暗誦あんしょう)” の例文
と堀尾君は計算を暗誦あんしょうしているように述べて、米の相場次第だが、金利の見積りから、先ず十万近くの財産が貰える勘定だと言った。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その感じやすい少年の気持を害さないようにいつも注意しながら、学課を暗誦あんしょうさせ、宿題を読んでやり、調べてやることさえあった。
この尾崎女史は、誰よりも早く私の書くものを愛してくれて、私の詩などを時々暗誦あんしょうしてくれては、心を熱くしてくれたものであった。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
もっとも若いうちは不良の文学青年でバイロンの「海の詩」なんかを女学生に暗誦あんしょうして聞かせたりなんかして得意になっていたもんだがね。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
手はずしてあった個処かしょで、合図を忘れるので、ファン連は、困りきって、演説を暗誦あんしょうしておこうと努力したが父は面倒くさがっていた。
だが、バルナバスが最初のKの報告をよくおぼえていることを示すため、それを暗誦あんしょうし始めたので、またKを怒らせてしまった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
それから、およそ五六分間は、十分に暗誦あんしょうして来たらしい文句をつらねて、熱烈ねつれつに世界の大勢を説き、日本の生命線を論じた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
無論小学校の生徒で、皆のまえでそんな所感など云えよう筈はなかったが、各受持の先生が、前の日に、云うべき文句を、暗誦あんしょうさせてあった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
途中ずっと、宿へ着く毎に例の書付をひろげては暗誦あんしょうしながら、急ぎに急いで、江戸邸へと入ったのは十月二日夕刻であった。
蕗問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
僕は、どうも詩というものは苦手だけれども、それでも、大月花宵の姫百合ひめゆりの詩や、かもめの詩は、いまでも暗誦あんしょうできるくらいによく知っている。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
当時のもっとも玄妙な舞踊にもけ、さまざまな歌曲をハープやギターでひくこともでき、恋愛詩人がうたうあまい民謡をすべて暗誦あんしょうしていた。
毎日彼は人のいない野原へ行って、「三業に悪を造らず、諸々の有情を傷めず……」とやるのですが、それがどうしても、暗誦あんしょうできないのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
「わたしの心はこの胡椒こしょう……みくだいて粉にしてかおりを見て下さるなら……」というようなキザな文句が若い女に喜ばれて暗誦あんしょうされたもんだ。
グードリッチの英国史といったような本を、一節ぐらいずつ読んで、それからそれを机の上へ伏せて、口の内で今読んだ通りを暗誦あんしょうするのである。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「何せ姉ちゃんは、重役さんの家へ挨拶あいさつに行く時かて、二三日も前から口上の言葉を口の中で暗誦あんしょうして、独りごとにまで云うぐらいやさかいにな」
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あの教義をただ断片的に暗誦あんしょうして博識ぶったり、あの唐風からふうの詩から小手先の技巧を模倣もほうしてみたりしたところで何になるでしょう? 要するに僕は
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
最初の一ページはいまでも暗誦あんしょうしています。アンデルセンはその生涯を綴るに際して、こういう一行からはじめました。
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
そのとき、捨吉は学校に居る時分に暗誦あんしょうしかけた短い文句を胸に浮べた。オフェリヤの歌の最初の一節だ。それを誰にも知れないように口吟くちずさんで見た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
オーリャの方では機械的に、日課の暗誦あんしょうのような調子で、この世のことはすべて仮事で、すべては過ぎ去り、神様はお許しになるでしょうと繰り返した。
これは詩編第二十二編第一節の言で、ある人はイエスが第二十二編全編の暗誦あんしょうを始められたのである、と想像しますが、そんな余裕のある場合ではない。
それに答えて、受話器からは、まるで無感動な、暗誦あんしょうでもする様な、たどたどしい子供の声が聞こえて来た。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は歩きながら『奥の細道』の一節を暗誦あんしょうしていた。これは妻のかたわらで暗誦してきかせたこともあるのだが、弱いおのれの心をささえようとする祈りでもあった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ソレカラ何処どこかで法螺ほらの貝を借りて来て、かおを隠して二人ふたりで出掛けて、杉山が貝を吹く、お経の文句は、私が少年の時に暗誦あんしょうして蒙求もうぎゅうの表題と千字文せんじもん請持うけも
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
経文の暗誦 発達して行くがさて困難な事は暗誦あんしょうばかりですから、学ぶ者の身にとっては容易でない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
先生せんせい、なんでもうすこし容易たやす道理どうりがわかるように、そのひと算術さんじゅつつくらなかったのでしょうか。わたしには、むやみに暗誦あんしょうしたり、法則ほうそくおぼえてしまうことができないのです。
残された日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
