はら)” の例文
昨日の生活は今日の生活のなかに生きており、明日の生活もまた今日の生活のなかにはらまれている。生活の基点はつねに今日にある。
文化文政の句は天明調と天保調の中間に居るだけに、その俳句が全くの月並調とならぬけれども、所々に月並調の分子をはらんで居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
逡巡しゅんじゅんしていたが、けさ末造が千葉へ立つと云って暇乞いとまごいに来てから、追手おいてを帆にはらませた舟のように、志す岸に向って走る気になった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
こうして、此方こなた、諏訪明神の、境内もいよいよ寂しくなり、嵐をはらんだ杉の梢が物凄く颷々ひょうひょうと鳴るばかり、他には生物いきものの声さえない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一体あれは国に女房もあってその女房がはらんで居る。その外に子供もあるのだから国の方へ帰りたければ帰る方法を付けねばならん。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「あの今ゐる女ぢやないですけれどもね。Sさんは、そのタイピストを可愛がつてね。たうとうはらませて了つたもんですからね?」
アカシヤの花 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
穴の上と下、地獄の入口に相對したやうな三人は、懷中提灯の心細い灯の中に、はらむ殺氣もそのまゝ不思議な物語を始めたのです。
吾人は今少なくとも有史以来の『得意』の舞台に大踏歩しつゝあり、と共に又いまかつて知らざる大恐怖の暗雲をはらみ来りつゝあり。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「いっそ、俗にいおう、真実に嫁ぐのだな。だから都の軽薄なあこがれの子などはらまずに、生れた郷土で、よい子を生むことだな」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夕焼ゆうやけの空は堀割に臨む白い土蔵どぞうの壁に反射し、あるいは夕風をはらんで進む荷船にぶねの帆を染めて、ここにもまた意外なる美観をつくる。
「貴様たちの働きではない。しかし貴様の女房はもうはらんでいる。必ずその子を殺すな。明天子に逢って家を興すに相違ないぞ」
そいつにすっかりだまされてしまって、私子供をはらんでしまったの。そいつの子供だってことは、ちゃんと判っていたから云ってやったわ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
術士メルリン城よりもまず女を落すべく王に教え、王ゴーロアの偽装で入城してイゲルナを欺き会いて、その夜アーサーはらまる。
民心の鬱結がおのずから相当の殺気というものをはらんで、禍機が不可思議の辺に潜んでいるらしい意味に聞えましたが、米友は
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
物置のようなひん曲った建物があって、階下には主人夫婦、天井裏には母と娘が間借りしていて、この娘は相手の分らぬ子供をはらんでいる。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
麥は穗をはらみ、豌豆には濃い紫の花が咲いてゐる。附近の百姓家からでも來るのか、そんな畑の中にも櫻の花片の散つてゐるのが見られる。
モナドは何処までも自己自身の内から動いて行く、現在が過去を負い未来をはらむ一つの時間的連続である、一つの世界である。
絶対矛盾的自己同一 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
隅田川がその間に白々と潮をはらんでくねっていた。「寒くなってきたからもう帰ろうよ」と杉本は子供たちの顔を見わたした。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
又それと同時に非常に難しい危機をはらんだ危い時代だったから、その中で彫刻家はああいう真剣さに溢れた仕事をし遂げたものだとも思う。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
一高を化して常識の府となさんとする忌むべき傾向をはらんでいる。たとえばいわゆる演説家とクリスチャンの増加するのは私は眉をひそめる。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
すべての香気は、人の心に思慕と幻想とをはらませる。私は水仙の冷え冷えとした高い芬香に、行ひ澄ました若い尼僧の清らかな生涯を感じる。
水仙の幻想 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
あらしの暗雲をはらんで物凄ものすごいまでに沈滞した前田鉄工場! それに対していかなる手段を取るべきか? 彼はその対策に迷った。
仮装観桜会 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「さあ、これを呑んでおくれ。呑んでしまふと、風をはらんだ帆よりも早く、御前の脚がお前を皆の所へ持つて往くからな。」
然れども此混沌は原始の混沌の如くならず、速に他の組織をはらまんとする混沌なり、速に他の時代に入らんとする混沌なり。
信は智慧をはらんで、犠牲者の悲痛を反逆者の魂の執著の一念のうちに示して見せると共に、その悲痛の自覚をただちに歓喜の生に代えるのである。
彼は毎日海亀の脂や石焼の仔豚や人魚の胎児や蝙蝠の仔の蒸焼むしやきなどの美食にいているので、彼の腹は脂ぎってはらみ豚の如くにふくらんでいる。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それから見ると、射す陽を一杯にはらむ高い土堤をうしろにした、よしとユミの家の共同小屋はまだ楽な方の仕事場だった。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
