“瓦解:がかい” の例文
“瓦解:がかい”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治11
長谷川時雨5
夏目漱石4
岡本綺堂4
島崎藤村3
“瓦解:がかい”を含む作品のジャンル比率
文学 > フランス文学 > 小説 物語9.6%
芸術・美術 > 絵画 > 日本画2.0%
文学 > 日本文学 > 小説 物語0.7%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
大事の瓦解がかいを眼にも見よとばかり、憤りをこめて、持っていた朱盃さかずきを、ばりばりっと、膝の上で握りつぶした。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
江戸が瓦解がかいになりました明治元年が八つの年で、吉原の切解きりほどきが明治五年の十月、わたくしが十二の冬でございました。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
勤王勤王と、熱病のように若い者がかぶれて行くが、そうやすやすと、三百年の幕府が、なんで瓦解がかいしてたまろうか。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
目に見えない瓦解がかいはまだ続いて、失業した士族から、店の戸をおろした町人までが互いに必死の叫びを揚げていた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
はじめのたらたらのお世辞がその最後の用事の一言でもって瓦解がかいし、いかにもさもしく汚く見えるものである。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
が、その藩が一不祥事の為め瓦解がかいふや、草深い武蔵野むさしのの貧農となつて身をくらました。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
この時にあたり徳川政府は伏見ふしみの一敗た戦うの意なく、ひたすらあいうのみにして人心すで瓦解がかい
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
翌千八百六十八年幕府瓦解がかいして江戸は東京となり日本美術は日本の国土と並びて欧洲人の眼前に展開せられき。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わたくしはこんな夢を見て暮らしているうちに、ある日わたくしの夫婦生活の平和が瓦解がかいしてしまいました。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
オリウールの峡路を荒した山賊ガスパール・ベスの一隊が瓦解がかいした後、その首領の一人であったクラヴァットという者が山中に逃げ込んだ。
あの混沌こんとんとした建武中興瓦解がかい後の京都では、生活を守るには数寄の生活のほかなかったであろう。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
捨てておいても、当然、瓦解がかいするものだったにちがいない。——けれど弥九郎の往来は、急転直下きゅうてんちょっか、その日を早めた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よ、徳川氏瓦解がかいに際し、旗下きかの士にして、御蔵元おくらもとに負債したる総高、ほとんど一千万円に上りしというにあらずや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
殊に、町人芸術の勃興ぼっこうした徳川期の文化文政以後からその瓦解がかい時代にはいって刹那せつな的享楽気分が迎えられて、よけいに著しい。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
万一、お粂にまちがいがあったひには、この一座はみじめな瓦解がかいだし、お粂が助かってこっちが災難をうけたひにはなお取り返しのつかないこと。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
江戸人は瓦解がかいと一口にいうが、その折悲惨みじめだったのは、重に士族とそれに属した有閑階級で、町人——商人や職人はさほどの打撃はなかった。
近衛兵このえへいはほとんど瓦解がかいし、三藩の兵のうちで動かないものは長州兵のみであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
とうとう三菱が起り、三井が根をなし、旧時代の廻米かいまい問屋石川屋に瓦解がかいの時が来た。
この泥濘ぬかるみ雪解ゆきげと冬の瓦解がかいの中で、うれしいものは少し延びた柳の枝だ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この下女はもと由緒ゆいしょのあるものだったそうだが、瓦解がかいのときに零落れいらくして、つい奉公ほうこうまでするようになったのだと聞いている。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのころ、三代将軍家光の死を流布する者があり、しかし幕府瓦解がかいの怖れがあって喪の発表をさしひかえ死をヒタ隠しにしている、というような風聞があった。
安吾史譚:01 天草四郎 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
一大名の瓦解がかいを見ずに落着したのは、まったくその時、侏儒のふところに持ち帰された一紙片の力といえるもので、思えば弦之丞が龍耳老人へむくいたものは
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
執政官制ディクテーター終焉しゅうえん。ヨーロッパの全様式は瓦解がかいした。
今。若い藤吉郎は、そこに立っているけれど、自分の死後、ここに豊家の瓦解がかいを早めた関ヶ原役の陣がかれようなどと、神ならぬ身、どうして思ってもみよう。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瓦解がかいの時はまだお若かったのですから、三十五ぐらいにおなりでしょうか。」
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
明治維新のことを老人たちは「瓦解がかい」という言葉をもって話合っている。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
おれは、こういう世の中の仕組みは、遠からず瓦解がかいするものと思う。
