怪訝けげん)” の例文
「無い?」わざと怪訝けげんな顏をして、「望みの竹生島も見せてやつたし、京都、大阪、須磨や奈良へも連れてツてやつたぢやないか?」
泡鳴五部作:01 発展 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
……そんな私の心のなかの動揺どうようには気づこうはずがなく、彼女は急に早足になった私のあとから、何んだか怪訝けげんそうについて来ながら
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
法水は怪訝けげんそうに相手の顔をみつめていたが、「しかし、本当の事を云うんですよ。伸子さん、あの札はいったい誰が書いたのですか」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
と、正太は怪訝けげんな顔をしているとき、奥から人波をかきわけながらぜいぜい息を切らせてかけつけた一人の禿げ頭の老人があった。
人造人間エフ氏 (新字新仮名) / 海野十三(著)
日本人にほんじん固有こゆう風習ふうしふてゝ外國ぐわいこく慣習くわんしふにならうは如何いかにも外國ぐわいこくたいして柔順過じうじゆんすぎるといふ怪訝けげんかんおこさしむるにぎぬとおもふ。
誤まれる姓名の逆列 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
夫は怪訝けげんそうな目で彼女を見た。土佐犬のような顔! が、その犬のようにとがった口を急に侮蔑ぶべつの笑いにゆがめて彼女の夫は駆けだした。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
これで、明石まで行けるのかと、料金のやすさを怪訝けげんに思い浮べているとき、トラックは、急に速力をおとして、畑の横に停った。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
俯向きながら汗を拭いている私の顔に探偵は怪訝けげんそうな眼をみはっていたが、やがて卓上に腕を組みながら気の毒そうに視線をらせた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
一幕をワヤにした若造は、何が故に、みんなから、そんなに笑われるのかと怪訝けげんかおが、またおかしいと言ってみんながまた笑う。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そんな人がいるのかと云わぬばかり怪訝けげんな顔をした。ほとんどと云ってよい程、義経の存在などは、下のほうには知られていない。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小村に送られて階段を降り、卓の間を縫って扉口まできたが、こんどは先刻のように怪訝けげんらしい眼で眺める人は誰も居なかった。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
お巡りさんは一冊一冊手に取って見ていたが、どれもが赤い本でも黒い本でもなく、むしろ抹香臭いものであるのに怪訝けげんな面持になった。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
またそんな意味ではなく、あまり不思議な詰問が二度まで続いたので、二度目には怪訝けげんに思って顔を上げたのかとも考えられる。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この二字の前に怪訝けげんな思いをしなければならなかった津田は、一方から見て、またその皮肉を第一に首肯うけがわなければならない人であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
助手は怪訝けげんそうに教授の顔を見上げていいました。「矢野君は今日留守で御座いますから、先生と御一緒に解剖するはずで御座いましたが」
稀有の犯罪 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
文麻呂 (怪訝けげんな顔で、唄の聞えて来る方向を不気味そうに見やり)……清原。………あれは何だい? 何だろう、あの唄は?
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
久さんは怪訝けげんな眼を上げて、「え?」と頓狂とんきょうな声を出す。「何さ、今しがたお広さんがね、甜瓜まくわってたて事よ、ふ〻〻〻」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
猫が、奇妙なこの場の様子を解しかねたように、金五郎が刀を動かすたびに、怪訝けげんまなざしで見る。盥の傍で、丸くなって眠っているのもある。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「はあどうかあんしたんべか、お内儀かみさん」勘次かんじ怪訝けげん容子ようすをしてかつつらいやなことでもいひされるかとあんずるやうにづ/\いつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ドライ・アイスの破片は方々にとび散って、盛んに白い煙をあげる。飛行場の人たちは、怪訝けげんそうな顔をしていたが、別に叱りもしなかった。
白い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
汽車はあまり混んで居なかつたが、車中の人は、皆な怪訝けげんさうに私をじろ/\と眺めた。私は何となく心がふるへた。皆掏摸すりではないかと思つた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
怪訝けげんな顔をするのを、かまわずにツイと押しとおって、長屋わきから中門口へかかる。六尺棒を持った番衆が四人突っ立っていて、どちらから。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
引込ひきこまれて、はッと礼を返したが、それッきり。御新姐ごしんぞの方は見られなくって、わきを向くと貴下あなた一厘土器いちもんかわらけ怪訝けげん顔色かおつき
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
松島は怪訝けげんな顔をしたが、またあの石屋にでも誘い出されたのではないかと、しばらく忘れていた石屋のことを何となく思い出したりしていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
