形相ぎやうさう)” の例文
あはれ此夢いつかはめん、醒めてこの怖るべき形相ぎやうさうは消えほろびなん。心を鎭めて目を閉づれば、ひやゝかなる山おろしの風は我頬をめぐりて吹けり。
蒼いよりは寧ろくろく病焼けのした顔に朱を注いで、深く落ち窪んだ両眼をぎろ/\させながら、はたとお信さんを睨みつけた伯父の形相ぎやうさうは物凄かつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
内儀さんは齒を喰ひ縛り恐ろしい形相ぎやうさうをして、魂消たまげて呆氣にとられてゐる彼女にものも言はず飛び退くやうに石鹸の泡も碌々拭かないで上つてしまつた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
八五郎は事件が重大な形相ぎやうさうを示して來ると、すつかり緊張してしまつて、大した結構な智慧もまとまりません。
何だ馬鹿々々しいと気のついた時、渠は半分腰を浮かして、火鉢の縁に両腕を突張つて、我ながら恐ろしい形相ぎやうさうをして居た。額には汗さへ少し滲み出して居る。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
別に形相ぎやうさうは恐しくはないが、油断のならない眼を冷く据ゑて、グリグリに青く頭を刈りつめ、ずんぐりと脊は低くかつた、全体にうす気味が悪いと云ふのが当つてゐた。
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
南方からの引揚げらしい、冬支度でないゆき子を見て、四囲の人達がじろじろゆき子を盗見してゐる。如何いかにも敗戦の形相ぎやうさうだと、ゆき子もまた立つてまれながら、四囲を眺めてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
いぬどもの、みゝにはて、きばにはみ、ほのほき、黒煙くろけむりいて、くるまともはず、ひとともはず、ほのほからんで、躍上をどりあがり、飛蒐とびかゝり、狂立くるひたつて地獄ぢごく形相ぎやうさうあらはしたであらう
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
自分は無念の形相ぎやうさうをたゝへて瞳を一点に凝らしたまゝ、眼瞼まぶたを細目に開けてゐたが、口に唾液つばきがたまつても呑み込むこともならず、鼻のあながむづがゆくなつても、顔をしかめる訳に行かず
にはかに暑気つよく成し八月の中旬なかばより狂乱いたく募りて人をも物をも見分ちがたく、泣く声は昼夜に絶えず、ねぶるといふ事ふつに無ければ落入たるまなこ形相ぎやうさうすさまじくこの世の人とも覚えず成ぬ
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
其の形相ぎやうさうの物凄さに、竹丸はふるへ上つて泣き出した。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ああ眼を眞赤に泣きはらしたその形相ぎやうさう
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
見れば上段のみすの前にかしら半白はんぱくにして有てたけからぬ一人のさふら堂々だう/\として控へたり是ぞ山内伊賀亮いがのすけなり次は未壯年さうねんにして骨柄こつがらいやしからぬ形相ぎやうさうの侍ひ二人是ぞ赤川大膳だいぜんと藤井左京さきやうにて何れも大家の家老職と云ともはづかしからざる人品じんぴんにて威儀ゐぎ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
一の駿馬しゆんめ形相ぎやうさう
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
アントニオよ、わらはを殺せ、妾を殺せ、只だ妾を棄てゝな去りそと、夫人は叫べり。其かほ、其まなじり、其瞻視せんし、其形相ぎやうさう、一として情慾に非ざるものく、しかも猶美しかりき。
歯が上下ともすつかり抜けて両頬が深い穴の様に落ちけ、皮膚のたるんだ脂肪気あぶらけの抜けた黒味がかつた顔に、二つの大きな眼をぎろ/\させて居る形相ぎやうさうは恐しかつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
錢形平次が、八五郎の迎へで驅けつけたのは、その日もやがて暮れかけた頃、大體の話は八五郎から聽いて居りましたが、事件の形相ぎやうさうが容易ならぬものを持つて居るので
がりびたのがまへ鶏冠とさかごとくになつて、頷脚えりあしねてみゝかぶさつた、おしか、白痴ばかか、これからかへるにならうとするやうな少年せうねんわしおどろいた、此方こツち生命いのち別条べつでうはないが、先方様さきさま形相ぎやうさう
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
にはかに暑氣しよきつよくなりし八月はちぐわつ中旬なかばより狂亂きやうらんいたくつのりてひとをもものをも見分みわかちがたく、こゑ晝夜ちうやえず、ねぶるといふことふつにければ落入おちいりたるまなこ形相ぎやうさうすさまじく此世このよひとともおぼえずなりぬ
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
事件の形相ぎやうさうが、どうやらむづかしさうなので、平次はいつもの流儀で、湮滅いんめつさせられる前に證據をかき集め、それを有機的に組立てて、夜の明けぬうちにらちをあけようとしたのです。
これをアヌンチヤタの一種近づくべからずるべからざる所ありしに比ぶれば、もとより及ぶべくもあらねど、かの捉へ難き過去の幻影には、最早この身近き現在の形相ぎやうさうしりぞくる力なかりしなり。