犇々ひし/\)” の例文
くだん古井戸ふるゐどは、先住せんぢういへつまものにくるふことありて其處そこむなしくなりぬとぞ。ちたるふた犇々ひし/\としておほいなるいしのおもしをいたり。
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
犇々ひし/\と上げくる秋の汐はひさしのない屋根舟を木の葉のやうに軽くあふつて往来と同じ水準にまでもたげてゐる——彼はそこに腰をかけた。
とたじろぐところを、折重なつて、犇々ひし/\と縛り上げます。ガラツ八も人柄相應に馬鹿力があるので、こんな時は存外役に立つのでした。
庄司氏の雄弁ならざるも、確乎たる信念の下に押付けるような力強い言葉は、犇々ひし/\と支倉の胸に応えた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
平常ふだんならそれなりに嫣然にっこりして他愛なくなるんですが、此の頃は優しくされるにつけて一層悲しさが増してまいり、溜息ついて苦労するのが伊之吉の身にも犇々ひし/\こたえます。
未見みちの境を旅するといふ感じは、犇々ひし/\と私の胸に迫つて來た。空は低く曇つてゐた。目をさへぎる物もない曠野の處々には人家の屋根が見える。名も知らぬ灌木くわんぼくの叢生した箇處ところがある。
札幌 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そして、しつかり抱き絞めてゐると急に、犇々ひし/\と、妹に対する底知れない慈しみの情が泉のやうに湧きあがつて来た。このまゝ、波にもてあそばれて底知れぬ水底へ沈んでゆく心地がした。
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
それは暗いゴチツク建築のなかを辿つてゆくときのやうな、犇々ひし/\とせまつて來る靜寂と孤獨とを眼覺ました。杉の根方には藪柑子やぶかうじ、匂ひのないのぎ蘭、すぎごけ、……數々の矮小わいせうな自然が生えてゐた。
闇への書 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
かた犇々ひし/\とすりあひぬ。
哀音 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
頑固一てつなやうでも、その爲に美しく育つた十九の娘を、非業に死なせたくいのやうなものが、犇々ひし/\と老ひの胸をしめ付けるのです。
ドアそとでひき呼吸いきつぶやこゑ彈丸だんぐわんごとんでおとたちま手負猪ておひじしおそふやうな、殺氣さつきつた跫音あしおと犇々ひし/\ドアる。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
境内に這入れば同僚の刑事達が犇々ひし/\と網を張っているのだから、捕まるに違いないのだが、今だに境内から何の知らせも来ないのは、写真位で覚えている風体だから、変相でもしているので
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
平次は外へ出ると、眞つ暗な師走しはすの空を仰いで、大きく息をしました。見えざる敵のしたゝかさを改めて犇々ひし/\と感じた樣子です。
あはれ其時そのとき婦人をんなが、ひきまつはられたのも、さるかれたのも、蝙蝠かうもりはれたのも、夜中よなか𩳦魅魍魎ちみまうりやうおそはれたのも、思出おもひだして、わし犇々ひし/\むねあたつた
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼が二川を愛することの足りなかった事が、犇々ひし/\と彼の心を責めた。
半狂亂になつた母親、膝の上へ抱き上げたお駒の、次第に頼み少くなるのを見ると、犇々ひし/\と抱きしめ乍ら、自分の身體と一緒に搖ぶりました。
ぢつつてると、天窓あたまがふら/\、おしつけられるやうな、しめつけられるやうな、犇々ひし/\おもいものでおされるやうな、せつない、たまらないがして、もはや!よこたふれようかとおもつた。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
後のことは眼顏の合圖で心得た八五郎のガラツ八が、精一杯の聲を張りあげて、好奇の眼を光らせながら犇々ひし/\と娘の死骸を取圍む彌次馬を追ひ散らしてをります。
見透みとほしうら小庭こにはもなく、すぐ隣屋となり物置ものおきで、此處こゝにも犇々ひし/\材木ざいもく建重たてかさねてあるから、薄暗うすぐらなかに、鮮麗あざやかその淺黄あさぎ手絡てがら片頬かたほしろいのとが、拭込ふきこむだはしらうつつて、トると露草つゆぐさいたやうで
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
夜はもう亥刻半よつはん過ぎ。四方あたりうるしの如く眞つ暗で、早春の香ばしい風が生暖かく吹いて來ますが、町も水も妙に靜まり返つて、夜の無氣味さだけが、犇々ひし/\と背に迫ります。
はなして退すさると、べつ塀際へいぎはに、犇々ひし/\材木ざいもくすぢつてならなかに、朧々おぼろ/\とものこそあれ、學士がくし自分じぶんかげだらうとおもつたが、つきし、あしつちくぎづけになつてるのにもかゝはらず、影法師かげぼふし
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と熱湯の小桶を取落すところへ、踏込んだ平次、有無を言はせず犇々ひし/\と縛り上げて了ひました。
膝行ゐざり寄つたお京は、赤ん坊のやうな素直な心持で、音次郎の首つ玉に、犇々ひし/\とすがりつくのです。どつと留めどのない涙が、死に化粧の白粉を流して、男の襟へ首筋へとそゝぎます。
久太郎と力をあはせてたけり狂ふ春松を犇々ひし/\と縛り上げたことは言ふまでもありません。
闇の中にはげしい爭ひは續きましたが、やがて自身番に待機した御用の提灯が一ぺんに飛んで出ると、錢形平次を捕頭とりがしらに、五六人の組子の手に犇々ひし/\と縛り上げられて居るのは、何んと
この事件が容易ならぬ深さを持つてゐることだけが、犇々ひし/\と平次に思ひ當らせます。
幸ひ手に立つほどの者がなかつた所爲せゐもあるでせうが、春木屋の裏口から灯と人とがあふれ出た時は、平次の十手は二人の得物を叩き落して、後手に犇々ひし/\と縛り上げて居た時だつたのです。
あツといふ間に祿兵衞を叩き伏せ、犇々ひし/\と縛り上げて了ひました。
若くて美しい娘の斯うした死顏が、犇々ひし/\と平次の心を打ちます。