ぬき)” の例文
丁度同時に硯友社けんゆうしゃの『我楽多文庫がらくたぶんこ』が創刊された。紅葉こうようさざなみ思案しあんけんを競う中にも美妙の「情詩人」が一頭いっとうぬきんでて評判となった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「……なれども、おみだしに預りました御註文……別して東京へお持ちになります事で、なりたけ、丹、丹精をぬきんでまして。」
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三本の竹槍が高く高く、一団の頭上にぬきんでてい、その先に三個の生首が、果物のように貫かれていた。山県大蔵が先頭に立ち
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雲仙の最高峰普賢はここから見えぬが、普賢を背後に隠している妙見岳が、独りそのたえなる姿をぬきんでて、このリンクスに君臨している。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
くれない弥生やよいに包む昼たけなわなるに、春をぬきんずるむらさきの濃き一点を、天地あめつちの眠れるなかに、あざやかにしたたらしたるがごとき女である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こう云って、三度に一度は馴染の待合へ供をさせると、其の時ばかりは別人の様にイソイソ立働いて、忠勤をぬきんでます。
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
寂寞せきばくたる光りの海から、高くぬきでて見える二上の山。淡海公の孫、大織冠たいしょくかんには曾孫。藤氏族長太宰帥、南家なんけの豊成、其第一嬢子だいいちじょうしなる姫である。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
而して彼が維新革命史上、一頭地をぬきんずる所以ゆえんのものは、要するに見る所直ちに行わんと欲するがためにあらずや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
その櫟は普通に老樹と云われるものよりもぬきんでておおきく高く荒箒あらぼうきのような頭をぱさぱさと蒼空に突き上げて居た。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と新太郎君は忠勤をぬきんでるに怠りない。そうして汽車が着くや否や寛一君と二人で飛び込んでその通り計らった。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それが秋の彼岸ごろになって、地面からいきなりに花茎だけをぬきんでる。咲く花もまた狂ったように見える。忌まれたのはそういうわけからであったらしい。
遠く北國の方から來て、北美濃と東淺井郡との境を長城の如く堅めてゐる山脈は北の方にぬきんでゝ高く、深いらん氣を付けてゐるのが金糞ヶ岳といふのであらう。
湖光島影:琵琶湖めぐり (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
正岡子規子まさおかしきしの没後、先生がひとりその門弟のなかにぬきんでて、根岸派歌会の中心となってそれを背負ってゆかれたことも、年齢などの関係もあったには違いないが
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
年頃ともならば別地を知行し賜はるべし。永く忠勤をぬき可き御沙汰を賜はりしこそ笑止なりしか。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
『万葉』がはるかに他集にぬきんでたるは論を待たず。その抽んでたる所以ゆえんは、他集の歌がごうも作者の感情を現し得ざるに反し、『万葉』の歌は善くこれを現したるにあり。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
中でも崇福寺すうふくじの丹朱の一峰門が山々の濃緑からぬきん出て、さながら福建ふくけん浙江せっこうの港でも見るよう。
「今、大いに『城』同人へ御忠勤をぬきんでている所なんだ。」と、自慢がましい吹聴ふいちょうをした。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
従って彼が、これを本意とする文芸に対して、哲理の世界及び道徳の世界のほかに、独立せる一つの世界を賦与ふよしたことは、時代をぬきんずる非常な卓見と言わなくてはならぬ。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
杉やひのきが天をむいて立つように、地平線とは直角をなして、即ち衆俗をぬきんでて挺然ていぜんとしてみずから立って居りますので、その著述は実社会と決して没交渉でも無関係でもありませんが
彼女は、きっと親切や勤勉をぬきんじてその家の為に努力するでしょう。
それには、今の世になってこの足利らが罪状の右に出るものがある、もし旧悪を悔いて忠節をぬきんでることがないなら、天下の有志はこぞってその罪をただすであろうとの意味をしるし添えたという。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
軍忠にぬきんづ
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それがしに一萬の御勢おんせいをお附け下さりませ、はゞかりながら先を懸け奉り、一合戦して忠勤をぬきんでましょうと、頼もしげに云った。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
が、顔だけは夕顔の花か、芙蓉の花のように白くぬきんで、それが歌声の聞こえて来る方へ——庭の方へ向けられた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
喧騒の群の上にぬきんでて近くシャンデリヤに照らされている柱の上部の絵を、眼の届くまで眺めて行った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これ儒教的政論のすいぬきんでたるもの、尋常一様の封建政治の理想、必らずしもかくの如く精明なる大主義徹底したるにあらずといえども、その民情を尋酌しんしゃくし、民を養うを以て
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
