女形おやま)” の例文
六部のかたが来てびっくりした様子で介抱しているところへ、女形おやまの方や、いろいろの方が駆けつけ、それからお役人様方が見えました。
「こんなことじゃあ、舞台が勤まらないのも当り前だけど、あたしだって、もとは宮戸座のちっとは鳴らした女形おやまだったんですよ」
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
これがこの女の本心かな? それとも誇張しているのかな、かく俺の思った通り此度こんどの芝居ではこの女が屹度きっと女形おやまに相違ない
喇嘛の行衛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ふうんもねえや。知れたことよ。らされたのあその芝居者こやものだ。眉毛のねえのも女形おやまなりゃこそ。何てったけのう、え、彦。」
ガランとして人気ひとけもない中に、雪持寒牡丹の模様の着つけに、紫帽子の女形おやまが、たった一人、坐った姿は、異様でかつあやしかった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
何を怒られたのか、ある時は、「腹を切れ」とか何とか云われて、女形おやまみたいな義兄が蒼白になった儘、泣いているのを見たこともあった。
……あれは新聞に出た不義者の子よ……東京一の女形おやま俳優と、福岡一の別嬪べっぴん夫人の間に出来た謎の子よと、指さし眼ざしされておりますことが
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あさからばんまで、いいえ、それよりも、一生涯しょうがい、あたしゃ太夫たゆうと一しょにいとうござんすが、なんといっても、おまえいまときめく、江戸えどばん女形おやま
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
俺は、女形おやまをやれる軽口師ガルガーンタという触れこみで、つい四日ほどまえ『恋鳩』に雇われた。初舞台——。ご婦人の下着などを
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
口ではやして、床を踏み鳴らして歩いた。大正エビは頭に派手な手拭てぬぐいをかぶり、衣紋えもんを抜いている。女形おやまのつもりなのだ。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
が、はっとしたのは一瞬間で、それは老人の淡路土産の、小紋の黒餅こくもち小袖こそでを着た女形おやまの人形が飾ってあったのである。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
伊井蓉峰いいようほうの弟子に石井孝三郎こうさぶろうと云う女形おやまがあった。絵が好きで清方きよかたの弟子になっていた。あまり好い男と云うでもないがどことなく味のある顔をしていた。
唖娘 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
照之助というのは、そのころ二十一二の女形おやまで、二町目——市村座でございます——に出て居りましたが、年が若いのと家柄が無いせいでございましょう。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
またたうち女形おやま振袖ふりそでなびく綺羅きら音楽のちまたになったのかと思うと、この辺の土地をばよく知っている身には全く狐につままれたよりもなお更不思議なおもいがして
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
福助といふ人氣女形おやま俳優であつたころ、なにもかもが彼の紋ぢらしでなければ賣れなかつたといふこともあるにはあるが——とも角、美しい美しくないからいへば
下町娘 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
女形おやま、二枚目に似たりといえども、彰義隊しょうぎたいの落武者を父にして旗本の血の流れ淙々そうそうたる巡査である。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
歌舞伎の名女形おやまといわれる人の色ッぽさは彼らが舞台で女になっているからだ。ところが、ホンモノの女優は、自分が女であるから舞台で女になることを忘れがちである。
なぜかとよくよく聴いて見ると、もしその一座にはいれるとしたら、数年前に東京で買われたなじみが、その時とは違って、そこの立派な立て女形おやまになっているということが分った。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
わたしはそれをいつまでも待っていたが遂に見ることが出来なかった。女形おやまが引込むと、今度は皺だらけの若旦那が出て来た。わたしはもう退屈して桂生けいせい吩咐いいつけ豆乳を買いにやった。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
団十郎なりたやと上方くだりの女形おやま上村吉三郎うえむらきちさぶろうの顔合せが珍しいところへ、出しものの狂言そのものが団十郎自作というところから、人気に人気をあおって、まこと文字通り大入り大繁昌でした。
僕は学生芝居の女形おやまを勤めた経験がある。鬘だって訳なく手に入ります。真暗な森の中です、大丈夫ごまかせますよ。それに、僕が行きさえすれば、腕ずくだって、茂ちゃんを取戻して来ます。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
先生は、今度は手巾ムウショアールの端を口にくわえて、手で引っ張る。田舎芝居の新派の女形おやまが愁嘆するような、なんとも嫌らしい真似をする。もっとも、先生は夢中になっているので、自分では気がつかない。
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
下手へた田舎芝居いなかしばい女形おやまを思わせる色の黒い、やせたヒョロヒョロの、南瓜とうなすのしなびた花のような、女郎上がりのおばさんだった。一口にいえば「サンマ」のおばさんだった。このおばさんはいた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
貴方、浅草の寿座ことぶきざに掛って居る芝居見た事ある? 其の人は一座の女形おやまなんですって、今夜もう今頃はお娯しみの最中よ、そりゃ仲が良くって、妾達ける位だわ、と野放図も無く喋り立てます。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