南の島々では雀をユムンドリという者が多い。ユムンは「よむ」であって暗誦あんしょうのことである。
読みながら道庵は、自分ひとりが高速度的にいい心持になって行くと見えて、盛んに、朗読だか、暗誦あんしょうだか、出鱒目でたらめだか、遠くで聞いていてはわからない文句を並べました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私はあんまりくやしくなりましたけれども。いつかあなたの作文ネー。私は暗誦あんしょうしておりますヨ……。聖賢の教えも得手勝手に取りなして聞く時は。身を乱だすこともあるべし。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
暗誦あんしょう、定期的な半休や、散歩、運動場での喧嘩けんかや、遊戯や、悪企わるだくみ、——こんな事がらが、長いあいだ忘れられていた心の妖術ようじゅつによって、あまたの感覚、かずかずの豊富な出来事
留魂録りゅうこんろく暗誦あんしょうしていた程だったが、しかし此松陰崇拝が、不思議な事には、ちっとも雪江さんを想う邪魔にならなかったから、其時分私の眼中は天下唯松陰先生と雪江さんと有るのみだった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ボスエルの『ジョンソン伝』に、ジョンソンわれ能くデンマーク語でホレボウの『氷州アイスランド博物誌』の一章を暗誦あんしょうすと誇るのでやらせて見ると、「第五十二章蛇の事、全島に蛇なし」とあるばかりだそうな。
あれはあたしが動物学の暗誦あんしょうをしていたんですわ。
新学期行進曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
三郎のうその花はこの黄村の吝嗇から芽生えた。八歳になるまでは一銭の小使いも与えられず、支那の君子人の言葉を暗誦あんしょうすることだけを強いられた。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
「よく忘れずに暗誦あんしょうしたものですね。伯父さんもなかなか記憶がいい。長いじゃありませんか。苦沙弥君分ったかい」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
男の我々が見るとたまらなくキザで鼻持がならないもんだが、当時の若い女をゾクゾクさした作で、キザな厭味いやみな文句を文学少女は皆暗誦あんしょうしていたもんだ。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
時とすると彼女は、一編の物語の筋を前から読んでいて、その言葉をすっかり暗誦あんしょうしてることさえある。したがって彼女はそれを心には少しも感じない。
と千代子も悉皆すっかり暗誦あんしょうしていた。絹子さんはもうお多福風が直ってもとの通りの美人に戻ったが、逗留とうりゅうしている。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お望みなら「文章博士」にだってなります。ただ、うただけは作らせて下さい。「文章博士」が経書の文句の暗誦あんしょうをするだけなら、あんなものだれだってなれます。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
お父さんは居睡いねむりしていらっしゃる時の外は何時でも暗誦あんしょうですから、私の方でも思うようには出来ませんから、長い間ずっと階下したの四畳半で皆と一緒におります。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
周防は声をひそめ、「その文字をよく読んでくれ」と云って、眼をつむり、囁くように暗誦あんしょうした。
ましてこの夜話のような物語は、男女の席で朗読されたり暗誦あんしょうされたりするものではないのである
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
夕食後、彼は妻の枕許まくらもとでトオマス・マンの「衣裳戸棚いしょうとだな」の冒頭を暗誦あんしょうしてきかせた。女中のたつは通いで夜は帰って行ったから、その部屋はいま二人きりの領分であった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
今も女性によって暗誦あんしょうせられているが、現在の島人たちはこれを解説して、宮古島にも別に一つの古見があった、四島はただ四つの部落のことだったと思っているようだが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
神は歴史を監督する。しかし歴史の現実の進行は人の経営するところである。神みずから歴史の筋書をば微細の点に至るまで規定し、人は機械的にこれを暗誦あんしょうするのではない。
「ねえサーシェンカ、あんたまだお伽詩とぎし暗誦あんしょうがよくできてなかったわね」
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そうでなければ暗誦あんしょうを試みて、無聊ぶりょうを慰めているものとしか思われません。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
長吉ちょうきちはやっとゆるされてそのがた学校がっこうもんたのでありました。かれみちあるきながら、算術さんじゅつや、暗誦あんしょうなどのない、すずめの世界せかいやからすの世界せかいがつくづくこいしくうらやましかったのであります。
残された日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たとえば英語の教師が英語に熱心なるのあまり学生を鞭撻べんたつして、地理数学の研修に利用すべき当然の時間をいてまでも難句集を暗誦あんしょうさせるようなものである。
作物の批評 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この馬鹿ばか者は、音楽のページを暗誦あんしょうするためにはどうしたらいいか、かつて了解することができなかった。
よく肩が凝るという父の背後うしろへ廻って、面白くも可笑おかしくもない歴代の年号などを暗誦あんしょうさせられながら
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)