権化ごんげ)” の例文
旧字:權化
智恵と慈悲と清浄と、そして勇気の権化ごんげのような、美しく凛々りりしい小枝姫は、今宵も凛々しく美しくつ無邪気に取り澄ましている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
慈悲そのものの権化ごんげたる観音さまは、愛憐あいれんの御手で、私どもを抱きとってくださるから、私どもには、なんの不安も恐れもないのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
名利みょうり恋々れんれんたるのではないが、彼も一族の族長だ。乱世らんせ権化ごんげみたいな熱血そのもののやからも多くかかえている。弟正季まさすえがしかりである。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女は例のごとく過去の権化ごんげと云うべきほどのきっとした口調くちょうで「犬ではありません。左りが熊、右が獅子ししでこれはダッドレーの紋章です」
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
奥田は東京市の名市長として最後の光栄をひつぎに飾ったが、本来官僚の寵児ちょうじで、礼儀三千威儀三百の官人気質かたぎ権化ごんげであったから
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
お身は神じゃ、われわれの尊崇する魔神の権化ごんげじゃ。ゆくゆくはわれらがひざまずいて、却ってお身の光りを拝まねばなるまい。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……オオ……若林博士こそ世にも恐ろしい学術の権化ごんげなのだ。……精神科学の実験と、法医学の研究とを同時に行っている……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かつて文字の神の権化ごんげとして崇拝されたに比較して猴も今昔の歎に堪えぬじゃろとウィルキンソンは言うた(『古埃及人の習俗)』巻三)。
荷車は二頭の牛にかせる物ときまつて居るらしいが、牛はヒンヅ教でシヷ神しん権化ごんげである所から絶対に使役しない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
鍛えに鍛えたたくましい体力と鉄石のような負けじ魂と加うるに、この数年師匠を驚かすくらいに上達した北辰一刀流の剣技——この三つの権化ごんげであった。
平馬と鶯 (新字新仮名) / 林不忘(著)
人間の組織的な意志の壮大な権化ごんげ、人間の合理的な利益のためにはいかなる原始的な自然の状態にあるものをも克服し尽くそうというごとき勇猛な目的を
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
明治聖帝が日本の国土のかがやきの権化ごんげでおわしますならば、桜さく国の女人の精華は、この后であらせられた。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
とてものことに、現世ながら、魂を地獄におとし、悪鬼羅刹らせつ権化ごんげとなり、目に物見せてつかわそう——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
けだし当時伊国の、如何に憐れなる形勢に陥りしやは、の圧制の権化ごんげ、旧主義の本尊メテルニヒが、伊国は地理学的の名目にして、国家的称号にあらずと颺言ようげんしたるを
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そういう意味で、「聖林ハリウッド映画の世界」、「ギャングの街」、「近代生産設備の権化ごんげ」などという言葉で、代表される以外のアメリカの話を、少し書いてみることにする。
知られざるアメリカ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
かの偉大な罪人であり悪魔的な驢馬ろばであり、悪魔の権化ごんげにして音楽上の悪魔なるベルリオーズ、そういう父祖の、軽薄さの罪を、償おうとでも思ってるかのようだった。
ゲヴァントハウスの指揮者としての五年間は、おそらく幸福の権化ごんげのような人間メンデルスゾーンでさえ、最も平和な生活と、満ち足りた幸福を味わった時であったろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
自らはっきり自覚してはいなかったが、しかし自己の有用と成功とに対するおぼろな直覚をもって彼ジャヴェルは、悪をくじくきよき役目における正義光明真理の権化ごんげであった。
で、八犬士でも為朝でもそれらを否定せぬ様子を現わして居ります。武術や膂力りょりょくの尊崇された時代であります。で、八犬士や為朝は無論それら武徳の権化ごんげのようになって居ります。
まさに道楽の真髄に徹したもので、さながら歓楽の権化ごんげかと思われます。
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
強悪の権化ごんげのようにのみ、歴史の書物には写し出されていますけれども、そう暴虐の、淫乱の、無茶な人に、いつまでも人心が服しているはずはありません、たとい一時の権勢はありましても
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
美の権化ごんげとしてのアフロディテの表現の上に、さらに永遠の処女としての侵し難い清らかさ、救世主の母としての無限の慈愛を現わそうとする努力があり、またあるものはそれを現わし得ている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
なほジェインの話は続いて、その読書の道に入つた動機を滔々とうとうと述べ立ててゐるのだが、長くなるから割愛することにして、以下少しばかり智の権化ごんげのやうなこの少女の上を振りかへつて見たい。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
彼はまるで怨恨の権化ごんげのようにわしには見えた。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
母愛の権化ごんげ
