごくてひとるやうなるも威嚴いげんそなはれるかとうれしく、かみみちかくかりあげて頬足ゑりあしのくつきりとせしなど今更いまさらのやうにながめられ、なにをうつとりしてるとはれて
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
川は道をやや東の方に取つて、Deggendorfデツゲンドルフ の近くに来てドナウに這入はひる。Tölzテルツ からもつと水上みなかみLenggriesレンググリース といふ一小邑せういふがあり、ながめのいい城がある。
イーサル川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
早く頬摺ほおずりしてひざの上に乗せ取り、護謨ゴム人形空気鉄砲珍らしき手玩具おもちゃ数々の家苞いえづとって、喜ぶ様子見たき者と足をつまて三階四階の高楼たかどのより日本の方角いたずらにながめしも度々なりしが
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
胸をドキドキさせて、遠くの方からながめていると、男は、正体を見顕みあらわされた妖怪の様に、非常に慌てて、まるで風にさらわれでもした様に、向うの闇と群集の中にまぎれ込んでしまった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一体何者だろう? 俺のように年寄としとった母親があろうもしれぬが、さぞ夕暮ごとにいぶせき埴生はにゅう小舎こやの戸口にたたずみ、はるかの空をながめては、命の綱の掙人かせぎにんは戻らぬか、いとし我子の姿は見えぬかと
ちよつとおりたところに、少しの広場があつて、そこから下のながめがよかつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
その娘さんはあおい色の美人だった。そうして黒い眉毛まゆげと黒い大きなひとみをもっていた。その黒い眸は始終しじゅう遠くの方の夢をながめているように恍惚うっとりうるおって、そこに何だか便たよりのなさそうなあわれただよわせていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
上野は花盛はなざかり学校の運動会は日ごと絶えざるこの頃のいおながめ
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
三人しきりに大原の顔をながめてクスリクスリと笑っている。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
五形と書くゲンゲの方なら、一望の野を美しくするかと思うが、作者が御形と書いている以上、やはりハハコグサのながめと解してむべきであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
自分は握手して、黙礼して、この不幸なる青年紳士と別れた、日は既に落ちて余光華かにゆうべの雲を染め、顧れば我運命論者はさびしき砂山の頂に立って沖をはるかながめて居た。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
引連ひきつれいではしたれどさわがしき所は素より好まねば王子わうじあたりへ立越てかへで若葉わかば若緑わかみどりながめんにも又上野より日暮ひぐらし里などへ掛る時はかれ醉人の多くして風雅ふうがを妨げ面白おもしろからねば音羽通を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
山の手に生れて山の手に育った私は、常にかの軽快瀟洒しょうしゃなる船と橋と河岸かしながめを専有する下町したまちを羨むの余り、この崖と坂との佶倔きっくつなる風景を以て、おおいに山の手の誇とするのである。
兀山のながめ何時いつにしてもありがたいものではないが、炎天下の兀山に至っては、たしかに人を熱殺するに足るものがある。この句は大名などの行列を作って行く場合であろう。その供先に兀山が見える。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
遠きながめのけぶれるに
枯葉の記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)