水溜みずたま)” の例文
数時間のあいだ、上からはなぐるように降りつけられ、下は湿地と水溜みずたまりをこいで歩くのであった。全身あますところなく濡れていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しかし、その瞬間しゅんかん、ぼくがつばをすると、それは落ちてから水溜みずたまりでもあったのでしょう。ボチャンという、かすかな音がしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
……机の上に鼻息だかよだれだか知れない水溜みずたまりが出来るくらい熟睡するんだ。が、……彼が社長のスパイだったということはあとでわかったさ。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あわせでは少しひやつくので、羅紗らしゃ道行みちゆきを引かけて、出て見る。門外の路には水溜みずたまりが出来、れた麦はうつむき、くぬぎならはまだ緑のしずくらして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
雑草の中の水溜みずたまりにはとが降りて何かをあさり歩いているのが、いかにものんびりした光景で、此処ここばかりはそんな山津浪やまつなみ痕跡こんせきなどは何処どこにもない。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、彼は口の内でこんな事を云って、水溜みずたまりを飛越えたりして居った。それでもれは愉快な遊戯には相違なかった。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
丁度洪水の引いた跡にいつまでもあちこちに水溜みずたまりが残っているように、この村にはまだ何処どこということなしに悲劇的な雰囲気ふんいきが漂っていたのだ。……
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼は指で触れてみようとしたが、大急ぎで手を引っ込めた。そんな事をしなくとも、一見明瞭だった。その間に血は大きな水溜みずたまりのようになっている。
やがて、彼の夢想は、砂を混えたか細い流れのように、勾配こうばいがなくなると、水溜みずたまりの形で、止まり、そしてよどむ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
オランダのレーヴェンホークという学者が初めて水溜みずたまりのなかにある微生物を見つけ出したとわれています。
ルイ・パストゥール (新字新仮名) / 石原純(著)
その水は階段のすぐ足もとにかなりの大きさの水溜みずたまりを作つて、それから左右に分れて土の上を流れるのでしたが、そこはもう奔流といつてもいいくらゐの勢ひでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
水溜みずたまりがあるぜ、小父さん」河童かっぱは、竹の棒で、真っ暗な地をたたいて、先に歩いていく。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暗い足許あしもとには泥土質の土塊つちくれ水溜みずたまりがあって、歩きにくかったが、奥へ奥へと進んで行くと、向側の入口らしい仄明りが見えて来た。人々はその辺で一かたまりになってうずくまった。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そしてその村からの帰りに道路の水溜みずたまりのいびつにゆがんでいる上を、ぽいッと跳び越した瞬間の、その村の明るい春泥の色を、私は祖父の大きな肩の傾きと一緒に今も覚えている。
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
いけ名付なづけるほどではないが、一坪余つぼあまりの自然しぜん水溜みずたまりに、十ぴきばかりの緋鯉ひごいかぞえられるそのこいおおって、なかばはなりかけたはぎのうねりが、一叢ひとむらぐっと大手おおてひろげたえださきから
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
夜露よつゆにぬれた枯草かれくさが気味わるく足にまとい、ともすれば水溜みずたまりに踏み込みそうで、歩くのも難儀であったが、神谷は、折角せっかくここまで尾行した怪物を、このまま見捨てて帰るのも残りしく
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
縦横たてよこに道は通ったが、段の下は、まだ苗代にならない水溜みずたまりの田と、荒れたはたけだから——農屋漁宿のうおくぎょしゅく、なお言えば商家の町も遠くはないが、ざわめく風の間には、海の音もおどろに寂しく響いている。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たばになって倒れた卒塔婆そとばと共に青苔あおごけ斑点しみおおわれた墓石はかいしは、岸という限界さえくずれてしまった水溜みずたまりのような古池の中へ、幾個いくつとなくのめり込んでいる。無論新しい手向たむけの花なぞは一つも見えない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
窓の外のポンプ井戸の水溜みずたまりで、何かカロカロ……鳴いていた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その八百屋と、靴の修繕をする小さな店のあいだに横丁があり、でこぼこで水溜みずたまりなどのある道が百メートルほど、西へむかって延びている。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