うったようだねえ、ソヴェトの人に面白いんだろうか。こっちの見物には女形おやまなんてずいぶんグロテスクにうつるわけなんだろうのに、反撥がないんだね。そこへ行くと映画にはお目こぼしというところがなくってね
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
旅の女形おやまもさし覗く
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
トテモ福岡みたいな田舎に居そうにもない歌舞伎の女形おやまみたいな色男が、イキナリ吾輩の鼻の先にブラ下がったので……。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
待ちかまえていた手先は、有無をいわさず、座頭の染之助、中軸ちゅうじくの市川姉蔵あねぞう女形おやま袖崎市弥そでざきいちやの三名をねじおさえて、数珠じゅずつなぎに引ッくくる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
江戸えどばん女形おやま瀬川菊之丞せがわきくのじょう生人形いきにんぎょうを、舞台ぶたいのままにろうッてんだ。なまやさしいわざじゃァねえなァれている。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
この舞台いたに端役ながらも綺麗首を見せていた上方下りの嵐翫之丞という女形おやま、昨夜ねてこやを出たきり今日の出幕になっても楽屋へ姿を見せないので
年は二十七、八でもあろうか、手入れの届いた、白い、なめし革のような皮膚は、男の情緒こころを悩ますに足り、受け口めいた唇は、女形おやまのように濃情のうじょうであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「いえ、騒ぎがここへ聞えたのは、それから少し経ってからですが、馬道の良助親分が、女形おやまになって山へ行ったのは、多分敵討騒ぎの最中だったでしょう」
たった今のつるぎの光を見たわけですが、太夫さん程の腕がありゃ、どんな夜道も安心だとはいうものの、そのしおらしい女形おやま姿を、夜更けの一人歩きは考えもの。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
逢痴は、一座中の若女形おやまだった。寒さにもめげず、衣紋えもんを抜き出して、綺麗な襟足を隠そうともしない。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
大阪のはこんな精巧な仕掛はありません、女形おやまの眼なぞは動かないのが普通ですが、淡路のは女形でも眼瞼まぶたが開いたり閉じたりしますと、この島の人は自慢をする。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
豪宕ごうとうな左団次(今の左団次のお父さん)が時流に合って人気を得ていた時で、その左団次が座頭ざがしらであり、団十郎が出動し、福助(今の歌右衛門)が女形おやまだというので
続いて一人の女形おやまが出てイーイーアーアーと唱った。雙喜はまた言った。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
「ああ、いい女形おやまだな……。名人芸だ」
女形おやまにお任せなさいまし。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一番のお美しい女形おやまの名優として、外国にまでお名前の高い中村半次郎様こと、菱田新太郎様でおいで遊ばすことを、蔭ながら、よく存じておりました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それは、有がたいお言葉ではござりますが、わたくしは、女形おやま、たださえ世上の口がうるそうござります。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「誰か、女形おやまにならないか。男ばかりの芝居というのはなかろう。野村なんぞ、やってみたらどうだ」
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
それよりもまた、その頃の人気俳優沢村宗十郎さわむらそうじゅうろう——助高屋高助すけたかやたかすけ——を夫にむかえたのと、宗十郎が舞台で扮する女形おやまはお菊の好みそのままであったので殊更ことさら名高かった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
なまじってるかおよりも、はじめてってほうに、はずむはなしがあるものだ。——それにおまえ相手あいて当時とうじ上上吉じょうじょうきち女形おやまってるだけでも、れとするようだぜ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
つぼみの口、つんと通った鼻筋に黒みがちの、江戸じゅうの遊里岡場所をあさっても、これだけの綺麗首きれいくびはたくさんあるまいと思われるほど、名代の女形おやまが権八にふんしたような
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
炉開ろびらきの忙しい二、三日を済ますと、浜中屋の女将おかみは、骨折り休めに、熱海に入湯に出かけた。田之助一座の女形おやまの岩井芙雀ふじゃくが先へこっそり行っていた。お菊ちゃんも、誘われたけれど
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人の女と一人の女形おやま、その美しい円味まるみ、匂いこぼれるようななまめかしさ、悩ましさはともかくとして、おりふし「青楼十二時」でもひもどいて、たつこくの画面に打衝ぶつかると、ハタと彼は
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そこで子役を見ても、女形おやまを見ても立役たてやくを見ても、どういうたちの役者が何を唱っているのか知らずに、大勢が入り乱れたり、二三人が打合ったり、そんなことを見ている間に九時から十時になった。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
驚くばかりのその美貌、錦絵から抜け出した女形おやまのようだ。
柳営秘録かつえ蔵 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「それほどでもないがね、親分、いい女形おやまがなかった日にゃ、狂言にならないじゃありませんか」