狡猾こうかつ)” の例文
狡猾こうかつな知覚——風に揺れる他の草の葉が触れたときは何の反応も示さないのに、ほんの少しでも人間がさわるとたちまち葉を閉じて了う。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そして、胸の中で、自分は安次を引取ることに異議を立てるのではなく、秋三の狡猾こうかつさに立腹しているのだと理窟も一度立ててみた。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
あの狡猾こうかつな土蜘蛛は、いつどうしたのか、大きな岩で、一分のすきもないように、外から洞穴の入口をぴったりふさいでしまいました。
犬と笛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
れいの俗諺ぞくげんの「さわらぬ神にたたりなし」とかいう怜悧れいり狡猾こうかつの処生訓を遵奉しているのと、同じ形だ、という事になるのでしょうか。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
欺瞞ぎまんと強欲と狡猾こうかつのために、いつも抑えつけられ、踏みにじられている、無知や愚鈍のかなしさは、飽きるほど見もし聞きもしている。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「天皇制は、もつとも狡猾こうかつで、影響力の強い反動主義である。これにたいして、日本の自由主義は、たたかわなければならない。」
脂肪質であおざめ、怒りやすく、狡猾こうかつで、理屈っぽく、幻覚にとらわれてる、その強健なデンマーク人を、女——しかも女でもないのだ
男は背が低く、やせて、色を失い、荒々しく、狡猾こうかつで残忍で落ち着かない様子であって、一言にして言えば嫌悪けんおすべき賤奴せんどだった。
狡猾こうかつになるのも卑劣になるのも表裏二枚合せの護身服を着けるのも皆事を知るの結果であって、事を知るのは年を取るの罪である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼らは根気がいいし、工夫力もあるし、狡猾こうかつでもあるし、職務上主として必要なように見える知識には十分によく通じてもいる。
天皇を利用することにはれており、その自らの狡猾こうかつさ、大義名分というずるい看板をさとらずに、天皇の尊厳の御利益ごりやくを謳歌している。
堕落論〔続堕落論〕 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それが慣習となって、その効果が一面抜目ぬけめがなく如才のない性格を彼に附与した。それがために時としては狡猾こうかつとさえ思われた。
わたしは、ほんとうの勝負好きだろうか、狡猾こうかつ搏打ばくちうちだろうか、済度し難い賭博狂(見ただけでぞっとする手合)だろうか。
食糧購入の方法をどう解決つけるか、——狡猾こうかつな商人どもを相手にすべく、彼もまた出て行くときには死を覚悟して行ったにちがいない。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しかし、どこか、わざとらしいところがあって、そのしょぼついた眼の奥には、なにか、蛇に似た狡猾こうかつな光がちらついているようだった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
彼は自分の罪が、ヒシ/\と胸にこたえて来るのを感じた。自分の野卑な、狡猾こうかつな行為が、子の上に覿面てきめんむくいて来たことが、恐ろしかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
西洋にては狐の狡猾こうかつなることを唱うれども、人を誑惑するということは聞かぬ。ただし、狐の知力につきてはいろいろ研究したるものがある。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
現代の教育はいかほど日本人を新しく狡猾こうかつにしようとつとめても今だに一部の愚昧ぐまいなる民の心を奪う事が出来ないのであった。
その笑いはある狡猾こうかつな方法を思いついたことを通わせた。彼女は敷居の近くにその菓子を置いて、忍び足で弟の側へ寄った。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一人は四十格好の痩せ形の男で、狡猾こうかつらしい人相を持っていた。一人は、三十二、三歳か骨格の逞しい土方上がりでもあるらしい好人物である。
泡盛物語 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
そういうふうに、みんな狡猾こうかつそうに見える顔をながめていると、なぜか春吉君は、それらの少年の顔が、その父親たちの狡猾な顔に見えてくる。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
かの狡猾こうかつ悪智恵わるぢえのあるおとこは、部下ぶかをたくさんにもっていました。おとこは、どうかして、二人ふたりころして、あのひかるものをうばろうとおもいました。
幸福に暮らした二人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
元来もとを言えばかれは狡猾こうかつなるノルマン地方の人であるから人々がかれをなじったような計略あるいはもっとうまい手品のできないともいえないので
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
からい時には辛酷以上に辛い、さとい時には狡猾こうかつ以上に敏いところはなければならないから、この物影がグッとこたえたものと見なければなりません。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こう考えて、夫人の死顔を眺めると、気のせいか、唇のまわりに、狡猾こうかつな笑いの影がただよって居るように見えました。
印象 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