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それが持てれば、もし権化ごんげともなりきれれば、民と一者の指揮者は、無限な民の心泉から、無限な力を汲みあげられないはずはない——と。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしこの世にそのような人間があるとすれば、それは仏陀の権化ごんげか、但しは妖魔の化生けしょうであると、彼は鋭く言い切った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と宗近君が云い切らぬうちに、怒の権化ごんげは、はずかしめられたる女王のごとく、書斎の真中に突っ立った。六人の目はことごとく紫の絹紐にあつまる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
恋と芸術の権化ごんげ——決然と自己を開放した日本婦人の第一人者——いわゆる道徳を超越した尊敬に値いする人——『須磨子の一生』の著者はそう言っている。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
とうとう本心を! ……姉上こそ邪淫の権化ごんげ! 小次郎様をよこしまに恋し、四年も五年も思い詰めていた、このわたしから横取ろうとなさる! ……その姉上様どうかというに
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
約言すれば彼を以て公武合体、朝廷、幕府、諸侯、三位一体さんみいったい権化ごんげとなせり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
あの慈母の権化ごんげ、観自在菩薩が、深般若波羅蜜多じんはんにゃはらみたぎょうじて、一切は空なりと観ぜられた、ということは、実にそこに深い意味があるのです。空を観じて空を行ずる。因縁を観じて因縁を行ずる。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
宇治山田の米友は正義の権化ごんげです。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かかる人こそ、仏心を意識しないで仏心を権化ごんげしている奇特人というべきである。何を職業としている者かありがたい存在といわねばならぬ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある刹那せつなには彼女は忍耐の権化ごんげのごとく、自分の前に立った。そうしてその忍耐には苦痛の痕迹こんせきさえ認められない気高けだかさがひそんでいた。彼女はまゆをひそめる代りに微笑した。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつまでも活きている鏡葉之助、人間の意志の権化ごんげでもあり、宇宙の真理の象徴でもある。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『心経』の最初に「観自在菩薩かんじざいぼさつじん般若波羅蜜多をぎょうずる時、五うんは皆くうなりと照見して、一切の苦厄くやくを度したもう」といってありますが、慈悲の権化ごんげである菩薩、仏の化身けしんである観音さまも
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
遺孤みなしごの寄託、大業の達成。——寝ても醒めても「先帝の遺詔いしょう」にこたえんとする権化ごんげのすがたこそ、それからの孔明の全生活、全人格であった。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自大狂じだいきょう大気焔だいきえんを吐いている。近頃は立町老梅なんて名はつまらないと云うので、みずか天道公平てんどうこうへいと号して、天道の権化ごんげをもって任じている。すさまじいものだよ。まあちょっと行って見たまえ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分を守らぬ神仏があれば、神仏のほうが悪仏邪神であるとするであろうほど、彼女にとって、彼女は善の権化ごんげだった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最後に武右衛門君の心行きをちょっと紹介する。君は心配の権化ごんげである。かの偉大なる頭脳はナポレオンのそれが功名心をもって充満せるがごとく、まさに心配をもってはちきれんとしている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、ある諜状を手にすると、勃然ぼつぜんと怒りを東へ向け変えて、日頃、唾棄だきしている都の現状や一門の繁栄を擁護する権化ごんげとなって、すぐ討伐の軍議を命じた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれど、子どもは母を、いてでも、きよらな女性、気だかい女性、純なる愛の権化ごんげとも、見たいのであった。
が、彼には、条件がある。彼はその目的の権化ごんげでもあった。だから相反する者に会えば、両者は忽ち戦争に入る。いかなる外交の秘策も敢然として行いきる。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白蛾はくがの眉、長い腮髯あごひげかずら被布ひふ、ふくみ綿、すべての仮面を一時にかなぐり捨てれば、それは父性愛の権化ごんげか、捕物の神かとも見える老先生、塙江漢はなわこうかんなのであった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「畏れながら、あの日のおん姿ばかりは、お人とは思われませなんだ。武神の権化ごんげかと思われました」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仕事の話となると、いつもすぐ仮面作めんづくりの権化ごんげとなってしまう半喪心はんそうしんの状態から、ただの貧しい一面の仮面彫り職人に返って、急に、雄弁だった舌の根もどこへやら
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまりは骨のずいまでの古兵学の権化ごんげなのだ。獄にいても、彼は日夜、退屈は知らないのである。朝夕、身近に来る雑武者から全戦場のいろんなことを聞きほじっていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この低地帯にむらがり住む貧者のために考えられた社会救済を、輪奐りんかんの美に権化ごんげしたものだった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ一剣の権化ごんげとなりきっていた武蔵は、その耳の穴から、計らざる音律おんりつ曲者くせものにしのび込まれて、途端に、われに返ってしまった、肉体と妄念のわれに戻ってしまった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)