ゑが)” の例文
旧字:
夜更よふけの事とてたれも知らず、あしたになりて見着みつけたる、お春の身体からだは冷たかりき、蜘蛛のへりし跡やらむ、縄にてくびりし如く青きすぢをぞゑがきし。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
むかし延長えんちやうの頃、三井寺に興義こうぎといふ僧ありけり。絵にたくみなるをもて名を世にゆるされけり。つねゑがく所、仏像ぶつざう山水さんすゐ花鳥くわてう事とせず。
くびは顔に比べると、むし華奢きやしやすぎると評しても好い。その頸には白い汗衫かざみの襟が、かすかに香を焚きしめた、菜の花色の水干すゐかんの襟と、細い一線をゑがいてゐる。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
次いで死の廻りに大きいけんゑがいて、震慄しんりつしながら歩いてゐる。その圏がやうやく小くなつて、とうとう疲れた腕を死のうなじに投げ掛けて、死と目と目を見合はす。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
先づ大丈夫と思つた。書く、書く、と心に誓つた。ズウデルマンは、「芸術家よ、ゑがけ、語るなかれ。」と云つたと聞いた。自分はたしかに語り過ぎた。交り過ぎた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
ただ余り陳腐になつてゐるから、今までそれを味はぬのであつた。その陳腐さは、レオナルド・ダ・ヴインチのゑがいた、モナ・リザ・ジヨコンダの像のやうなものであつた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
私のうちの屋根の、とんがりのところへきて、一二度くるりと輪をゑがき、太くたくましい足を、充分に宙にのばしてから、その目的物である私の屋根の上に立つ、そして二三度
ざうする菊塢きくうの手紙には、うめ一枝いつしゑがきて其上そのうへそのの春をおわかまをすといふ意味の句あり、また曲亭馬琴きよくていばきんめいしつしてのち、欝憂うさを忘るゝためにおのれと記臆きをくせし雑俳ざつぱいかきつらねて、友におくりしうち
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
細く尖つた鐘楼の上で、鳩の群が輪をゑがいてゐます。
けむり(ラヂオ物語) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
相模のや三浦三崎は蕪の絵を湯屋のひさしゑがけるところ
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
不動ゑが琢磨たくまが庭の牡丹かな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
とほき野面のもせゑがけかし
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
飾りゑがけるこの殿との
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
いはおもて浮模様うきもやうすそそろへて、上下うへしたかうはせたやうな柳条しまがあり、にじけづつてゑがいたうへを、ほんのりとかすみいろどる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
童子はみんなに腕をまくらせて、前膊ぜんはくの内面のところに漆の汁で女陰と男根とをゑがいた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
其の弟子八五成光なりみつなるもの、興義が八六神妙しんめうをつたへて八七時に名あり。八八閑院の殿との八九障子しやうじにはとりゑがきしに、生けるとりこの絵を見てたるよしを、九〇古き物がたりにせたり。
八の頭の中では、空想が或る光景をゑがき出す。土間のすみに大きな水船みづぶねがあつて、綺麗きれいな水がなみなみと湛へてある。水道の口にめたゴム管から、水がちよろちよろとその中に落ちてゐる。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
くされたる石のあぶらゑがくてふ麻利耶まりやざう
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
興義これより病えて、はるかの後八三天年よはひをもてまかりける。其の終焉をはりに臨みて、ゑがく所の鯉魚数枚すまいをとりてうみちらせば、画ける魚八四紙繭しけんをはなれて水に遊戯いうげす。ここをもて興義が絵世に伝はらず。
そのも、銀のゑがくもの
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)