隠いた時分から数えますと十月とつきぐらい。………そうとすればはらませた者は、この村の青年かも知れませんが……ヘヘヘ……
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もともと彼の野心といふものには格別はつきりした目標があつたのではない。漠然とした、無意識のうちに魂のはらむ夢といつた風なものだつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
枕芸妓のはらんだ子が誰の子かわかるもんかって、——姐さんは若旦那ひとりを守って来ました、あたしは側にいて始めからのことを知っています
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
天性てんせい軍人になるべき資格をはらめる者が一じつ新聞を見て始めて自己の天職てんしょくのいずれに存するかを発見するがごときはそれで
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
この赤児あかごはらんだ実は深い山の奥を離れたのち、どういう人の手に拾われたか?——それはいまさら話すまでもあるまい。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
したがって、つまらぬどころか、あとにも先にもない貴い一日です。昨日を背負い、明日をはらめる、尊い永遠の一日です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
さうかうして居る中に、電信の技手で、東京から出張して来て半年余りも滞在して居た森本といふ男と関係して、其の男の子をはらんだのであつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
そんなことを思いながら、手酌でちびりちびりやっていると、帆に風をはらんだ船が酒樽を積んで波の上を上って行くさまが、ひとりでに眼に浮かぶ。
濁酒を恋う (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
此は、ある人のある時の痛感でなく、さうした境涯に同化して謡ひ娯しむ人々の間に、自らはらまれて来る声であつた。
今夜買ったのは半月形で蒼海原に帆をはらんだ三本マストの巨船の絵である。夕日を受けた帆は柔らかい卵子色をしている。
まじょりか皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ぎつくした静穏に封じ込められて、彼らはもう前進することができず、いかなる風にてもあれ帆をはらますべき順風を、待ち焦がれているのである。
総じて獣類けものは胎生なれど、多くは雌雄数匹すひきはらみて、一親一子はいと稀なり。さるに御身はただ一匹にて生まれしかば、その力五、六匹を兼ねたり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
眼と眼がガッチリ合って、火花を散らしそう——危機をはらんで、今にも激発しそうな沈黙が、一しゅん、また二瞬——。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それから下り気味に岩壁の根方を廻って、片麻岩の大塊が古城の石垣のようにはらみ出したり脱け落ちたりしている薬研やげんを立てたような窪に衝き当った。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「イデーの如く、豊富で生産的」、とゲーテは云ふ。母たちははらむもの、産むもの、生産的なものの象徴である。
ゲーテに於ける自然と歴史 (新字旧仮名) / 三木清(著)
山男に生捕られて、ついにそのはらむものあり、昏迷こんめいして里にでずと云う。かくのごときは根子立ねこだちあねえのみ。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その上怪しい女鐘造りの依志子というに、胎子はらごなぞをはらまして、邪婬の煩悩になおのこと、あんなこの世からの外道とでもいう姿になってしまったのよ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
なんしろ相手がよくない船乗りのことで、定石じょうせきどおり、子供ははらむ、情夫おとこには捨てられたということになって、半年ほど前に、すごすご帰って来たんです
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
のちにはらんで産むところの子、両牙長くい尾角ともに備わり、げんとして牛鬼のごとくであったので父母怒ってこれを殺し、銕のくしに刺して路傍にさらした。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かれ、太素は杳冥えうめいたれども、本つ教に因りてくにはらみ島を産みたまひし時をり、元始は綿邈めんばくたれども、先の聖にりて神を生み人を立てたまひし世をあきらかにす。
わたしがメデューサの首をはらんでいるということをわたしに言いたくないので、勝手にそんな病気の名前をこしらえて、わたしをごまかそうとなさるのでしょう。
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
案の定、南半球特有の颶風ぐふうが吹き荒れてきたからであった。風をはらんで弓弦のように張り切った索具が切れる。切れた索具でさらに二、三名の怪我人が出た。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
原子はすでにこの理法を知っており、それをはらんでいるのだ。垂れさがる葉はここにその原型をもっている。