太田が怪訝けげんに思うことの一つは、その男が今まで空房であった雑居房にただひとり入れられているということであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
私は今以て怪訝けげんに堪えませぬが、そのような事は気付かぬながらに、妻ノブ子は友人として衷心からの感謝をコンドルに捧げておりましただけで
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
立ち並ぶそれらの大樹の根本をふさ灌木かんぼくの茂みを、くぐりくぐってあちらこちらに栗鼠りすや白雉子きじ怪訝けげんな顔を現わす。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
小僧は怪訝けげんな顔をして、「おいらはそんなとこを見たことはねえよ。だって、あれからまだ一度も来たのは知らねえもの」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
これが九十郎には怪訝けげんであったが、湖へ落ちた時杭などの先で、脇腹を突いたに相違ないと、そんなように解釈した。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二人の面には驚愕と怪訝けげんの感情が電の如く閃き現れたが、互にあたりを憚ったらしくアラとも何とも言わなかった。
にぎり飯 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
青年は最初は何の事だか分からず、怪訝けげんの顔をしていたが、仏法僧鳥の声の人工説だということを知って、『実に惜しい』という顔をありありとした。
仏法僧鳥 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
わたしはぼんやりしながら、三度目の繰返しをした。当の主人公は知っていても、此処の周囲の人たちは、変な来訪者だと怪訝けげんに思ったに無理はない。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼がやっと何か言っても、怪訝けげんそうにそれを聞くのであろう。なぜなら彼等の言葉は、彼の言葉とは違うのだから。
友だちはそこそこに帰って行く清三の後ろ姿を怪訝けげんそうに見送った。後ろで石川の笑う声がした。清三は不愉快な気がした。戸外おもてに出るとほっとした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
立去る時、諸戸の青ざめた顔のうしろの薄暗い中に、秀ちゃんの怪訝けげんな顔がじっと私を見つめているのに気づいた。それが一層私を果敢はかない気持にした。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
帳場に寄りかかりながら怪訝けげんらしい微笑を浮かべて私を見ているので、私はあの空家を工場にしているのは悧口りこうなやりかただと、私の意見をくり返して言った。
相撲取草すもうとりぐさを見つけて相撲を取らせては不可解な偶然の支配に対する怪訝けげんの種を小さな胸に植えつけていた。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これも怪訝けげんな会話であるが、お許しを願って次へ進もう。中二日おいて、若殿は上屋敷へお移りになった。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、姉は私の言葉を聞きつけて次の間の方から首を出しましたが、怪訝けげんそうな顔つきをして云うのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
から、昇も怪訝けげん顔色かおつきをして何か云おうとしたが、突然お政が、三日も物を云わずにいたように、たてつけて饒舌しゃべり懸けたので、ついはぐらされてその方を向く。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
房次はいず、兄嫁の澄江が怪訝けげんな顔でむかえた。写真でみて茂緒の方は知っていたが、初対面であった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
その声があまり大きかったせいか、向うのテエブルにいた芸者がわざわざふり返って、怪訝けげんな顔をしながら、こっちを見た。が、老紳士は容易に、笑いやまない。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
タッタ今まで、山鹿だと思っていたその本人が、いまここに、怪訝けげんな顔をして突立っているではないか。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
真昼間、のこのこと淫売を買いに来たりするこの客は一体何者だろうと、クララは怪訝けげんの表情だった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
近づいて来るものが、誰か、誰であらねばならぬか——その推察はついているくせに、故意に怪訝けげんな眼をたかめ、それとなく脇差わきざしをひきよせて闇をにらんでいたのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「こりゃ一体どうしたわけだね、ええカテリーナ・リヴォーヴナ、一人で寝るのに二人分もふとんを敷いてさ?」と、さも怪訝けげんそうに、彼はだしぬけに細君にきいた。
眼の方は相手からそらさずに怪訝けげんそうな凝視を続けていたのだが、その中に、私の心のすみっこに
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
窯の人たちは、きっとこんな一文を読んだら怪訝けげんな想いをさえ抱くでしょう。田中さんが窯を訪ねた時、「何のためにきたのか」と不思議そうな顔をしていたそうです。
多々良の雑器 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
宇治は惑乱わくらんを感じながら、それを立てなおすように高城の顔に瞳を定めた。高城の表情に何か怪訝けげんの色がふと走ったが、そのまま水筒を彼に返してゆるゆる立ち上った。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ここへ図らずも遅れて出た、しかも十五年も後に顔を出して、その出現を怪訝けげんな眼をもって見られた小生が加わるとなると、いよいよ多彩多異、賑やかたらざるを得ない。