幾度となく河床を変え、三日月なりの水溜みずたまりを置き去りにした。それでも水は多すぎたし、勾配こうばいは緩やかすぎた。岸からはみだして附近の土地をぬらした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
近道をしようとして、私達があとさきの考えもなく飛び込んでいったところは、あちらこちらに自然に水溜みずたまりが出来ているような湿地にちかいものだった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それから、彼は庭を手入れして樹木を沢山に植え込み、池を掘って水溜みずたまりをこしらえ、又便所の位置が悪いと云ってそれを西日の当るような方角に向き変えました。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
まず雌の家鴨が先に立って、両脚でびっこを引きながら、いつもの水溜みずたまりへ泥水を浴びに出かけて行く。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
わたしはふわふわ歩いて行くうちに、ふと気がつくと沙漠のようなところに来ていた。いたるところに水溜みずたまりがあった。水溜りは夕方の空の血のような雲を映して燃えていた。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
と、気ははやったが、武蔵がその時、河原の水溜みずたまりを跳びこえ、急にかなたへあゆみ出したため、遠方から声をかけては逃がすおそれがあると、あわてて同じ方角に向って堤の上を歩み出した。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
素足にはいた穴だらけの靴は、まるで一晩じゅう水溜みずたまりにつかっていたように、ぐしょぐしょになっていた。着物を脱がせてから、彼は娘をベッドに寝かせ、頭からすっぽり毛布に包んでやった。
そこの土を上の方へ掘って行きますと、深い水溜みずたまりの底へ出ます。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「たしかこの裏だ。君江さん。草履だろう。水溜みずたまりがあるぜ。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いまの夕立の名残りで、道の上には水溜みずたまりができ、道の両端にある溝は、溢れるほどの流れになっていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ルピック夫人——その水溜みずたまりはなにさ。へっついがびしょびしょじゃないか。これで、綺麗きれいになるこったろう。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
自動車は吹き降りの中を、街道に沿ったきたない家々へ水溜みずたまりの水を何度もはねかえしながら、小さな村を通り過ぎ、それから或傾斜地に立った療養所の方へじのぼり出した。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そこらの水溜みずたまりでせわしげに洗うと、刃物の付いた短い棒を小脇にして、あたかも風を呼んだ孫悟空が急な用達ようたしにでも出かける時のように、大川端から下谷方面へ、かかとを飛ばして駈け出しました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
火事場の跡のここは水溜みずたまりなのか。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
塵芥ごみ捨て場だの、汚ならしい水溜みずたまりだの、家を取壊した跡だの、また気紛れに作りかけたまま放りだしたような畑だのになっていて、ぜんたいがじめじめと暗い、陰気くさい
嘘アつかねえ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ある事務所の入口近くにいつも出来ている水溜みずたまりの中に石油がにじのようにぎらぎら光っているのなどを、いかにも不安そうに、じっと何かこらえている様子で、見守っていなければならなかった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
水溜みずたまりの孑孑ぼうふらどもに用はない。宋江、みずから出て、勝負を決しろ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空地のほぼ中央にもちの木がひねこびたような枝を張り、その一方がちょっと低くなって、雨のあとなどには水溜みずたまりができ、夏から秋にかけて、蜻蛉とんぼがよく群をなして集まるのが見られた。
源蔵ヶ原 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
水溜みずたまりを見ると、自分の顔をうつして
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
万三郎は激しくのめって、水溜みずたまりの中へ転倒した。偶然ではない、誰かうしろから追って来て突きとばしたのである。駕籠のあとを守っていた人間があって、跟けると思ったのが逆に跟けられたのだ。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「ほら、水溜みずたまりだよ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)