石を投るもの、竹竿で叩き落そうとするもの、みんなが狡猾こうかつな顔つきをして、緊張した手足を迅速じんそくに動かしていた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
そうして彼の言ったことが、ついには滑稽こっけいな様子で解剖台の上へ転輾てんてんとするのではあるまいかと思うと、彼は自分の狡猾こうかつな態度がのろわしくなって来た。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
いろいろ銚子の話をして、安が帰った跡で、瀬戸が狡猾こうかつらしい顔をして、「明日柳橋へ行ったって、僕の材料はないが、君の所には惜しい材料がある」
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
昔はちょいとした恩義に感じて田舎の御家来が、生命いのちまでも棄てたものさ。ありゃ、主人が狡猾こうかつで、うまく正直なものを操ったのさ、考えてみたがいい。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勇はそれまでに、ミチが奔走して来た金については聞こうとしなかった。これは男の狡猾こうかつさがさせるわざであった。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
だがどれも手足だけに切り離された夢で、大事なところになると彼は急いで菓子をかくす子供の狡猾こうかつさを取戻した。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
明の陶宗儀の『輟耕録てっこうろく』二三に、優人わざおぎ杜生の話に、韶州しょうしゅうで相公てふ者と心やすくなり、その室に至って柱上に一小猴を鎖でつなげるを見るに狡猾こうかつらしい。
あんな若造にしちゃ、なんて狡猾こうかつなやり方だろう、なんというくそ度胸だろう! とても信じられないくらいだ。
無精髯ぶしょうひげが伸びほうだいに顔じゅうにはびこり、陽に焼けた眉間みけんや頬に狡猾こうかつの紋章とでもいうべき深い竪皺たてじわがより、ほこりあかにまみれて沈んだ鉛色なまりいろをしていた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
なぜと云って、板倉の英雄的行動には最初から目的があったのだ。あの狡猾こうかつな男が、何か偉大なる報酬を予想することなしにああ云う危険を冒す筈がない。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
阪井は頭をまっすぐに立てたまま動きもしなかった。手塚は狡猾こうかつな目をしきりに働かせて先生の顔を、ちらちらと見やっては隣席の人の手元をのぞいていた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
狡猾こうかつな遊佐銀二郎、相手の油断を突いておいて、今だ! と思うから早撃ちだ。畳みかけて打ちこんで来る。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
勇気、失望、狡猾こうかつ、落胆、負け惜しみ、慰め——その間には叩かれた女の掌のやきもち筋も見えるよ。どこかへ生み落したはずと思う子供の片えくぼも出るよ。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
井生森又作は如才じょさいない狡猾こうかつな男でございますから、是だけの宿屋に番頭も何もいないで、貧乏だと悟られて、三千円の金を持って帰られてはいけないと思って
そして、ぽかんとひらいた厚いどす黒いくちびるからよだれをたらして、けだもののような卑屈な、狡猾こうかつな横目で、女獅子使いのさっそうたる立ち姿を盗み見た。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ペテロら弟子たちには多くの欠点があったが、彼らは正直なる、誠実の性格の持ち主であって、かかる性質の作り事を企むごとき狡猾こうかつな人物では決してなかった。
性質と犯罪の統計には、狡猾こうかつと云うのが四十二人もあり、怠惰たいだと云うのがたった一人しかありません。
大伴おおとも御行みゆき、粗末な狩猟かり装束しょうぞくで、左手より登場。中年男。荘重そうちょうな歩みと、悲痛ひつうな表情をとりつくろっているが、時として彼のまなざしは狡猾こうかつな輝きを露呈ろていする。………
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
狡猾こうかつな盗っと猫のように屈みこんでいた男の挙動がただではない。遠くを見あわせたと思うと、ぱっと植込みを斜めに駈け抜けて、長屋門の外へ逃げ出そうとした。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その商売も誠実にやるのでなく前にいうた通り懸値かけねをいったり人を欺いたりすることが多い。どうもチベット一般の人民はしごく狡猾こうかつな気風に養成されて居るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
柿のこずえには大きい鴉が狡猾こうかつそうな眼をひからせて、尖ったくちばしを振り立てながら枝から枝へと飛び渡っていたが、藻はもう手をあげて追おうともしなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あいつは、遅鈍のそついているようだがそりゃ狡猾こうかつで、おまけに残忍ときてるんだから始末がわるいよ。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
狡猾こうかつそうな主人はよだれを流さんばかりの表情を隠し得ずにこういいながら彼の顔色をうかがった。
しかし狡猾こうかつで便箋を利用したのでない。愛人へ書く為めには一枚の紙が十円しても惜しくないと思っている。その辺を説明してやりたかったが、今更仕方がなかった。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
この年を取った流浪人はせっかく狡猾こうかつ胸算用むなざんようを立てても、まだ心のそこに残っている若い血がわき立って、いっさいを引っくり返してしまうのだ……さてどこへ行こうか