すなわち人よりも自分が一段とぬきんでている点に向って人よりも仕事を一倍にして
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
根じめともない、三本ほどのチュリップも、蓮華れんげの水をぬきんでた風情があった。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「兼ね/″\御云ひつけになりました地獄変の屏風でございますが、私も日夜に丹誠をぬきんでて、筆を執りました甲斐が見えまして、もはやあらましは出来上つたのも同前でございまする。」
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
異常の天分をぬきんで、藤堂伯その他の故老に就てお稽古に励んでいた。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
が、沼南の清節は縕袍弊袴うんぽうへいこで怒号した田中正造たなかしょうぞうの操守と違ってかなり有福な贅沢な清貧であった。沼南社長時代の毎日新聞社員は貧乏が通り相場である新聞記者中でも殊にぬきんでて貧乏であった。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
家の庭苑そのにも、立ち替り咲き替って、、草花が、何処まで盛り続けるかと思われる。だが其も一盛りで、坪はひそまり返ったような時が来る。池には葦が伸び、がまき、ぬきんでて来る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「手」の交響楽——そのなかからは時々高い笛の音やラッパの声が突然の啓示ででもあるかのように響き出す——それは潮のように押し寄せてくる五千の指の間から特にぬきんでて現われている少数の大きい腕である。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「十五歳の頃春琴の技大いに進みて儕輩さいはいぬきんで、同門の子弟にして実力春琴に比肩ひけんする者一人もなかりき」
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
でもそのうちの一棟が、とりわけ高く他の棟からぬきんで、しかもその屋根に千木ちぎを立て、やしろめいた造りに出来ているのが、不思議に思われてなりませんでした。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雲はすべてそっちへ掻き寄せられたように大山の山脈から秩父の峰へかけて濃く棚引いています。それでもその上へぬきんでゝいる連峰は眼に沁みるほど青いのです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一は田沼濁政の後を承け、天下の民みな一新の政を望むの時に際し、他は文恭公太平の余沢に沈酔したるに際す。一は天下の衆望によりてぬきんでられ、他は寵臣ちょうしん夤縁いんえんによりてすすむ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
丈なす枯れ草の上をぬきんで、時々二本の白刃らしいものが、陽に反射して輝くのが見えた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
町家の群からぬきんでて聳え立つ西隅の遊郭は煌々した灯をちりばめて怪物の棲む城のようです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それがほとんどひとかたまりの大きな岩の苔蒸こけむしたもので、川のおもてから一丈程ぬきんでいるのであるが、ひとすじの細い/\清水が、何処からか出て来て、その崖の下をめぐって
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
黒く茂っている植え込みをぬきんで、聳えている高殿の姿であり、その高殿の廊の欄干に、のしかかるように体を寄せて、じっと二人を見下ろしている、絵本で見た玉藻前たまものまえのような
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
数度の合戦に功名を立て忠勤をぬきんでたことでもあり、父の輝国も筑摩家に対し二心をいだく様子も見えなかったから、弘治三年の秋に及んで漸く河内介は父の館へ帰ることを許された。
何ともないような橋なのだが、しきりに私達の心はかれる。向う岸の橋詰に榕樹ガジマルの茂みが青々として、それから白い尖塔せんとうぬきんでている背景が、橋を薄肉彫のように浮き出さすためであろうか。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ここ辺りは入江であって、あしすすきが水際にい、陸は一面の耕地であり、所々に森があったが、諏訪明神の神の森が、ひとりぬきんで、そびえているのは、まことに神々こうごうしい眺めである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
勿論陰謀の證拠をおさえて則重に忠勤をぬきんでようと云う腹からではない。
左岸の橋詰に一かたまりたむろしている鷺町の屋根の上に高くぬきん出て、この辺での名刹清光寺の本堂の屋根が聳えています。それから少し川とは反対側に傾いてほうきのような木が空に突出しています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
紫は南葵なんきの花であり、あかきは唐桃の花であり、黄なるはオランダ美女草の花で、それらの薬草の花の敷物を、ぬきんでて空にそびえている木々の葉は紅葉し黄葉して、エメラルド色の空を飾り
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
富士は一きわ白くぬきん出て現実のものとは思われなかった。慧鶴はすこし夢心地になって思索の筋道を奥歯できっと噛み押えながら意識をとろりとさせていると、地響きのようなものが聞えて来た。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
森の梢をぬきんでて、屋敷の屋根が見えていた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その声々にぬきんでて、謡の声はなおつづいた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)