稲生播磨守 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかし、それもやがてまた、幕府瓦解がかいちょうをあらわした、安政六年の失火の時、本丸炎上の紅蓮ぐれんをあびて、遂に永遠のそうを失い、もとの土に返ってしまった。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瓦解がかいの際、駿府すんぷへ引き上げなかったんだとか、あるいは引き上げてまた出て来たんだとか云う事も耳にしたようであるが、それは判然はっきり宗助の頭に残っていなかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、幕府が瓦解がかいし時勢が一変し、順風に帆を揚げたような伊藤の運勢がくだざかに向ったのを看取すると、天性の覇気が脱線してけたはずれた変態生活に横流した。
其のこしらえました指物も御維新ごいっしん前までは諸方に伝わって珍重されて居りましたが、瓦解がかいの時二束三文で古道具屋の手に渡って、うかなってしまいましたものと見えて
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
末法の世とは仏法が全く力を失う時代をいうのであるから、「末世がきたった」という声は、宗教以上に高い思想を所有しなかった時代の人にとっては、世界の瓦解がかいの響きに似ていたのである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
伯母はくわしく身の上を語ることを避けたがっていたが、その話の筋は、山岡屋は最初、泥棒に入られ、それから番頭に使い込まれ、次に商売が大損で、とうとう瓦解がかいしてしまったということです。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もとのそのうちは二十年ほどまえ瓦解がかいした。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
瓦解がかいはのがれえまい。いまのうちに」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは内閣の瓦解がかいした当時であった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わしとて、君家のかかる末路に対して断腸だんちょうの思いはある。しかしすでに瓦解がかいした物へ、さらに炎をかけ、血を注いで、それが何になろう。阿呆らしい、狂気沙汰きちがいざたと人がわらおう。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
察するに綾子刀自が大隈家へ嫁がれた時分は、ちょうど何もかも徳川瓦解がかいの後を受けたドサクサの時代で、その頃の政治家という人たちは多くお国侍くにざむらいで、東京へ出て仮りの住居すまいをしておって
瓦解がかいの勢いもはなはだしい。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が、すぐに幕府は瓦解がかいした。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
店は間もなく瓦解がかいした。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
その頃は幕府瓦解がかいの頃だったから、八万騎をもって誇っていた旗本や、御家人ごけにんが、一時に微禄びろくして生活の資に困ったのが、道具なぞを持出して夜店商人になったり、従って芝居なぞも火の消えたようなので
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
やがて瓦解がかいになった。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
汽車から降りて駅前の並木道で、彼は数人の友人に出会いながら、数週間雨を得ないでいる田舎いなかのことや、すてきな葡萄ぶどうの出来ばえのことや、その日の夕刊にのってる内閣瓦解がかいのことなどを、平然と話していた。
幕府が瓦解がかいの後、久住は無禄移住を願い出て、旧主君にしたがって駿府すんぷ(静岡)へ行ったので、陪臣の箕部もまたその主君にしたがって駿府へ移ったが、もとより無禄というのであるから、どの人もなにかの職業を求めなければならない。
有喜世新聞の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
フランスの旧社会の瓦解がかい、彼の一家の零落、一七九三年の悲惨な光景、恐怖の念を深めて遠くからながむる亡命者らにとっては、おそらくいっそう恐ろしかったろうその光景、それらが彼の心のうちに脱俗遁世とんせいの考えを起こさしたのであろうか。
私ももとはこちらに屋敷もって、永らく御膝元でくらしたものでがすが、瓦解がかいの折にあちらへ参ってからとんと出てこんのでな。今来て見るとまるで方角も分らんくらいで、——迷亭にでもれてあるいてもらわんと、とても用達ようたしも出来ません。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
陳独秀が稲妻のように舞踊靴の部屋に這入ってくると、彼は米良にボロジン一味が再び南昌から漢口に潜入したことを告げ、彼はけわしい眼を閉じるとボロジンの南昌入によって新たな時局の転廻となるか、恐らくは最期の瓦解がかいとなる二つの道を告げるのであった。
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
「そいつはなかなか素捷すばやい奴で、山城屋の女房と女中が奉行所へ呼ばれたと聞くと、すぐに夜逃げをして、どこへ行ったか判らなくなったんです。そのうち例の瓦解がかいで、江戸も東京となってしまいましたから、詮議もそれぎりで消えました。運のいい奴ですね」
父親が歿なくなると、男振りのよいせがれたちはじきに店をつぶしてしまった——もっともそれには御維新の瓦解がかいというものがあったせいもあろうが——二人の忰はありったけの遊びをして、由次郎はコレラでなくても長くは生きないようになっていた。
何でも徳川様瓦解がかいの時分に、父様おとっさんの方は上野へへえんなすって、お前、お嬢さんが可哀かわいそうにお邸の前へ茣蓙ござを敷いて、蒔絵まきえの重箱だの、お雛様ひなさまだの、錦絵にしきえだのを売ってござった、そこへ通りかかって両方で見初めたという悪縁じゃ。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただ——これは結果論となるが——姜維きょういのただ一つの欠点であったことは、孔明ほどな大才や機略にはとうてい及ばない自己であるを知りながらも、その誓うところ余りに大きく、その任あまりに多く、しかも功を急ぐの結果、彼の英身が、かえって蜀の瓦解がかいへ拍車をかけるの形をなしてしまったことである。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「成否はもとより天にありますなれど、勅を奉じた岩松経家が、ともあれ、その好都合な立場から新田、足利両家の仲に立って、あらゆる手を打つ所存であるとのことでございまする。……もしそれが実をむすべば、関東のかたちは一変して、幕府は足もとからたちまち瓦解がかいの物音をあわただしく始めるに相違ございませぬ」
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)