あし)” の例文
陰陽博士おんやうはくしで聞えた安倍晴明あべのせいめいの後裔が京都の上京かみぎやうに住んでゐる。ある時日のかたいそあしで一条戻り橋を通りかゝると、橋の下から
そのあし早やな筋立のないフィルムだが、筋立はなくともどうやら一つの輪郭を、漠然とした意味をそれらが暗示しようとするから妙だ。
銀座街頭 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
『何だその本は? 哲学か? よせ、よせ』と彼はあしを運んで新見の傍に腰を降して、彼が小笹の上に捨てた洋書を取り上げた。
白井は木場がその義妹いもとの金廻りのいゝのにつけ込み、内々融通してもらふ事があるらしいので、わざと離れて一あし二歩と先へあるき出した。
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
たうげのぼつて、案内あんないわかれた。前途ぜんとたゞ一條ひとすぢみねたにも、しろ宇宙うちうほそふ、それさへまたりしきるゆきに、る/\、あし一歩ひとあしうづもれく。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「俺は、生れて二三度しか徹夜はしたことがないから夜のことは知らないが……君、もう少しあしをゆるめてくれないか。」
蔭ひなた (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
何を考えるともなく、あし自然ひとりでに反対の方向にいていたことに気がつくと、急に四辻よつつじの角に立ち停って四下あたりを見廻した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
魂魄たましいばかりに成り申したら帰りも致そう、生身で一あしでも後へさがろうか、とののしって悪戦苦闘の有る限りを尽した。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三人一所に立止まり、見れば、何ぞや、この寒空に、素袷のごろつき風。一あしなりとも動いて見よと、いはぬばかりの面構え。かかり合ひてはなるまいと。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
うみに出るといふ私の衝動は失綜し、あしをなほ進めて行く事に何かしらんはにかみたい樣な意識が湧いて來た。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
いよいよの時になって、私は奴を一あし先へあるかせ、うしろから右の頸筋くびすじを、短刀でぐさと突きました。
按摩 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
それが、さうだ、ものの十あしばかり前まで来たところで、ピタリと足を停めてしまつた。
仄白ほのじろい夜の雪ばかりで誰の影も見えません。しばら佇立たたずんでおりましたが、「晴れたな」と口の中で言って、二あしあし外へ履出ふみだして見ると、ぱらぱら冷いのが襟首えりくびのところへかかる。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
貢さんは、阿母さんの機嫌を損じたなと思つたので、そつせなを向けて四五あし引返した。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
大概の者なれば真二まっぷたつにもなるべき所なれども、流石さすがは飯島平左衞門の仕込で真影流に達した腕前、ことに用意をした事ゆえ、それと見るより孝助は一あし退しりぞきしが、抜合ぬきあわす間もなき事ゆえ
兎も角、釣道の一名家に相違無ければ、道連れになりしを、一身の誉れと心得、四方山よもやまの話しゝて、緩かにあしを境橋の方に移したりしに、老人は、いと歎息しながら一条の物語りを続けたり。
釣好隠居の懺悔 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
白字はくじ小万こまんと書いた黒塗りの札を掛けてある室の前に吉里はあしを止めた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
あんたは愚かだ。何故なら苦しい思をしてゐながらあんたはその最高の感情を近くにまねかうともしなければ、こちらから、あんたを待つてゐる所でそれに會はうと一あし踏み出さうともしないから。
そういいながら、女史は腹立たしげに、部屋の隅にあるテエブルのかたわらを掠め過ぎようとしました。と、テエブル掛のかげから、急に欷歔すすりなきの声が響き出て来るのに吃驚びっくりして、思わず一あしをひきました。
いわばひとあし出世が近付いたと喜んでもいいくらいのもの……
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
と、なんだろう——あしにまつわりつくものがある。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は歩行を促す後躯のために、余儀なく前躯を一方にすばやくひんまげた。そして習慣の重いあしどりで檻にそつて歩き始めた。
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
婆さんは一向頓着とんちゃくしない様子で、頬冠の手拭を取って額の汗をふきながら、見れば一あしあしおくれながら歩いている。
買出し (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一体学者といふと、自分の専攻範囲はどんな下らぬ事でも知りつくしてゐるが、一あしその外へ踏み出すと、何が何やらさつぱり見当がつかないのが多い。
あのあしの運びは、小股こまたがきれて、意気に見える。斑蝥は、また飛びしさった。白鷺が道の中を。……
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お山は二あしあし進寄つて、『何だよ大きな聲で……芝居に行かうと、何に行かうと餘計なお世話ぢやないか。お前に不義理な借金をてありやしまいし。』と言つて奧を窺込のぞきこむと
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
これを聞くとかの急ぎあしで遣って来た男の児はたちまち歩みをおそくしてしまって、声のした方を見ながら、ぶらりぶらりと歩くと、女の児の方では何かに打興うちきょうじて笑い声をらしたが
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「まあ、さうだ。——君、少しあしをしないか。」
蔭ひなた (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
カテリーナは耳に止めようともせず、あしを進めた。
老人はそれを見ると、初めて老年としよりの偉さを皆に見せつける事が出来たやうに、咽喉をころころ鳴らしながら、だくを踏むやうなあしつきで前を通つて往つた。
「あなた、一あし先へ行つて下さい。わたしはすこし歩いて、次の車に乗りませう。」
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それは言葉通りに身構は南へ向いあしは北へ向って行くことであるか、それとも別に間隔交替か何かの隊法があって、後を向きながら前へ進む行進の仕方が有ったか何様かくわしく知らない。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おのずからのように、あしが運んで、するする此方こなたへ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
牛のあしより
短歌集 日まはり (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
老人は京の底冷そこびえに、風邪でも引いたかして、泡のやうなみづはなすゝつてゐたが、ふと自分が今通りかゝつてゐるのは、婦人溜所の前だなと気がくと、ひよいとあしをとめてその方へ振向いた。
源三はすたすたと歩いていたが、ちょうどこの時虫が知らせでもしたようにふと振返ふりかえって見た。途端とたんに罪の無い笑は二人の面にあふれて、そして娘のあしは少しはやくなり、源三のあしおおいおそくなった。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
同じ電車から降りたものらしく、一あし先へ歩いて行くのに出会った。
にぎり飯 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかしたちまちにして一トあしは一ト歩よりおそくなって、やがて立止まったかと見えるばかりにのろく緩くなったあげく、うっかりとして脱石ぬけいし爪端つまさき踏掛ふんがけけたので、ずるりとすべる、よろよろッと踉蹌よろけ
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)