樹々きぎ)” の例文
樹々きぎの梢から漏れ落る日の光が厚いこけの上にきらきらと揺れ動くにつれて、静な風の声は近いところに水の流でもあるような響を伝え
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
安心あんしんあそばしてください、下界げかい穀物こくもつがすきまもなく、に、やまに、はたにしげっています。また樹々きぎには果物くだものかさなりってみのっています。
消えた美しい不思議なにじ (新字新仮名) / 小川未明(著)
樹々きぎこずえが水底のに見え、「水面」を仰ぐとねぐらへ帰る烏の群が魚に見え、ゼーロンにも私にもえらがあるらしかった。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
小鳥の声が晴々はればれとひびく、山や峰は孔雀色くじゃくいろの光に濡れ、傾斜の樹々きぎは強烈な陽をうけて、白い水蒸気をあげている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雨戸のそとは、はたして、叫ぶ風と狂う雨とのあらしだった。樹々きぎのうなりが、ものすごく聞こえてきていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
町の入口には、いにしえ稜堡りょうほの跡の遊歩場に、アカシアの木立が植えられるのを昔彼は見たのだが、それがすっかりあたりを占領して、古い樹々きぎを窒息さしていた。
くれないなる、いろいろの旗天をおおひて大鳥の群れたる如き、旗の透間すきまの空青き、樹々きぎの葉のみどりなる、路を行く人の髪の黒き、かざしの白き、手絡てがらなる、帯の錦、そであや薔薇しょうび
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ただの家と、その邸内の単純な景色を——荒れはてた壁を——眼のような、ぽかっと開いた窓を——少しばかり生いしげった菅草すげぐさを——四、五本の枯れた樹々きぎの白い幹を——眺めた。
窓のそとは、くゎッと明るくて、樹々きぎの葉も、庭土にわつちも、白く燃えあがっているのに、部屋の隅々はおんどりとうす暗くていろいろな家具が、畳の上によろめくようなかげを落している。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
累々るいるいたる熔岩の集団には、こけがいよいよ深く、樹々きぎの枝には「さるおがせ」がつき、谷間にはししがしら、いので、かなわらび、しけしだ、おおしだ等水竜骨すいりゅうこつ科の隠花いんか植物が群生し
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
山は既に春深く樹々きぎは緑を競う。こんな長い美しい峠も多くはあるまい。石器の長水は昨夜からの夢である。邑内ゆうないで車を下り郡守林明珣氏に会う。石工いしくの村は邑外二十町ばかりの先昌里にあった。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
疲れてもまた元に返る力の消長の中に暖かい幸福があるのだ。あれあれ、今黄金こがねたまがいざって遠い海の緑の波の中に沈んでく。名残なごりの光は遠方の樹々きぎの上にまたたきをしている。今赤いもやが立ち昇る。
世はようやく春めきて青空を渡る風長閑のどかに、樹々きぎこずえ雪の衣脱ぎ捨て、家々の垂氷たるひいつの間にかせ、軒伝うしずく絶間たえまなく白い者まばらに消えて、南向みなみむきわら屋根は去年こぞの顔を今年初めてあらわせば、かすおい
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
此辺は秋已に深く、万樹ばんじゅしもけみし、狐色になった樹々きぎの間に、イタヤかえでは火の如く、北海道の銀杏なる桂は黄のほのおを上げて居る。旭川から五時間余走って、汽車は狩勝かりかつ駅に来た。石狩いしかり十勝とかちさかいである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この谿をおほへる樹々きぎのしげり葉を照らす光よともしむわれは
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
樹々きぎの一家Une famille d'arbres
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
明色めいしよくな太平洋の海を椿の樹々きぎのあひだから眺めた。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
蟋蟀こおろぎ」「樹々きぎの一家」などその好適例である。
博物誌あとがき (新字新仮名) / 岸田国士(著)
いま、樹々きぎ片枝かたえあを
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
樹々きぎをわたりて行く雲の
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
世は今樹々きぎも若いばえ
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
りわたったなつの日、風の夜、ながれる光、星のきらめき、雨風あめかぜ小鳥ことりの歌、虫の羽音はおと樹々きぎのそよぎ、このましいこえやいとわしい声、ふだんきなれている、おと、戸の音
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
強情ごうじょうに、樹々きぎにせばめられているほそい道へと、むりやりに馬をすすめていった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
樹々きぎを叩いて、障子にも、ポツリ、ポツリ、大粒な水のあとがにじみ出している。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ちょうどあけぼのの最初の光が東の方の樹々きぎの頂から輝きだしたころであった。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
打寄する浪は寂しくみなみなる樹々きぎぞ生ひたるかげふかきまで
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
樹々きぎをわたりて行く雲の
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それでも二人は、無言のままたがいに近寄っていた。野の中には他にだれもいなかった。そよとの風もなかった。ただ熱っぽいそよぎが、樹々きぎの小さな葉を時々震わすばかりだった。
そこでは、ヘブリディーズあたりの波のように、低い下生したばえが絶えずざわめいている。しかし天には少しの風もない。そして太古からの高い樹々きぎは強い轟音ごうおんをたてて永遠に彼方此方へ揺れている。
青々と樹々きぎの葉てらす天つ日はいま谷底の石をてらさず
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
樹々きぎこずえに風が吹くのが、同じ高さに聞こえる。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
樹々きぎこずゑを染めよかし
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)